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1.2.

1. 「芙蓉推奨委員会」


 東方王宮には様々な顔の違う庭がありますが、その中で最も大きな庭が中庭です。庭師が丁寧に計算した順序に則って、色取り取りの花が咲いていますが、その中のある一画だけは少々違った花が咲いています。
 芙蓉です。良い天気ですね。陽気に誘われて中庭へとやって来たのですが、変わった花を見つけて思わず立ち止まってしまいました。
 変種の花。それに、この場所。ディとコレットの花です。
 つんつんとそれに触れると、妙な手応えが。茎や葉に毛が生えていて、棘も付いています。奇麗な色をしているけれど、変わった花ですね。一体、何処から手に入れてきたのやら。しかし種の入手経緯はともかく、仲良く二人並んで種を植える姿は実に微笑ましい姿でした。私以外に懐こうとしないディが、コレットには打ち解けていましたし。他の人達にも随分慣れてきたみたいでしたから、これなら……。
「どなたかと思えば――」
 耳に慣れない声が聞こえ、私は後ろを振り返りました。
 どなたでしょうか。見掛けない方です。男性で、色白。背は普通。年齢は三十代の半ば程。身形はかなり良いです。東方王宮にはかなりの数の方々がいらっしゃいますので、とても全員を覚え切れませんから、この方もその中の一人と思われます。しかも服装から察するに、王宮内政の仕事をしていらっしゃる様ではないですね。軍人さんにも見えません。となると、議員でしょうか?
 私が戸惑っていると、それに気付いたのか、彼は名前を名乗った後で身分を付け足しました。
「調印議員だけど、未だ未だ下っ端の若輩者。あなたが知らないのも無理は無い」
「そうですか」
 適当に相槌を打ちます。
 確かに、私の管轄である王宮内政の下っ端なら顔くらいは知っているかもしれませんが、他部署の方なら知らなくて当然です。特に議会――政治方面では、特に重要な役職である上席調印議員の方々か、その下に控えている議員の方々、あるいは領主のキール様くらいしか知りません。彼を知らなくても無理は無いでしょう。
「しかし、微力ながら、あなたの味方ではありますが」
 更に付け加えられた言葉に、引っ掛かりを覚える私。
 ――味方。その言葉には、余り良い雰囲気が漂っていません。むしろ何か不穏なものを感じさせます。
 戸惑っていると、彼は私から視線を逸らし、ついでに話題も逸らしました。
「奇麗な花ですね」
「……ええ。私の知り合いが持って来た種なんです」
 一先ずその話題に乗ってみせます。無理に先程の話題を繋ごうとしてはいけないような気がして……。けれど、胸につっかえている感は否めません。気になります。
 花に手を伸ばし、観察する彼を見、私は思い切って話し掛けてみました。
「――…議会が二つに割れているのは知っていますが……」
「二つ? とんでもない。二つと呼べるほど、片方の勢力は強くありません」
 やや強い口調で彼が言いました。
 二つの勢力。それは、王宮総取締役に私を認める一派と、代理であるカトラスを推薦する一派の事。
 東方王宮総取締役とは、東方王宮の内政を一手に引き受ける役職です。お忙しい東方王マクラレーン様に代わり自己の判断で内政を仕切り、イーストフィールドマスターの片腕となります。言い方を変えれば総取締役になれば王宮内部の事を好き勝手にしてしまっていいので、大変政治色の濃い役職でもあります。私自身、何度かそういった場面に遭遇した事がありますが、その度にやんわりとはぐらかし、逃げてきました。政治界の汚職や派閥に捕まる訳にはいかないんです。私は只の、穴埋め要員でしかありませんから。
 東方王マクラレーン様は、東方王宮総取締役の前任者・ゼロス様が退職された時、現在は総取締役代理の地位に就いているカトラスを次の総取締役にとお考えになられました。未だ二十代と若いですが、かなりの切れ者で優秀。知力・判断力共に優れ、それがマスターの目に止まったんです。しかし問題は別の処にありました。カトラスは議会でもかなりの権力を持つ上席調印議員ディオール議員の息子。ディオール議員を快く思っていない議員達からしてみれば、息子が王宮内政の実権を握ったなんて面白い筈がありません。彼等の強い反発と、未だ若過ぎるからと反対する声もあり、カトラスの総取締役就任は断念せざるを得ませんでした。しかもそれだけでは済まず、次の総取締役を巡って争いが勃発。心を痛めたマクラレーン様は、政治とは無縁の民間人を自らが選出する事によって、事態を収束されたんです。
 そうして、選ばれたのが私です。
 マクラレーン様は私を推薦する代わりに二つの条件を出されました。一つは、きちんと王宮内政の仕事を取り仕切る事。二つ目は、カトラスを立てる事。――マスターの目論見は、新しい総取締役をカトラスの引き立て役にする事だったんです。私はそれを承知して、この東方王宮へと入宮しました。
 しかしいざ入宮してみると、あれこれと問題が勃発してしまって、ついつい余計な口を叩いてしまう場面が何度もありました。多分、傍目(はため)から見るとかなり評価して貰えそうな解決方法を以ってです。キール様の事件はそれの筆頭ですね。あれで周囲の私に対する評価は変わったと何度も聞きましたから。だけどそれじゃあ困るんです。私ばかりが目立ってカトラスが霞んでしまっては、私がマスターに怒られてしまうんです。ですから、私は方針を変更しました。好き勝手やった分、一方でカトラスにも花を持たせること。カトラス派の方々を着実に増やす事です。芙蓉(わたし)派の方々が居る事実はどうしても消せませんし、私が総取締役に就任している以上は消せる筈もありません。だからそっちは消すのではなく、カトラス派に転じさせればいいんです。勧誘は現在カトラス派に属している方々に任せて、私は切っ掛け作りにいそしみました。カトラスを、取締室室長から総取締役代理に昇進させたのもその一環。私の目論見は着実に実を結んでいます。
 だから、彼の言う「弱々しい勢力」とは芙蓉派の事。そして彼は、その派閥に属している人間って事になります。まったくご苦労様です。何を好き好んで芙蓉派に属しているんでしょう。さっさとカトラス派になってしまえばいいのに。
「――…あなたが」
 ディとコレットの花から目を離し、彼は私を見下ろしました。
「あなたが総取締役に就いているという事実は、とても重要な事だと思います。あなたはこれまで王宮とは何の関わりも無く生きて来られた方だ。あなたはこの王宮に何の繋がりも無く、また、何の(しがらみ)もありません。それが大切なんです」
 神妙な面持ちで呟きます。一体、何が言いたいんでしょう?
 反応に困っている私に気付いた彼は、くすっと小さく笑い、言葉を続けました。
「この東方王宮は熟し過ぎた果実の様なものです。陰謀が横行し腐敗が始まっています。内部告発をしようにも、直ぐに察知され息の根を止めてしまわれるのを皆知っているから、誰も告発しようとしない。自分の身可愛さに、誰か強力な権力を持つ者の傘下に入らねば自分の権利を維持出来ません。それを止める為には、新しい風が必要だ。陰謀の繋がり、横の繋がりを断ち切り、法律に則った正しい行いを貫き通せる組織を再構築せねばなりません」
「……それが私ですか」
「はい。――御存知でしたか? 陰謀を物ともせず、この王宮で自由に過ごしているのはあなただけですよ」
 自由……。物は言い様ですね。つまり好き勝手って事でしょう。確かにそれは否定しません。毎日好き勝手に遣らせて貰っています。勿論、自由の利く範囲内でですが。
「それが出来るのは、あなたが外部から王宮に入っていらっしゃったからだ。総取締役になる為に、議員方から何の施しも受けていません。また、就任されてからも何処の派閥にも属しておられないというあなたの強さがそれらを支えているのですから、あなたを評価するのは当然の事だ」
 しかし現実は違います。何処にも所属せず中立を護る私を疎ましく思う議員は山程居ます。だから芙蓉派の人間は少なく、カトラス派の人間が多いんです。例えカトラスがディオール議員の息子であろうと、中立を保ち好き勝手に立ち振る舞う芙蓉よりはマシだ、と。不安要素の多い私を総取締役に就けて置くよりはカトラスが良い、と。誰もがそう考えています。この人を除いて。
「……過剰な期待です。私は――」
 言葉に詰まってしまいました。言ってもどうにもなりません。だって芙蓉(わたし)はカトラス側の人間ですから。
「……いえ」
 (かぶり)を振り、詰まった言葉を呑み込んでしまいました。言っても無駄な事を言うのは止しましょう。
「御名前を、もう一度伺っても宜しいですか?」
「ジーニアス、と」
 深々と頭を下げる彼。
「どうぞ、お見知り置きを」
 不敵に笑い、彼はその場を立ち去っていきました。
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1.2.

2. 「派閥の狭間」


「……っく。くっくっくっく」
「…………」
 とうとう声を洩らし始めた彼に、私は本気で怒りを覚えました。
「何を哂っていらっしゃるんですか」
「あっはっはっは」
 ちょっと、目に涙溜まってるってどういう事ですか!
「ディオール様、いい加減にして下さい」
「はっ……ははは。いやいや、すまんな。こんなに笑ったのは久し振りだ」
 お腹を抱えて、目に溜まっている涙を拭います。私もディオール議員が笑った顔なんて初めて見ましたよ。いつも小難しそうな厳つい顔しかしていらっしゃいませんからね。
「まったくっ。ディオール様に御話しした私が馬鹿でしたよっ」
 まさか笑われるなんて! 眉間にシワを寄せて怒り気味に何か言われるんじゃないかと期待した私が馬鹿でしたっ。
「いやいやいや、すまん、すまん」
 ……未だ顔が笑ってますよ。
「しかしジーニアスか。あの若造にも困ったものだ」
「芙蓉派という事は、ディオール様の敵対勢力ですか」
「いや、あ奴はどちらかと云うと私の派閥だな」
 え? ……ああ。
「名目上はカトラス派に属して置いて風当たりを良くしておこうってところですか」
 やっぱり下っ端でも議員ですね。遣り方がせこいです。でもまぁ、それ位は出来なければ議会なんて到底やっていけないでしょう。ディオール議員のやっている事に比べれば、その程度なんて可愛らしいものですし。
「邪魔な芽は早めに摘むのが定石だが――」
「止めはしませんけど、仮にも芙蓉(わたし)側の人間ですから、あんまり酷い事はしないで下さいと言って置きます」
「止めないのか」
「止めません」
 きっぱりと断言します。
「私を誰だと思っているんですか」
 東方王宮総取締役は王宮内政のトップ。政治の、議会の、そんな派閥争いには本来関係の無い人間です。止める理由なんてありません。
「――考えてみれば妙なものだ。芙蓉派の筆頭であるべき芙蓉(おまえ)自身がカトラス派の筆頭なのだからな」
「それは違いますよ。カトラス派の筆頭はマクラレーン様です」
「確かに」
 頷き、彼は判子を押し終えた書類を私に手渡しました。それから少し、視線を落とされます。
「……ジーニアスの言い分が解らんわけでもない。むしろ正論だと理解している。私にもその様に息巻いていた若い時代があった」
 人は誰でも、胸の裡に正義を燻らせている時があります。
「腐敗を取り除き新しい風を……。だがその希望は潰されてしまったよ。当時議会を仕切っていた議員の――…丁度、お前の様な性格をした派閥によってな」
 皮肉ですか。
 私はくすっと笑って見せました。
「では、保護して差し上げたらどうです。昔、自分も同じ目に遭ったのだから下の人間も同じ目に遭わせていいなんて、子どもの理屈ですよ」
「……議会はそれが通用する様な場所ではない……それはお前も理解しているだろう」
「解りませんね。解ろうとも思いません。私は、私が正しいと信じたならそれを押し通すタチですから。頑なに、カトラスを総取締役に推薦して譲らない様にね」
 皆、私を買い被り過ぎなんですよ。何でも出来るからと、私に期待しないで下さい。私は只の、独りの人間に過ぎないのですから。
1.2.
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