INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第04章 第07話next
1.

1. 「遊びに命を掛けられる男」


 今日の午後からの予定は、城内警備、特別警備の件等での会議。結構、重要な会議なので、総取締役代理であるカトラス、総取締役補佐であるディを伴って、マグワイヤ将軍がいらっしゃる軍部施設へとやって来ました。
 今日は、良い天気ですね。まぁ、イーストフィールドの天気が良いのは何時もの事ですけどね。
 会議と云っても、参加人数はたったの四人だけ。ですから堅苦しい会議ではありません。それなりに気心が知れた仲ですし、遠慮も要らないので、四人分の書類にお菓子を持参してみました。それを、用意された会議室の机に並べると、
「……周到だな」
 と、マグワイヤ将軍にちょっと哂われてしまいました。隣でカトラスは嫌そうな顔していましたけど、何せ会議の内容が内容ですから長引く事が予想されます。その間にお腹が空くとも限りません。いえ、絶対に空きますって。だから用意しておくに越した事は無いんですと力説し、何とか彼を席に座らせました。
 会議は数時間に渡って行われました。実りの多い内容で、かなり煮詰める事が出来ました。城内の警備の強化、場外への警備派遣。一言で云うと簡単ですが、これが中々大変なんです。警備配置は私達ではなく軍の管轄になりますから、そこまで詳しくは話し合いませんでしたが、大まかな配置だけは把握しておかないと何かあった時に困ります。詳細が決定すればこちらにも書類を回して頂ける様にお願いして、会議は終了しました。
 久し振りに沢山喋った気がします。カトラスも同じみたい。ディだけは何も喋らず書記に徹底していましたけどね。
 勿論、お菓子も役に立ちましたよ。軍の方にお茶を用意して貰って、四人で頂きます。
「ほら、やっぱり持って来て良かったでしょ」
「はいはい」
 カトラスには適当にあしらわれてしまいましたが。


 会議を終えて建物の外に出ると、真正面にある大きな錬兵場でかなりの数の兵が修練を行っていました。うわー。イーストフィールドって、こんな数の兵が居たんですね。兵士と言えばいつも東方王宮の近くの小さな錬兵場でファングの小隊しか見た事ありませんでしたから。
 ……って、あれ?
「今日は合同練習だ。これで凡そ、イーストフィールド中の兵の三分の一位だな」
「はぁ」
 マグワイヤ様の説明を軽く受け流し、
「それよりも」
 気になった事を訪ねてみます。
「何故、キール様がここに?」
 しかもどうして兵に混じって剣を持っていらっしゃるんですか?
「知らんのか? 彼の家は元々軍人の家系で、数代前の当主が領主の一人娘と結婚した事から代々領地を預かって来た。だが軍人の血を絶えさせる訳にはいかんと、当主は幼い頃から一通りの訓練を受ける。中でも彼は天才と呼ばれる程の剣の達人だ」
「へー」
 私とカトラスの声が重なりました。
 驚きです。人は見かけによりませんね。本当。
 キール様は軍とは到底縁の無さそうな領主様です。以前は南西の地方を治めていらっしゃったのですが、その後行われた異動で東方王宮に近い優良領地を賜り、今では事実上の上位領主の仲間入りを果たしています。領民の受けも良いらしいですし、領地も実績を伸ばしていますし、今、最も注目を浴びている若手領主様。……ま、問題なのは、御本人にそれに見合った教養と貫禄が無い為、とてもそうは見えないって事でしょうか。過去、不良領主と呼ばれた事実も、未だに彼の足を引っ張っています。彼の急成長振りが気に食わない同期の領主方もいらっしゃいますし、議会の中にもそれを面白く思わない方々は大勢控えているでしょう。口が悪い所為か味方が少ないので、今後は少し心配ですね。
「見学していくか?」
 マグワイヤ将軍に提案され、私達は顔を見合わせました。時間に余裕はありますから、別に問題はありません。この後の仕事も在りませんからゆっくり出来ます。
「ええ、是非」
 答え、私達は錬兵場へと降りて行きました。
「よお」
 私達に気付いたキール様が声を掛けてきます。
「今日は。意外な所でお会いしましたね」
「そうだな。――仕事か?」
 後ろに控えるディとカトラスに目を配らせ、首を傾げるキール様。見て頂いたのなら直ぐ分かると思いますが、一応、答えました。
「ええ」
「遠くまでご苦労なこった」
 笑み、剣の切っ先を床に落しました。
 カキン。
 鋭い音が響きます。
 私は反射的にそちらに目を向け、少し考えた後、再び彼に視線を戻しました。
「真剣ですか。危ないですよ?」
「んなもん、どってことネェよ。逆に興奮するだろ。賭けのし甲斐があるってもんだ」
 言って、胸ポケットをぽんぽんと叩きます。その手の動きに合わせて、じゃりんじゃりんと硬貨の音が聞えました。おいおい……。
「合同練習に賭けを持ち込むなんて良い度胸してますね」
「言い出したのはオレじゃなくてファングだし、あいつ、オレより稼いでるんだぜ? 賭けっつーのを心得てるよな」
 尊敬の眼差しで息巻くキール様。
 私は頭痛を覚えて思わず額を押さえました。……それって良いのでしょうか……。良い筈無いですよね。仕事中に賭け……。まったく、ファングも懲りてないですよね。
「そーいや、そのファングから聞いたんだが、オメェ、弓が上手いんだってな」
 おまけに、余計な事まで喋ってくれちゃって……。
 私の周囲で兵士の幾人かがコクコクと頷きます。例の「弟子にして下さい」事件を知っている人間が何人か居るみたいです。この場で否定は出来ませんね。
「ええ。実は剣も――」
 落ちた切っ先をちらりと横目で見ます。
「――得意ですが」
「へぇ」
 ニヤリと笑うキール様。いっそ気持ち良い位の悪党顔です。三白眼が妙にマッチしています。似合いますよ、その顔。とても優良領地を預かる領主様には見えませんけどね。
 彼は近くに居た兵が持っていた剣を半ば奪う様に強引に借り、私に投げ渡しました。
 飛んで来た剣の柄を掴み、刃を確認します。
 ふーん。……はっきり言って良い剣では無いですね。ま、一兵士の持つ剣なんて大量生産型と相場が決まっていますし、この程度が限界でしょう。
 キール様が持っていらっしゃる剣も同じ(タイプ)の物です。ただ、先程迄兵士達と訓練を行っていた所為で、至る所に刃(こぼ)れが見受けられます。一方、こちらは未だ訓練前だったらしく新品同様。剣ではこちらが有利です。
「だったら相手してくれや」
 上着を脱ぐキール様。やる気満々ですね。そんなに高揚しなくてもいいのに。……こっちがその気になってしまうじゃないですか。
「なっ……! 何を馬鹿な事を! 芙蓉様!」
 慌てて間に入るカトラス。
 ディは何も言いません。――当然でしょうね。多分彼だけが、私の目が据わっていると気付います。長い付き合いですから、こうなると何を言っても無駄だとも知っています。ですから誰よりも早く真っ先に大人しく後ろに数歩下がり、傍観者を始めました。
 他の兵達もマグワイヤ様も成り行きを見守っています。入り込めない雰囲気に戸惑っているみたい。
 その中で唯一カトラスだけが止めようと頑張っていましたが、
「カトラス。――退いて下さい。怪我、しますから」
 私に命令され、渋々下がってくれました。納得がいかないと今にも叫びそうな顔でしたけどね。
 広い錬兵場が波を打ったように静まり返ります。
 見物客と化した兵達がぐるっと丸く円陣を作っています。
 その中央に二人。剣を持つ男と女。
 女は何処か怒っている様にも見える至極真面目な顔で。
 男はセクハラする直前の嫌な上司の様な笑い顔で。
 対照的な二人が、対称的に同じポーズを取りました。
 ――東方では、剣での一騎打ちには幾つか決まり事があります。その手順を踏んで静かに確実に決戦が迫っていました。
 先ず、距離は殆ど無い所迄、お互い近付きます。
 それから利き腕で剣を持ちそれを真正面で真っ直ぐ立てます。キール様は右手でそれを行い、私は両手で剣を握り刃が鼻面に触れるくらい近い所でその手順を踏みました。
 次に剣と剣を合わせカチンと音を鳴らします。それが決戦の合図。それ以降は何でも在り、生き残れば勝者の世界。手加減は一切在りません。
 しかしその段階へ進む前に、私はキール様の目を見て彼の視線を奪いました。それから言い放ちます。
「……手加減、しませんよ」
「けっ。ンなもん、誰がしてくれって頼んだ? ――それに言っただろ。オレは遊びに命を掛けられるんだぜ? 死んでも別に恨まねーよっ!」
 カチン。
 剣先が動き、合図の音が鳴ります。
 剣を高く振り上げるキール様。
 しかしそれよりも早い私の動き。
 剣を当ててその場でぐるっと一回転。その勢いのまま腕を振り上げ――、
 ガギィンッ!
 激しい音の炸裂。
 凍りつく錬兵場。
 言葉を失ったキール様の手には、真ん中から上が無い剣の刃。
 振り上げた腕と、下を向いて表情の見えない顔、踏ん張った足。そんな私の後ろに、
 ギンッ。
 折れた刃の切っ先が、足元から少し離れた所に突き刺さりました。
「…………嘘だろ……」
 誰かが呟きます。
 私はゆっくりと顔を上げ――その視線を、キール様に向けました。
「…………ッ!」
 まるで鬼でも目撃したみたいに顔を歪められます。
 ちょっと嬉しいです。その顔。
「――踏み込んだら、どうです?」
 先程の衝撃で少し刃毀れが生じた剣を、キール様の喉元に突き付けました。言った筈です。手加減はしないと。
「折れた剣でも戦うのが戦士の役目です」
 ぴくっと、キール様の目元が反応しました。
 場内の緊張感が一気に高まります。指先一つ、唾を飲み込む事すら躊躇ってしまいそうな張り詰めた空気。皆が不安そうな顔で私達を見守っています。
 ――どれ程の時間が過ぎたでしょうか。
 低く、静かに。けれど激しさを秘めた声音で、キール様はきっぱりと言い放ちました。
「オレは兵士じゃねぇ。――領主だ」
「でしたら、さっさと錬兵場(ここ)を降りたらどうですか。ここは貴方の戦場ではありません」
 キール様の戦場はもっと別の場所にあります。――そこは、狸が集まる化かし合いの会場。気を抜けば諸共に飲み込まれてしまいます。他に現を抜かしている暇はありません。
「だから、言っただろ」
 しゃーねぇなー、聞いて無かったのかよ。
 はっ、と肩を竦め、彼は折れた剣を適当に投げ捨てました。
「オレは遊びに命を賭けられるんだよ」
 臆せず、むしろ自信に満ちていて、堂々と、胸を張っている。
 キール様は、東方王宮で領主としての地位を確保しようとしていらっしゃいます。領地での仕事振りにそれが現われています。努力を怠らなければもっと上へ駒を進めるでしょう。領主を経ていずれは議会進出、そして議員へ。そんな事を考えているのかもしれません。少なくとも、東方王マクラレーン様はそう考えていらっしゃる筈です。でなければ不祥事を起こした地方領主を庇ったりはしませんからね。キール様自身、その期待と恩返しを込めて、今現在頑張っていらっしゃるのでしょう。
 けれどそれは信念では無い。
 その発言は、私の耳にはそう聞えました。
「っつーかよ、仕事ばっかで人生楽しいワケねーだろ? なんでンなに一生懸命にならなきゃならねーんだ? 切羽詰った人生なんざクソ喰らえだぜ」
 心底、嫌そうな顔で吐き捨てるキール様。
 私は思わず苦笑していました。
 確かに、それもそうですね。そしてキール様らしいです。……私には真似出来ない生き方ですが。
「馬鹿ですね」
「あぁ!?」
「ちょっと……羨ましいですけど」
 言って、私は剣を引きました。

「……すげぇ」
 歓声が上がったのは、その直後です。
「凄いです! オレ、こんなの初めて見ました!」
「おれもです! 是非弟子にして下さい!」
「あ、ずるいぞ! 自分を弟子にして下さい!」
 あっと言う間に周りを取り囲まれてしまいます。
「え? ちょっ……待っ……」
 またですか!?
「キール様、尊敬しますっ!!」
 …………。
 あれ?

 その後、兵士達を宥めて執務室に辿り着いた時には、陽はとっぷり暮れていました。
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