INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第04章 第06話next
1.2.3.

1. 「招かざる侵入者」


 銀天街への帰りの恒例行事。それは、見つけた手頃な本をエルフ族のウィル様にお届けする事。
 ――今日は、芙蓉です。
 ディを執務室に残し、カトラスに仕事を任せて、奥城の更に奥にある石回廊へとやって来ました。反響の良い回廊を進んだ先にある部屋を押し開けると、そこには東方王宮の相談役・ウィル様がいらっしゃいます。
 私の腰ほどしかない身長の彼に頭を下げて、私は丁寧に挨拶をしました。
「久し振りだね、芙蓉」
「はい」
 いつも通りの言葉を交わし、お土産を渡します。それから私はお茶を御馳走になる。――いつもの私達の交流模様。今日は珍しいお茶を貰ったんだと、ウィル様が淹れて下さったお茶を見て驚きました。緑茶です。緑色のお茶。グリーンティー。茶柱になり損ねたお茶の茎が一本、くたん、と横になって浮いているのがちょっと虚しいです。
「これ、どうなさったんですか?」
「マクラレーンだよ」
 短く言い、ウィル様は自分の分のカップをテーブルに置いて、席に着かれました。
「何処からかの献上品らしいんだ。飲んでみたらしいけど、どうやら口に合わなかったみたいでね。僕が貰ったんだ」
「そうだったんですか……」
 勿体無いですね。珍しいのに。
 でもこうしてウィル様や私に飲まれているのなら、お茶もお茶として生まれて損は無かったでしょう。きっと。私としても嬉しいです。お茶の味なんて久し振りですから。
 それから私達は他愛の無い話を沢山しました。東方王宮での事、銀天街での事。ウィル様がお相手ならば、遠慮無く仕事の話が出来ます。失敗談は笑い話にして、ついでに反省と対策を練ります。相談ならこの上も無い的確なアドバイスが返って来ますし、愚痴なら静かに受け止めて頂けますし。時々、とんでもない方向に話が脱線する事もあります。まるでお母さん達の井戸端会議か、女子高生のファミレス状態。知識が豊富で教養も深いウィル様の御話しはとても興味深いものばかりで、話題の種が尽きません。ウィル様が私と話している時の口癖は、
「君の考え方は面白いね」
 ――です。
 何がどう面白いのか私には解りませんが、楽しんで頂けて何よりですよ(半ばヤケ)。
 昼から始まれば日暮れ迄続く私達のお喋りは、しかし、今日はそう長くは続きませんでした。
 カップから口を外し、不意に、ウィル様が遠くを見詰められます。
 ……どうなさったんでしょうか。何時に無く真剣な顔。怖いくらいです。
「ウィル様?」
「――これは――あまり、良くないね」
 務めて低い声で告げられ、私は表情を固くしました。
「何か問題でも?」
 感応能力に優れたエルフ族であられるウィル様は、私達人間には感じ取れ無いものに敏感に反応されます。これもきっとその兆候。しかも良くないと来ましたか。これは気が抜けませんね。
「……大問題、かな」
 額に僅かに脂汗が浮んでいます。ウィル様……大丈夫でしょうか……。
「――芙蓉」
「はい」
「城内に不穏な者が居る」
「城内に?」
 眉宇を顰める私。
 この東方王宮にですか? そんな、馬鹿な。王宮は警備兵、近衛兵、正規軍と、三重の構えで侵入者から城を護っています。簡単に入り込める様な場所ではありません。しかもここから窺う限りでは、外に何かしらの事件が起きている様子もありません。幾らここが城の最奥だからと云っても、何かが起きれば直ぐに分かります。つまり、城の者は誰一人として侵入者に気付いていないんです。それ程の侵入者が居るなんて……!
「直ぐに報せを……!」
「待って」
 駆け出そうと席を立つ私をウィル様が止めます。
「これは人の手には負えない」
「え……?」
 手に負えない侵入者……ですか……?
「それは――危険では……?」
「――だね。でも僕にはどうしようも無い。正直、どうにか出来る相手じゃないよ。分が悪すぎる」
「でも、どうにかしなければ……!」
「分かってるよ。でも……」
 言葉を濁し、考え込まれるウィル様。
 言い合いをしている時間すら惜しいです。一刻も早く対策を取らなければと焦る私は、侵入者の現在位置を訊ねました。
「取締室だよ。――君の担当の部署の」
「!」
 どうしてそれを早く言わないんですか!
「あ、芙蓉! 駄目だ!」
 ウィル様の制止を聞いていられる余裕なんてありません。私は駆け出し、石回廊を出て取締室へと向かいました。
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2. 「侵入者の正体」


 バン! と勢い良く扉を開くと、総取締室で仕事をしていたメンバーが一斉にこちらを向きます。
「ふ、芙蓉様?」
 突然の事態に驚いた顔をするスコット。それは他のメンバーも同じです。皆、似た様な顔をして、私を見ています。しかし全員ではありません。アデリアとエリザの姿が無いんです。まさか……!
「アデリアと、エリザは!?」
「はい? 何ですか?」
 と、並んだ机の影から顔を出すアデリア。
「ばかっ、だめっ!」
 それを制止するエリザの声が、彼女の向こうから聞えてきます。
 駄目……って、どういうことでしょうか。
 怪訝に思い、私は二人に近付きました。
「あ、あの、芙蓉様、ウィル様の御様子は如何でしたか?」
 途端に、私に話し掛けてアデリアが足止めをします。
「いつも通りでしたよ」
 適当に答えて、アデリアの向こうへ。
「あ! 芙蓉様、駄目ですっ」
 何を言っているんですか。駄目と言われれば見たくなるのが人情と相場は決まっているんです。
 ぐい、とアデリアを押し退け、私は座り込んだエリザの前に立ちました。その近くの席に座っているエイジアンが無言で顔を引き攣らせています。
 ……これは何かありますね。
「何を隠しているんですか?」
「いやっ、あの……その……」
 アデリアもエリザも揃って嘘が下手ですね。
 私は、
「隠しても無駄ですよ」
 と、詰め寄ると、
「なぁー」
 聞き慣れない泣き声が聞えて来ました。
 ……ん?
「なぁ」
 座り込んだエリザの背中から、白くて小さくてふわふわした四足の動物が顔を出します。
「…………」
 これはもしや……。
「……エリザ?」
「御免なさいっ!!」
 首を傾げると、彼女はがばっと頭を下げました。
 えーっと……。
「すみません、芙蓉様」
 後ろから謝るアデリア。
「二人で中庭を散歩していて見つけたんです。どうも迷子みたいで……。それで、つい」
「拾って来たんですか?」
「はい」
 頷くエリザ。
「でも、拾ってきたものの、何処にも連れて行く場所が無くて、それでここに……」
 連れて来た、と。
「はぁー」
 私は肩を落とし、溜め息を吐きました。
 なんだ、もう。そんな事ですか。ウィル様が手に負えないなんて言うから、慌てて来たのにこんなオチだなんて。城の最奥からここまで走って来た私の体力が無駄になってしまいました。お茶も飲み掛けでしたし、御話しも途中でしたし。何だかもう、溜め息しか出てきません。ま、大事に至らなくて良かったですけどね。
「すみません……」
 声を揃え、改めて謝罪する二人。
「そんなに謝らなくても、怒ったりしませんよ。でもずっとここに置いておく事も出来ませんから、銀天街で飼い主になりそうな人を捜して下さい」
「はい」
 素直に頷く二人を見、私はほっと胸を撫で下ろしました。
 やれやれ、これで一安心です。
 ……それにしても……。
「珍しい動物ですね。犬? 猫?」
「犬でしょう」
「え? 猫じゃないの?」
 スコットの断言に、疑問を投げかけるアデリア。
「猫よね」
 頷くエリザ。
「……犬だと思う」
 ぼそりと呟くエイジアン。
 決着つきませんね。一体どちらなのでしょう?
「猫じゃないのー? 尻尾の先、丸いしー」
 興味なさそうに仕事を続けていたハロルドが口を挟んで、猫に軍配が上がります。しかし犬派はそれでは納得しないらしく、
「犬!」
「猫!」
 論争が始まってしまいました。うーん、一体どっちなのでしょう。
 五人の熱い答弁を他所に、私はじーっとその動物を観察します。
 長めの毛が全身を覆っています。色は白。縞模様の入り具合は、一見すると猫。けれど垂れた耳と長い尻尾はまるで犬。外見では判断がつきません。
 犬と猫とを区別する方法って、他にどんなものがありましたっけ。――肉球とか? あと確か、犬の踵はやたらと高い位置にあるんですよね。それから舌。犬に舐められるとくすぐったいんですけど、猫の舌はざらざらしてて舐められると痛いです。それが一番解りやすいですね。
 私は動物の顔に自分の顔を近付け、何とか舌を観察出来ないかと頑張っていると、
「何をやっておる?」
「いや、舌を見たら犬か猫か解るかなぁと……」
 声を掛けられたので、素直に答えました。
 ――答えて、首を傾げます。
 今の……誰の声でしょう。しわがれたお爺さんの様な声をしている人は、この取締室には居ません。そもそも、取締室のメンバーは犬と猫の論争をしていますし、他に人は居ないし……。でも、ちょっと待って下さい。今の声、何処かで聞いた事があります。
「何じゃ、未だ気付かんのか?」
「!!」
 声がその白い動物の口から聞え、私は思わず後退りをしました。
 その声! そうです、思い出しました!
「しっ……しっ」
 驚き過ぎて、声が言葉に成りません。
 こんな……まさか、そんな馬鹿な!
「しっしっ、とはなんじゃ。失礼な奴じゃの」
 違う。
しろがね!」
 ようやく言葉になった時、皆がその異常に気付いて一斉にこちらを向きました。そして目撃しました。手近に在った椅子を持ち上げ、可愛らしい犬とも猫ともつかぬ動物に向けて振り下ろそうとしている私の姿を。
「テメェ……、あたしの前に現われるなんざ、いい度胸してるじゃねぇか!」
「ふ、芙蓉様っ!」
「落ち着いて! 落ち着いて下さーい!!」
 スコットとエリザが私にしがみ付いて必死に諌めます。
 取締室は騒然。みんなの説得を受けますが、これが落ち着いていられますか! 椅子をしっかり握ったまま放しません。
 ――と、そこへ、隣の総取締室から、眉間にシワを寄せたカトラスが現われました。
「騒々しい! 静かにしろ!」
 一喝し、その場を収めます。流石、カトラスです。その迫力に、思わず私も黙り込んでしまいました。
 開いた扉の影からは、心配そうにディも覗き込んでいます。
「芙蓉様、一体何をしていらっしゃるんですか!」
 怒鳴られ、言葉に詰まる私。
「だって」
「だって、ではありません! 早くそれを降ろしなさい!」
 逆らっても怖いだけです。私は言われる儘に椅子を下ろし、とりあえずその場は収集しました。しかし、これで終わらせるわけにはいきません。私はギロッと銀を睨み、バチバチッと火花を散らしました。
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3. 「しろがね」


「そもそも、何故ここに?」
「ふん、この程度の場所に入り込むなど造作も無いわ」
 とりあえず落ち着いた私達は、取締室のメンバーを残し、総取締室で話しを始めました。近くでカトラスとディが見守っています。また私があんな事をしないように見張っているんです。もうするつもりなんて無いから見張る必要も無い、あの時は驚きと興奮でちょっと暴走しちゃっただけですからと申し出ても、カトラスが納得してくれませんでした。仕方なく、四人で話し込んでいます。
「それはそうでしょうけど……」
 三重の警備も、彼の前では何の意味も成しません。海辺で作った砂の城の様な、そんな脆いものにしか思えないでしょう。彼を阻めるものは、恐らくこの世に片手程しか無いと断言出来ます。人間を長年苦しめたエルフ軍ですら、彼の前には無力でしたから。
「聞きたいのはそうではなくて――」
「…………」
 私が言いたい事、聞きたい答えを解っている筈なのに答えてくれません。どうやら少々込み入っている様子ですね。それでもどうやって聞き出そうか、彼の様子を窺っていると、その間にカトラスが滑り込んできました。
「芙蓉様、彼――とは、どの様なお知り合いなのですか?」
 彼ときましたか。でも確かに「彼」ですよね。身形みなりは動物でも、声はお爺さんですし、態度は私に引けをとらず偉そうですし。説明をしなければ、気になるのは当然です。特に秘密にしなければならない事柄でもありませんから、私は直ぐに答えました。
「銀は云わば、妖精の類になります」
「…………」
 疑わしそうな目で銀を見るカトラス。あはは……。やっぱりそうですよね。
 同じくディも銀を見ますが、こちらは視線が合い、ディはびくっと身を竦めてカトラスの影に隠れてしまいました。どうやらディは銀が苦手みたいです。それぞれの種族の属性を考えれば、無理もありませんが。
「妖精と言っても、エルフの様に生易しい存在ではありませんが」
「まったくじゃ。あの様な輩どもと同等に扱われては、こちらが迷惑じゃな」
 そこまで言いますか。
「――アルフハイムは女神フレアの治める国。その国では自然界のエネルギーが収縮されると妖精が生まれます。銀もまた、そうして生まれました」
「但し、ワシはアルフハイムの自然界のエネルギーを介してではなく、人間界から流れ込んできた悪しき感情と、エルフ達の負のエネルギーをもとにしておるがの」
 眉宇を顰めるカトラス。
 私は銀の言葉を補足説明しました。
「私がアルフハイムに居た頃、人間がエルフと戦争していたのは知っていますよね?」
 織也が東方王宮へやって来た時、私があれこれカミングアウトしてしまいましたから、事情は察しているはずです。
「ええ……まぁ……」
「戦争は心を惑わせます。人間もエルフすらも、あの頃は多くの事に惑わされていました。そしてそれによって生まれた負のエネルギーがアルフハイムで形作られ、銀が生まれたんです」
 尤も、完全に形作られる迄に様々な事がありましたが。
 意志を形成出来ず、未だエネルギー体として存在していた彼は、負の要素を多く盛り込んでいた所為でアルフハイムの各地に様々な害をもたらしていました。そこでエルフ軍は討伐対を結成。しかし尽く返り討ちに遭ってしまいます。撤退を余儀なくされた軍に、しかしエネルギー体は攻め込み、後衛に控えていた私と対峙。色々あって私が彼に「しろがね」と名前を付けると、彼はようやく形を得、意志を定着させる事が出来たんです。つまり、私が親代わりみたいなものでしょうか。
「――それで? 何故ここに現われたんですか?」
「近くを立ち寄っただけじゃ」
 ……本当ですか?
「なんじゃ、疑わしそうな目で見おって」
 疑いたくもなりますよ。親を恋しがって会いに来る様な可愛い性格していないでしょう、あなたは。ディと違って。
「まぁ、好きに思うが良い。――其れだけでは無いのも、事実じゃしな」
 ふん、と銀はそっぽを向きました。
「……オヌシが居れば、メシの一つにでもありつけると思ってな」
 ちょっと待て。
 ずるっとこけそうになるのを、何とか堪えます。まったく……何事かと気を張っていたのに、ご飯ですか。心配して損してしまいました。
「牛乳でも用意しましょうか?」
「ワシを犬扱いするでない!」
 あぁ、そうですか。
「それは失礼」
 さして心も込めず謝ります。
「オヌシ……少し見ぬ間に良い度胸になったな……」
 犬猫の姿で凄まれても、怖くもなんともありませんから。
「ワシが食すのは負のエネルギーじゃ。人間が集合する場所は恰好の餌場じゃからの。特にここは人が多い。久々に良いメシにありつけるかと思えば……!」
 その口振りから察するに、
「外れましたか」
 負のエネルギーは想像以下の集まりしか無かったようですね。
「未だ子どもとは云え、エルフとドラゴンが一箇所に居れば浄化されるに決まっておるわ。特にドラゴンは、存在自体が奇天烈じゃからの」
 こらこら。ディに責任は無いんですから、そんなに睨まないで下さい。怯えてるじゃないですか。
「次の餌場へ行こうとすれば、オヌシの気が感じられての。立ち去る前に顔だけでも見ておこうと思うただけじゃ」
「そうですか」
「――オヌシがアルフハイムを出る時は立て込んでおったからの。……色々と」
「―――…」
 付け加えられた言葉には、何やら不穏な雰囲気が含まれていました。カトラスとディもそれを察したらしく、室内に緊張が走ります。
「……何故アルフハイムを出た?」
「さぁ」
 言う義務、ありませんから。肩を竦めて軽く受け流します。
「―――…深くは追求せぬが、良いのか? 近々、エルフが来訪するのであろう?」
「……地獄耳ですね」
 眉を寄せ、私は渋面しました。
 未だ私とマクラレーン様、それにウィル様しか知らない情報を、一体どこから仕入れて来たのでしょう。
「芙蓉様、エルフが来訪とは?」
 カトラスが首を傾げます。東方王宮総取締役代理として、今の言葉は聞き捨てならなかったのでしょう。まったく……極秘情報をこんな所でバラさないで下さい。後々が大変なんですから。
「ええ」
 こうなった以上、隠しておく事も出来ません。私は不承不承、肯定の言葉で続けました。
「アルフハイムからお客様がお見えになるそうです。混乱を防ぐ為、未だ外部には伏せていますが」
 アルフハイムから客人が来るなんて前代未聞です。前例の無い事ですから、恐らく彼方此方で騒がれるでしょう。東方王宮だけではなくイーストフィールド全体の問題。だから未だ伏せているんです。
「でも、今から気揉みしても精神力の浪費に過ぎません。きっと何とかなると思いますし、心配後無用――」
「成ると思うのか?」
 問われ、私は言葉に詰まりました。
「本当にどうにかなると? ……オヌシがどんな理由でアルフハイムを出たかは問わぬが、どうせ碌な理由では無いだろう? そしてオヌシはあそこで余りにも有名だ。知らぬ存ぜぬで通せると思うのか」
「…………」
 痛い所を突いてきますね。その通りです。知らないで通用する様な相手ではありませんし、納得もしてくれないでしょう。けれどどうにかするしかありません。そして相手の出方次第でその方法を変えなければなりません。つまり今はどう仕様もありませんから、待つしかないんです。
「――まあ良い」
 視線を逸らして考え込む私に、呆れたように銀は溜め息をつきました。
「何か考えがあるのなら、今更ワシが口を出す程もなかろう」
 考えなんて言われても、そんなに頼り無いですけどね。
 胸中で呟き、私は軽く苦笑しました。
「ならば、帰るか」
「え? もう?」
「用も無いのに長居するわけにもゆくまい。そちらの小僧には歓迎されておらぬ様じゃし――」
 ああ、ディですね。相変わらずカトラスの影に隠れてビクビクしてます。
「エルフの小僧にも、負担を掛けるばかりじゃ」
 確かに。感応能力に優れたエルフ族のウィル様に、毒気の強い銀の気配は重荷以外の何ものでも無いでしょう。ここに居る事すら余り歓迎出来ません。用事が終わったと云うのなら、さっさと帰って貰わねば。
「残念じゃが、命と――機会と――縁と――その気があれば、また会う事もあろう」
「――そうですね」
 これから数千年、あるいはそれ以上を生きる彼と、私。その巡り合わせの確率はそう高くありません。それでもこうして会う事が出来たのですから、何かしらの要素が重なり合えば、また再会出来るでしょう。
「では、の」
 言って、彼はぶるぶると小刻みに体を震わせます。するとその体は足先から、尻尾から、スゥと空気に溶け込んで、やがて消え去ってしまいました。
 どうやら居なくなったらしく、ディがほっと胸を撫で下ろしています。ウィル様も、これで大丈夫でしょう。カトラスも、やれやれと仕事に戻って行きます。
 銀が消えた場所――そこをぼんやり眺めながら、私は複雑な胸中を抱えていました。
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