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1.2.

1. 「アメフル銀天街」


 民家の屋根に、壁に、足元に、大量の雨が降り注いでいます。空には分厚い灰色の雲。隙間無く天を覆って、微塵の隙も見せません。これじゃあ、走って帰っても辿り着く頃にはずぶ濡れの濡れ鼠。直ぐに体を温めれば風邪をひいたりはしないでしょうけど、何か嫌です。せっかく買った物も濡れてしまいますから。かといって、このまま雑貨屋さんの店頭で雨宿りするにも限界がありますし、もしこのまま雨が止まなかったらと考えると、いつまでもここに居るわけにはいきません。何か対策を考えないと。
 今日は、芙蓉です。
 領主様方の任命式が終わって繁忙期を抜け、お休みを頂いたので、久し振りに銀天街へとやって来ました。昼間の内は良いお天気で散策日和だったのですが、陽が傾く頃、急に暗くなったかと思ったら雨が降り出してしまいました。それでも初めは小雨程度だったんですけど、雑貨屋さんで買い物を終えて出て来た時には大雨になってしまっていて。――で、足止めをされているのです。
「どーしよ」
 走って帰るか、待ってみるか……。でもこんな時って、走って帰り着く頃に雨が止んで、待っているといつまで経っても止まないんですよね。だからと言って、ここで膠着状態を続けていても仕方ありません。
「ねえ、ディ? この雨、止むと思う?」
 隣で大荷物を抱えている彼に聞いてみるのですが、返事はありませんでした。
 うっとりと、雨に見惚れています。
「…………」
 なんか、聞くだけ無駄って感じですね。
 ディは晴れていても雨が降っていてもうっとりしています。曇っていても同じ。風が吹けば嬉しそうに、花を見れば楽しそうに、土を踏めば時々語りかけています。不思議な子です。
 幼ドラゴンの生態を詳しく知らないので何とも言えませんが、自然に敏感なのは何となく分かります。エルフ族も同じ様に自然に敏感なのですが、それとはまたちょっと違うみたい。
 エルフの食事は大地の気であるが為、周囲にある気にとても過敏に反応します。良い食事を摂りたいのは人間もエルフも変わりませんから、感じた気は食べられるか駄目なのかを無意識の内に判定しているのでしょう。だから人間が抱く(よこしま)な感情に当てられてしまったりするんです。人間に例えるなら、お腹を壊したって感じでしょうか。エルフ族が人間を苦手としている理由はそこにあるんですよね。数人程度の集合体が放つ気なら未だ耐えられますが、それが何百人ともなれば手に負えないらしく、感情渦巻く人込みの中に出るなど(もっ)ての(ほか)。お腹を壊す程度で済む筈が無く、結果、エルフ族は人間を避けざるを得ないんです。
 一方ドラゴンは特に人間を苦手とはしていません。動物も植物もお友達――いえ、それ以上です。ヒトだろうと動物だろうと、その肉体はミクロコスモ(小さな宇宙)であり、常に大いなる宇宙と繋がり(リンク)しているのだとか。ドラゴンはその叡智に拠りその仕組みを理解しているので、成人したドラゴンは己の肉体(ミクロコスモ)を通して世界あるいは宇宙(マクロコスモ)に何が起きているのかを詳細に知ることが出来ると聞いた事があります。『自然とは己であり、己とは自然である』といったところでしょうか。時々、彼の身に起こるこの「にこにこ現象」は、どうもこの理屈に通じている様な気がするのですが、何せさっきも言った通り幼ドラゴンの生態には詳しくないので確信はありません(じゃあ成ドラゴンの生態に詳しいのかと聞かれても困りますが……)。
 とにかく、時々彼のこの反応はドラゴンならではって事。――尤も、見た目は普通の青年と何ら変わりないので、周囲の人達は誰も彼がドラゴンだとは気付かず、ちょっと変な人くらいにしか思っていないみたいですけどね。
「ディ、聞いてる?」
 もう一度改めて声を掛けると、彼はこくこくと頷きました。どうやら現実に戻って来てくれたみたいです。
「雨、止む?」
「―――…」
 少しの間。空を見上げて、雨の具合を見て、こくんと頷きます。その後で、右の親指と人差し指を使って「ちょっとだけ」を表現しました。
 どうやら止むには止むらしいですが、もう少し時間が掛かるみたい。このまま待っていてもいいのですが、ただ待つには退屈だし、長すぎます。どうしようと周囲を見回し、ふと、喫茶店が目に止まりました。
 ――ほんの少し、思い出のある場所。
 そこは、マクラレーン様に初めてお会いした場所です。……なんか、懐かしいですね。あの日も同じ様に雨が降っていて、同じ様に雨宿りを考え、そして入って行きました。また今日も入りましょうか。たまには思い出に浸るのも悪くは無いかも。
「おんや、芙蓉ちゃんじゃないかい?」
 ディの腕を引いて、雑貨屋さんの軒下から出ようとし、威勢の良い声を掛けられて止めました。
 誰かと思えば、東方王宮の料理長さんです。
「今日は。意外な所でお会いしましたね」
 笑顔で挨拶を返しました。
 下町食堂のおばちゃんと言った風貌で厨房にいつも立っている料理長さんは、今日は更に下町的な雰囲気を醸し出していました。きっと服装がいつもの料理長専用の白い服ではなく、庶民的かつ一般的な服だからだと思います。普段は長い帽子の中に隠れている髪が、今日は後ろで一纏めにしたお団子。それに刺さるシンプルな(かんざし)。傘をさす腕に買い物袋を提げて、その反対の手は小さなお子さんに繋がれていました。
 顔は似ていません。料理長にお子さんが居ると聞いた事もありません。でもその二人の様子はどう見ても親子です。
「お子さんですか?」
「そうだよ」
 ほら、やっぱり。
「血は繋がっていないけどね」
 あれ?
「そうなんですか?」
「ああ。この子は下から三番目の子だ。――ほら、ご挨拶おし。いつも言ってるだろ」
「……こんにちは」
 背中を押され、少年は小さな声で私に頭を下げました。
「こんにちは」
 可愛いですね。レオン様と同じ位でしょうか。
「なんだい、そんな小さな声で!」
「はは……、恥ずかしいんですよ」
 お母さんらしく溜め息をつく料理長さんと、それにフォローを入れる私。
 子どもってそんなものですよね。特にこの年頃は人見知りが激しいですし。挨拶をしただけでも大したものです。
「ところで、三番目ということは、他にもいらっしゃるんですか?」
「ああ、そうさ。全部で十二人居る」
「じゅっ……」
 十二人!?
「はー……。それはまた随分と大家族ですね」
 子ども一人でも大変なのに、それが十二人です。十二倍です。大変ですよ、ほんと。
 けれど当人は気にした様子も無く、あはははと軽快に笑い飛ばしてくれました。
「そんなこと無いよ。一人が二人になるのは大変だけど、十二人も居るとそんなに変わらないものさ」
「はぁ」
 そんなものなのでしょうか。子どもを持った事が無いのでよく分かりませんが、御本人がそう仰るのならそうなのでしょう。
「ところで、アンタはそんな所で何してんだい?」
「雨宿りです。いきなり降って来たから、傘、持ってなくて」
「おやおや。それは困ったねぇ」
「はぁ」
 でも、もう少し経てば雨も止むとディが言っていましたから、待てばいいだけなんですけどね。ただ待つには退屈ですし、時間をどう潰そうか悩んでいただけなので、さほど困ってはいません。ご心配の必要はないですよ。
「そうだ! アンタ、こんな所に突っ立ってないで、ウチに来たらどうだい? ここの直ぐ近くだから、そこで雨宿りをするといいさ。ちょっと狭いけど、お茶くらいは御馳走するからさ」
「え? でも御迷惑じゃ……」
「いーって、いーって。ほら、さっさと来な。ウチはあそこ。アンタもおいで」
 私の腕を引っ張り、傘の中に無理矢理私を招き入れますが、定員オーバーです。けれどそんな事は気にせず、ディを手招きして私達を家へと案内してくれました。
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1.2.

2. 「そして雨は止み」


 案内されは家は確かに雑貨屋さんから直ぐでした。角を曲がった、小ぢんまりとした家がそうです。お世辞にも大きいとは云えません。四人家族が住むくらいの大きさでしょうか。そこに子ども十二人分の生活用品が詰め込まれているのですから、中は想像以上に狭いものでした。
「悪いね、狭いところで」
「いいえ。とんでもないです」
 むしろ懐かしいです。私の実家が丁度こんな感じでしたから。
 割と大きめの一軒家でしたけど、家族の生活用品に埋もれて狭く感じる家でした。部屋数は多いのですが、襖で仕切られていたので個室には利用出来ず、完全な一人部屋だったのは祖母だけでした。父と母の部屋も共同だったのですが、父が単身赴任をしてからは母だけが使っていて、私は妹との共有に嫌気がさして、高校入学前に襖の部屋を無理矢理自分の部屋として使っていました。その家も、やがて私独りだけになって――…。アルフハイムで与えられた部屋はやたらと広かったし、東方王宮で頂いている部屋も三間一部屋お風呂付。懐かしいです、本当に。
 それはディも一緒みたい。きょろきょろ室内を見回していますが、あれは落ち着かないのではなく嬉しいんです。彼が未だ私と旅に出る前、彼がお祖母さんと一緒に住んでいた家が小ぢんまりとした、二人で住むのに丁度良いサイズの家でしたからね。
「そこに掛けとくれ。今、お茶を出すよ」
「はい」
 頷いて、勧められた椅子に座ります。
 物珍しさからあちこち観察していると、隣の部屋に続く扉から、子どもたちがこっそりこちらを覗いているのが見えました。
「今日は」
 声を掛けると、ささっと逃げ出します。
 パタパタと可愛らしい足音。きゃーという、興奮した声。沢山の笑い声。
「お客さんだよー」
「おきゃふー」
「おきゃくさん、だよっ」
「こらっ、静かにしないとだめだろ」
「おにーちゃん、こわいー」
「ほらほら、そっちは駄目って言ってるでしょ!」
「おねーちゃんもー」
「こわいー」
「きゃー」
 声から想像するに、年長者は十代後半くらい、下はさっきの子くらい、でしょうか。
「こらーっ! 静かにおしっ!」
 お母さんが一声浴びせると、子ども達の声はぴたりと止みます。流石です。
「悪いね、騒がしくて」
 良い香りのお茶を差し出され、
「いいえ、賑やかでいいじゃないですか」
 それを受け取って、ディに渡します。そして今度は私の分を受け取りました。
「ウチの連中はそれだけが取り得さ」
 自分の分のカップを置き、私の正面に座られる料理長さん。
 私達はしばしお茶の味を堪能し、遠くに子ども達の声を聞いていました。その沈黙の間に、次はどんな話題がいいかなと模索し、思い切って聞いてみます。
「旦那さん……は、お仕事ですか?」
 家に入ってから、ずっと不思議だったんですよね。この家は、男の子の雰囲気はあっても男の人の居る様子が窺えません。そもそも、料理長が結婚していると耳にした事がありませんし、ちょっとカマをかけてみました。意地悪かもしれませんが、これが私流の話術と言いますか……。
「旦那はもう随分前に死んだよ」
 声の中に特に悲しそうな音は含まれていません。表情も同じです。古い過去だから、もう悲しみなんて薄れてしまった――…そんな印象を受けました。
「そうだったんですか……済みません」
「いいさ、気にしないでおくれ。もう二十年は昔の話だからねぇ」
 でもそうなると、次の疑問が涌いてきます。
「じゃあ、あの子ども達は……」
「みんな捨て子だよ。一番上の子が今年で十七、一番下はようやく二歳になった。下の子は上の子が面倒みてくれるからね、仕事には支障は無いよ。――まだ聞きたい事はあるかい? 総取締役さん」
「止めて下さい」
 はぁ、と溜め息を吐きます。
「別に尋問じゃありませんから。休みの日まで、仕事する気もありませんし」
「やだねぇ、冗談だよ、冗談。そんな深刻に考えるのはよしなって」
 ばんばんと私の背中を叩きます。
 痛い……。
「アタシは地方の小さな村の出身でね、結婚してこの銀天街へ来たのさ。でも直ぐに旦那が死んで、一人で寂しくてねぇ。――試しにと思って、施設から子どもを一人引き取ったんだ。それが一番上の子だよ。それから次の子を引き取るのに一年もかからなかったよ」
 子どもが居る生活に楽しみを覚えてしまったんですね。
 それが増えに増えて、この数ですか。幾ら楽しいからといっても、私には到底真似出来ませんね。ディ一人で手一杯ですし。
「芙蓉ちゃんもどうだい?」
「は?」
「子どもだよ。多ければ多いほど楽しみが増えるだろ」
「そんなにいりませんよ。……そもそも、子どもの前に結婚が先だと思うんですけど……」
「何言ってんだい! 子どもなんて相手さえ居れば出来るんだから!」
 あははは、と豪快に笑っていますけど、それって凄い考え方ですよ?
 私が生まれ育った時代では出来ちゃった結婚なんて当たり前でしたけど、現代は結婚の手順を逆にすると世間の目がとても冷たいです。私の知るあの頃より、時間はかなり先に進んでしまったのに、思想は過去に戻っちゃうなんて、これが本当の時代錯誤ですよね
「子ども……か」
 ふう、と、溜め息を一緒に言葉を吐きます。
「……子どもは嫌いかい?」
 優しく問い掛けられ、私は苦笑しました。
「どうでしょう? ……多分、嫌いじゃなくて苦手なんじゃないかと思います。私自身が可愛げの無い子どもでしたから、どうも扱いに困ってしまって」
 両親は普通に育ててくれましたから、間違いを問うなら私の育ち方でしょう。そしてそれに止めを刺したのは間違いなく祖父です。頑固な野心家だった祖父の思想はしっかり私に根付き、今はそれがすっかり板についてしまっています。血の繋がりとは恐ろしいものですね。
「芙蓉ちゃんの小さい頃か……可愛かっただろうネェ、その頃は」
 うわっ。ちゃっかり嫌味言われてますし。
「私と違って、ここの子はちゃんと真っ直ぐ育ちますよ」
 嫌味をさらりと流し、私はさらりと次の話題に移りました。
 片親とはいえ、しっかりしたお母さんです。子ども達も上の子は下の子の面倒をみてお母さんを助けています。家族が家族として生活しています。だからきっと大丈夫ですよ。
「そうだねぇ……そうなって欲しいねぇ……」
「大丈夫です。どう足掻いても子どもは育ちますし、世の中は甘くないけど、巧く出来てますし」
「……やっぱり今のアンタは可愛くないね」
 え!? そうですか? 今の、精一杯の発言だったのですが。
「――世の中は関係ないよ。……いや、やっぱりあるのかねぇ。……でも、それとこれとは別でね」
 料理長さんは、満面の笑みを私に向けました。凡そ美人とは云い難い彼女の顔は、菩薩の様に輝いていました。
「子どもは子どもだと思っていると、時々はっと気付かされる様な事をするもんだ。あんなに小さかったのにもう大きくなっていると気付く。――子どもは世間が育てるんじゃない。周囲の人間が育てるんだ。それは家族であったり友達であったりする。そうして段々、大人になるんだよ」
 軽く、ウィンク。
「親としてはそれが寂しいんだけどね」
 そんなものなのでしょうか。
 私は未だ親ではありませんし、子どもを持つ予定も立っていませんからよく分かりません。
「ああ、もう、雨止んだね」
 不意に、彼女が声を上げました。
 本当です。
 窓から外を見ると、雲の切れ間から光が差し込んでいました。夕方独特の、オレンジと赤が入り混じった光の色です。もうすぐ夜ですね。
「じゃあ、そろそろお暇しますね」
「おや、もう帰るのかい?」
「総取締役が長く王宮を離れるわけにはいきませんから」
 私達は丁重にお礼を言い、その家を後にしました。
 帰る間際、十二人の子ども達が私達にいつ迄も手を振ってくれました。
1.2.
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