INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第04章 第04話next
1.

1. 「芙蓉、レオンを泣かす」


「ふよー」
 幼さの残る高い声に呼び止められ、私は廊下で足を止めました。振り返ると、私の半分も無い背丈の子どもが、嬉しそうに駆け寄って来るのが見えます。不思議でなりません。彼はどうして私なんかに懐くんでしょう。
 ――お早う御座います、芙蓉です。廊下を歩いていて、レオン王子に遭遇してしまいました。
 レオン様と親しくなったのは、彼が寝付かず困っていた侍女を見かねて寝物語を聞かせた事が切っ掛け。普通の物語ではもう飽きてしまっただろうと配慮して、誰も聞いた事無いような物語を枕元で聞かせて差し上げました。実はあまり子ども向けではない私の実体験ものがたりを子ども向けにアレンジして御話ししたんですが、それが妙に気に入られたみたいで……。やはり、あれでしょうか。子どもは子ども扱いされるのを一番嫌いますから、子ども扱いしなかった私を気に入ってくれたのでしょうか? ……うーん、私は私なりに、子ども扱いしているんですけどね……。
「お早う御座います、芙蓉様」
「お早う、コレット」
 王子の後ろに控えていた侍女に、私はにこやかに挨拶しました。
 彼女はこの東方王宮で侍女を務めている女性です。名前はコレット。私の補佐官を務めているディのお気に入りで、その当人は今も私の後ろで嬉しそうに顔を綻ばせています。単純ですね。彼女もディを好きみたいなんですけど、それは無理があるから止めなさいと忠告する私の言葉を和やかに受け止め、それでもやっぱり好きだと言います。凄い人です。ディが気に入るのも頷けます。
「最近お忙しそうですね。お体は大丈夫ですか?」
「はい」
 ゆっくりとした口調のコレットと話していると、何だか癒される気分です。疲れてても、この人の前では大丈夫と言い張りたくなってしまいます。だからって今は別に疲れていませんよ。本当に大丈夫ですから。
「領主様方の任命式の準備も大詰めで忙しくなってきましたけど、きちんとお休みは取っています。大丈夫ですよ。貴女は――今日は、レオン様とこれからどちらに?」
「中庭で散歩をしようと思っています。以前、ディと一緒に植えた花に種が出来たので、それを取りに行こうとレオン様とお約束しておりましたから」
 それはそれは。
「大変ですねー……」
 こんな腕白坊主、いえ、お子様と。
「ねーねーふよー、ねーねーねーねー」
 ぅあー、もう……。
「はいはい、何ですか?」
 しゃがみ込んで、王子に視線を合わせます。
 するとレオン様は、例によって嬉しそうに顔をキラキラさせました。そんな眩しい笑顔を見せ付けないで下さい。腹黒い大人はそれに良心の疼きを覚えますから。
「あのね、きのうね」
 興奮していらっしゃるらしく、言葉が途切れ途切れでなかなか前に進みません。
「落ち着いて下さい」
 ちょっと急いでいるので、良ければ手短にお願いします。
「あのねー」
「何ですか?」
「きのうねっ、父さまに、ぼくが似てるって言われたのっ」
「…………」
 不覚にも思わず言葉を失い、苦虫を潰したような顔をする私。
 レオン様が、マクラレーン様に……ですか。確かに親子である以上、何らかの形で似るのは当然なのでしょうが、このお二人にそれは余り当て嵌まらない気がします。御気性は勿論の事、容姿も然程似ておられません。レオン様はどちらかというと母親似ですからね。オーレリア様を間に立てて親子だと言われると納得しますが、レオン様とマクラレーン様だけでは親子と言われなければ気付かないと思います。
 ですから多分、レオン様に「似ている」と言った人物は、追従ついしょうのつもりだったんでしょう。目に見えたお世辞です。少しでも人を疑う技術を身に付けていれば直ぐに見抜いてしまうのでしょうが、いかんせん、レオン様は未だ幼くあられます。そんなこすい手口を見抜ける筈がありません。
 それをこんな嬉しそうに私に報告してくるなんて……。悔しいやら、悲しいやら、何だか微妙な心持ちです。――尤も、私がこんなにイライラしても仕方無いんですけどね。
「でも、ぼく、あんまり似てないと思うんだけど……。ふよーも、そう思うよね?」
 それはどう見ても彼なりの謙遜でした。顔は嬉しそうに笑ったままですし、声も上ずっています。どうせ私に、「そんなことないですよ」と否定して欲しいんでしょうけど、今日の私は一味違いました。見え透いたお世辞と狡賢い子どもの知恵に、私は苛立ちを覚えていました。
「そうですね、似ていないと思いますよ」
 スパッと素直に一言。
「そ……そんなことないよ……?」
 途端に手の平を返すレオン様。……やっぱり謙遜だったんですね。やれやれ。
「似ていませんよ」
「そん……」
「似ていません。全然」
「そんな……そんなこと……」
「似ていません。レオン様はレオン様です。似る必要もありません」
「…………」
 反論の余地も許さない会話の合間に、レオン様の表情はどんどん沈み、最後には唇を噛み締めます。
「~~~~っ」
 ぎくっ。
 こ、これは拙いっ!!
「レオ――」
「……うぅぅ」
 ひぃっ! ピンチ!
「うぅ~~っ」
 ぼたぼたぼたぼた……。
 うーわー……。やっちゃったよ……。
 背後からディの冷たい視線を感じます。分かってますって。責任感じているんですから、そんな目で見ないで下さい。
 ――とは言うものの、この状況をどうにかしろと言われてもねぇ……。勇気を奮って頑張ってみるものの、
「びえええぇぇぇぇ」
「…………」
 私にどうしろと言うんですか。無理です。
「コレット、パス」
 彼女の右手を無理矢理押し広げ、私の右手をそれに押し当ててタッチ。
 これ以上は私には無理です。勘弁して下さい。
「芙蓉様……」
 苦笑いするコレット。言葉以外の言葉で、「まぁ、いいんですけど」と付け加えられています。
「ディ、行きますよ」
 納得していない顔のディの手を引いて、私達はその場を後にしました。
「びええええええぇぇぇぇぇぇっ」
 レオン様はその後暫く泣き止まなかったそうです。
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