INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第04章 第03話next
1.

1. 「続・正真正銘の嫌な奴」


 続々と運ばれてくる料理に手を伸ばしては、時々お酒を飲んで、陽気に笑う。そんな私達はきっと、どこからどう見ても仲の良い友達にしか映らないでしょう。
 今晩は、芙蓉です。
 突然やって来たキール様の提案で、カトラスとディと四人で銀天街に赴いた私達。以前立ち寄った事のある食事処のテーブル席を陣取って、仲良く料理を囲んでいます。キール様やレイチェル様相手にハイペースでアルコールを飲めるカトラスは、今日はややペースダウン。私に合わせてくれている様な気がするのはきっと気の所為じゃないと思います。ディは私の隣で黙々と料理に手を付けています。竜族の彼は、本来の姿がとても大きい所為か、見た目以上に大喰らい。空になった料理の約半分は彼の胃に収まっています。その真正面に座っているのがキール様。時々私と言葉を交わしつつ、ディに負けじと料理に箸をつけています。キール様って元々が負けず嫌いなんでしょうね。何事も程々が一番だと思うのですが……。
 料理とお酒を交互に楽しみながら、私達は色々な話をしました。一番盛り上がるのはやっぱり仕事の話。唯一の共通の話題ですし、何だかんだ言って結局私達って仕事の虫ですからね。普段は言えない上司――名前はあえて出しませんが――への軽い不平不満や悪口、他の部署の評判など、東方王宮のありとあらゆる事が話題になりました。王宮内でただ仕事をしているだけでは聞く事が出来ない沢山のエピソードは、普段何気なく接しているみんなの知らない部分を垣間見られる手段。しかも、いつもなら決して見せてくれない一面まで聞けるのが嬉しくて、ついつい話し込んでしまいます。
 気が付けば、私は沢山笑っていました。こんなに笑ったのは、多分、久し振り。隣ではディも笑っていました。声を出しはしなかったけれど、目も口も楽しそうに綻んでいます。必死にキール様が話して、ボケて、それにカトラスが冷ややかに突っ込む。息の合った名調子につられて、私達は多くの言葉を交わしました。

 どれくらい時間が過ぎたでしょうか。結構、経ったと思います。私達がお店に入った頃は西に未だ残り陽があったのですが、今はもうすっかり真っ暗。月が丁度真上にあって、銀天街を見下ろす時間帯に突入です。
 店内のお客さんも増えて、それぞれのテーブルで様々な会話が飛び交っている中、店の奥から一人の男性客が徐に席を立ちました。同席者はおらず、どうやら一人で夕食を摂っていたみたい。彼は、テーブルとテーブルの間に設けられた通路を通り、ゆっくりこちらに向かってきます。そして私達のテーブルと擦れ違う時――不意にその右手を伸ばしました。その先には私達のテーブル、そしてその上に置かれた会計用の伝票が。彼の指先が、ほんの少し、伝票の端に触れそうになるその前に、私は三人と楽しく言葉を交わしながら右手の人差し指を動かし、伝票を挟んだバインダーをトン、と軽く叩いて、位置をずらします。バインダーはその反動で宙を舞い、床に落ちるよりも早くパシッと小気味良い音を立てて空中で私にキャッチされました。
「全額おごってくれるなら、お渡ししますよ?」
 伝票をひらひらさせて、嫌味を一つ。
 そんな私達の遣り取りに気付いた三人がお喋りを止めてこちらを見ています。
 対する彼は、してやられたって顔をしています。
 想像通りの反応が嬉しくて、私は思わず笑っていました。
「お久し振りです。元気でした?」
「適当に元気だ。君は、聞くまでも無いか」
「はい」
「そっちの坊主は、体の調子はどうだ?」
 問われて、ディは嬉しそうに口許を綻ばせて頷きました。彼も彼に再会出来て嬉しそうです。彼はディにとって命の恩人同然なので、無理も無いですね。
「今もまだ、あちこち周っていらっしゃるんですか?」
「それが仕事だ」
 どうも性に合っているらしいと付け加える彼。
「どんな処でも、この仕事だけは需要が無くならないから、休む暇も無いよ」
「ああ、確かに」
 世の中には無くても何とかやっていける職業は沢山ありますが、医療だけはどうしようもありませんからね。人が生きている限り医者やそれに従事する人は必要とされますし、確かに需要は無くならないでしょう。
「さて――せっかくの再会だが、この後また診察があるので、これで失礼する」
「あらら。大変ですね」
「そうだな。明日から西に発つので、今夜中に回れる患者は診ておこうと思っていてな」
 仕事熱心ですねぇ……。
「じゃあ、お気を付けて」
「どうも」
 言って、歩き出して、彼は背中を向けたまま手を振りました。
「知り合いか?」
「はい」
 キール様を振り仰いで頷きます。
英司エイジさんは元・医者の薬剤師さんです」
「……みょーな経歴だな、おい」
「ですね」
 私もそう思います。
「昔は優秀な外科医だったらしいんですけど、こっちに来てから考え方を変えさせられたって。――自分がどんなに機械に頼った医者だったのかを自覚してしまったって言ってました。機械に頼っていたって事は、機械が無ければ何も出来ないってのと同意義で、だから、目の前でたくさんの人が亡くなっていくのを見て、自分の無力さを思わずにはいられなかったって」
 機械が無ければ何も出来ないっていうのはちょっと違うと思いますけど、それだけ、自分の力の無さを思い知らされたって事なんでしょう。打ちのめされた彼は、それでも諦めず、自分に出来る事を模索し、そして見つけました。それが薬草。機械も無ければ、精密な精製が出来ず薬すら無いこの世界で、唯一治療の大きな効果を期待できる物。外科医としての知識を持つ彼は、その知識を活用し、科学的に実証された薬草や彼自身が実証した薬草を扱うようになり、やがて彼は外科医としての自分を捨てたんです。――勿論、必要に応じてその技術を使う事はありますから、外科医である事を辞めたわけではありません。ただ、機械に頼っていた頃の自分を捨てて、この世界の一部として生きていく決意をした――…そう。彼もまた、私と同じ。……同じ故郷を持つ、私の仲間です。
 それを聞かされた時は正直驚きました。私と同じ様な身の上の人にあったのはそれが初めてでしたからね。
「どうやって知り合ったのですか?」
「未だ旅をしていた頃……、ディが熱を出したんです」
 カトラスの問いに、私は目を細めて答えました。
 懐かしいです。あの頃は未だディと知り合ったばかりで、ディの事をよく理解していませんでした。だから、朝起きて彼が熱を出しているのに気付いた時は、人間の医者に診せていいのかどうかかなり迷いました。何せディは、外見は人間に見えますがその実はドラゴンですからね。人間用に処方された薬を飲んで、果たして効果があるか、とても怪しかったですし、下手に副作用を起こされるのも嫌でしたし、半日ほど悩んでいたんです。その間にも病状は悪くなります。苦しそうに喘ぐディを見、結局私は医者を捜す事にしました。そこで知り合ったのが、丁度旅でその村を訪れていた彼。
 幸い、薬の効果は得られ、心配していた副作用も見られず、ディは回復し、私達は村を後にしました。
 彼とはそれきり。まさか、こんな所で再会するとは夢にも思っていませんでした。
 そう――織也と同じです。彼にもまた出会えるなんて考えもしませんでしたから、英司さんの時も、織也の時も、本当に驚きました。
「――偶然なんて、案外その辺にゴロゴロ転がっているのかもしれませんね。ただ私達が気付かないだけで」
 忙しくて。落ち込んでて。周囲を見る余裕が無くて。――きっと言い訳は色々あるんでしょうけど、もっと注意深く観察してみると、大切な何かがあるのかも。気付いていないフリをしないで、逃げてないで、ちゃんと向き合わなければいけませんね。他人ヒトにも、自分にも。

「……って、キール様、何を注文しているんですかっ」
「上から順番に一杯ずつ」
 おもしれぇかなーと思って。
「何を馬鹿やっているんですか! そんなに飲めないでしょう!」
「カトラスが飲むだろ」
「ああ、それもそうですね。……って、ちっがーうっ! そんなに飲んだら急性アルコール中毒になりますよ!? 死にますよ!?」
「任せろ! オレは遊びに命を掛けられる男だ!」
「何を任せろと?」×2
 私とカトラスは声を合わせて呆れました。
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