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1.2.

1. 「嵐来たりて」


「次にこちらの書類を」
 差し出された紙の束を受け取り、表紙に目を通します。表紙の隅に穿たれた捺印はカトラスの物。どうやら、彼が事前に読んでしまっているみたいです。表紙の命題を読みますが、特に注意を払う必要はなさそう。カトラスが既にチェック済みなら、私が改めて見る必要もないでしょう。一応、一通り目を通すと、そのままカトラスに返却しました。
 今日は、芙蓉です。相変わらず平和な東方王宮でいつも通りの仕事をこなしています。
 キャラウェイの一件で王宮内の一部は少々緊張感を漂わせていたのですが、予想された異変などは起きず、平和なまま。彼女の正体に気付いて逸早く根回しをしたお陰か、はたまた彼女は只の様子見だけでこちらが予想していた様な背後関係は無かったのか、色々と憶測されていますがどれもこれも不確かで確証はありません。ま、平和なのは良い事ですので、これ以上余計な心配はせず後は何か起きてからでも大丈夫だろうという参謀ウィル様の提案により、東方王宮はいつもの静けさ?を取り戻しました。
「これで構いません。お願いします」
「はい。――それから、こちらに捺印をお願いします」
 言われるままに引き出しから判子を取り出して捺印します。奇麗に印字したのを確認してから、書類の内容に目を向けました。……普通は逆なんですけどね。中身を見て、判子を押すのが本来の在るべき姿なのでしょうが、仕事に関してはカトラスを全面的に信頼しているので、どうしてもこんな風になってしまうんです。
「……花の請求書?」
 はて。何かお花、公費で買いましたっけ?
「キール様へのお祝いに手配しました。……いけませんでしたか?」
 ――ああ。
「そう言えば、もう異動されたんでしたっけ」
「はい」
「早かったですよね。その気になれば……なんて豪語してたけど、半分信じてなかったんですよね、私」
 お父上の御領主が自領であれこれと好き勝手になさっていた為、領民達が苦労を強いられ、ついに下ったお咎めでお父様は失脚。普通ならばここで息子である彼――キール様も将来を絶たれた筈なのですが、マクラレーン様立っての願いで何とか地位を確保。「資格を剥奪したとても、それは償いにはならない。しかと混乱する領地を落ち着かせてこそ真の償いとなろう」――とか何とか言って反対する調印議員を言い包めたそうです。流石マクラレーン様ですよね。
 お父様の跡を継いで無事領主になるものの、領地は相変わらず混乱したままだし、周囲の領主方からはあれこれと嫌味を言われるしと、色々とご苦労なさったそうです。その結果、若い領主は自暴自棄になられ、周囲からは不良領主と罵られていました。
 ところが、それらの行動の一端が私の目に止まり、雷親父宜しく説教を被ってからピタリと止みます。領民の心を纏め、土地を整備し、今後の方針をきっちり決定し、領地内の混乱を治めてしまうという手腕を発揮。それが認められ、マクラレーン様のお声で東方王宮に近い領地を賜る事になったんです。
「素質と実力でしょう」
 素っ気ない、カトラスの返答。
 確かに、と、私は胸中で頷きました。
「――怖いですよね」
「遊びに命を掛けられる等とふざけた一面もありますが、油断のならない御方とお見受けします」
「違いますよ」
 私は首を振りました。
 今、私が話題にしているのはキール様ではありません。
「何よりも恐ろしいのはマクラレーン様です。砂場に完全に隠れて埋もれた宝石を、触れる事もせず、ましてや宝石らしき姿も見ていないのに、砂の微妙な盛り上がりだけで才能を見つけ出してしまわれるんですから」
「…………」
 カトラスは何も言いません。
「ただ一目見ただけで、その人の人柄や才能を見抜いてしまう――…。あるいはそれこそが、マクラレーン様の最大の武器かも知れません」
 全く持って恐ろしい武器です。
 ――尤も、そのお眼鏡にかなってこの東方王宮で総取締りをやらせて頂いている私が言える様な立場ではありませんけどね。
「はい、これでいいですか?」
 花の請求書と経費用紙をカトラスに渡しました。彼は判子を確認し、頷いて書類とそれを重ねました。
 コンコン。
 私の執務室である総取締室と部下達の居る取締室を繋ぐ扉がノックされます。誰でしょう?
「どうぞ」
 私が返事をすると、早速扉は開かれました。
 現われたのは何と、渦中の領主キール様です。
「キール様」
 怪訝に思って首を傾げます。
「よぉ」
 彼流の挨拶で返事をし、彼は扉を閉めて中に入ってきました。
「王宮にいらしていたんですか?」
 またどうしてこんな大変な時期に……。領地異動で目が回る程お忙しいでしょうに。
「ん、ああ、引越しは殆ど終わったし、引継ぎも目処が立ったしよ。ここは一丁、東方王殿に挨拶でもしとくのが礼儀ってモンだろ。で、挨拶したら、王宮で新任祝いのパーティー開いてくれるっつー話しを小耳に挟んだワケだ。そこで真面目なオレ様は、奇特な総取締役殿に一言礼を言わんと、わざわざここ迄足を運んだっつー算段だ」
 はぁ……。別にそんな気を遣って頂かなくても良かったんですけどね。パーティー何て言っても王宮行事の一つですから、私にとってはただのお仕事です。だから領地異動のお祝いはパーティーではなく「任命式」の形式で行われます。私の場合で例えるなら、拝銘式がそれに当たるかな。要は、「この仕事を任せるからキリキリ働けよ」って式典です。実際は豪華な御馳走も出るしお酒も振舞われて丸っきりパーティーですから、パーティーだと言われればそれまでなんですけどね。ただ、キール様の様に昇格した領主様が居る一方で、留め置きになった領主様や、逆に降格になってしまった領主様もいらっしゃいますから、その方々に配慮してパーティーとしてではなく任命式と呼んでいるだけなので。
 ……それにしても、キール様ってば相変わらず無意味に偉そうですね。大きな領地に異動になって、少しは貫禄と威厳が付いたかなと想像していたのに、全く何一つ変わっていません。それもまた彼らしいですけどね。
「わざわざ御足労、痛み入ります」
「ご丁寧にドーモ。――で、折り入って話があるんだけどよ」
「はい?」
 何ですか?
「飲みに行かねぇ? カトラスもよ」
 またですか。
「懲りないですね」
 以前あれだけコテンパにのされてしまっていたのに、また挑戦するんですか? 何度チャレンジしても無駄だと思うんですけどね。イーストフィールド一の酒豪・レイチェル様と互角に対決出来るカトラスが相手では分が悪すぎます。
「いい加減、諦めて、負けを認めたらどうです?」
 そもそもお酒に強い・弱いは遺伝で決まってしまっているので、努力でどうにかなる問題では無いんです。体をお酒に慣らす事は出来ますが、その結果強くなるというわけではありません。むしろ飲み過ぎて肝臓を壊す可能性が出てきます。だからお酒は自分のペースである程度飲めればいいんです。
「別にんなつもりはねーけどよ……。そー言われるとやりたくなるよな」
「だから無駄だって言ってるじゃないですか」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。人間、諦めたら終わりなんだぜ!?」
「人間、諦めが肝心」
「ケッ、優秀な総取締役殿だな」
 胸クソ悪いぜ、と吐き捨てるキール様。
 悪かったですね。
「そもそもカトラスと勝負しようとするのが間違っていると思うんですけど。優良領地の領主になって、晴れて狸の仲間入りを果たしたんですから、勝てる見込みのある博打だけ打ったらどうですか?」
「テメェ、相変わらず若さがないな」
 ぐさっ。
「今から保身図ってどーすんだよ。チャレンジだぜ? チャレンジ。挑戦だ。新しい事やって新しい事取り入れて成長すんだよ。古狸のジジィ共のケツばっか追っ掛けて楽しい筈ねぇだろ。奴等にこびんのもお断りだしな。オレはオレのやり方でみちを作るんだよ」
 ほー。
「だったら周囲の忠告もきちんと聞いて下さい。暴走されたらこっちが迷惑です」
「テメェ……オレにンな口きいていーのかよ」
「別に痛くも痒くも無いです」
「そいつはどーかな」
 どうと言われても、どうにも――、
「おーい! 芙蓉がまたオゴリでメシ」
 ガバッ!
 執務机を足蹴にし、書類を踏むのもお構い無しに、キール様の口に手を回して必死に押さえつけます。
 冗談じゃありません。以前、皆でご飯を食べに行った時、一体幾らしたと思っているんですか! 人数分の食事と大量の酒代でとんでもない金額になっていたんですから! ゼロが並んだ数字を見てくらっと眩暈を覚えたのは生まれて初めての体験でした。もう、あんなのは御免です!
「止めて下さい! 本気にしたらどうするんですか!」
「ふんが。ふんがふがふんんが」
(ふん、だから言っただろーが)
 あー、はいはい。分かりましたよ。
 渋面し、手を離します。
 まったく……。
「――芙蓉様」
 はっ!
 カトラスの低い声に、身を縮める私。
 拙いです。書類を踏んで机の上に立って、カトラスが怒るのも無理はありません。
 顔面からサーッと血の気が引くのを自覚しながら、私は怒られる覚悟を決めました。
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1.2.

2. 「冗談に聞えないよ」


 仕事を終えた私とカトラスとディは、客間に滞在していたキール様に声を掛けて銀天街へと赴きました。
「何処に行きましょうか?」
「この間のトコでいいんじゃねーの?」
 カトラスは特に意見は無いみたいで、私とキール様だけでお店を捜します。と言っても、私はその手のお店に余り詳しくありませんし、キール様は銀天街そのものを詳しく知らないので、結局、以前訪れたあのお店に入りました。
 今日は未だ時間が早い所為か人もまばらで席も空いています。個室の空きを訪ねるとそちらはもう一杯だという事なので、仕方無く一階の空いている席を適当に見繕って座りました。四人掛けのテーブルに私とディ、カトラスとキール様がそれぞれ隣に座り、私とカトラス、ディとキール様が向かい合わせになります。私は廊下側を陣取り、店員さんに注文する役を買って出ました。
「オレ、肉」
「私は魚で」
「…………」
 ディは野菜?
 ……みんな好み違い過ぎです。協調性無いなぁ。
 メニューの中からそれぞれの好みに合った物を選び、みんなで食べれる位の量を注文しました。おつまみも幾つか頼みます。キール様、飲む気満々ですからね。
「飲み物はどうします?」
「上から順に!」
「阿呆な事ほざかないでさっさと選んで下さい」
 冷たい視線を送ると、キール様は「冗談が通じねぇ奴だなぁ」と呟きます。
 冗談に聞えないから言ったんです。まったく。
 私は軽いカクテルを、キール様とカトラスは大ジョッキ、ディはジュースを注文すると、早速お盆に乗ってそれらがやって来ます。私達はグラスを掲げ、乾杯をして飲み始めました。
「キール様、何も食べずにそんなに飲むと悪酔いしますよ?」
 既に半分は飲み干してしまっています。空きっ腹で飲むと回りも早いんですよね。あんまりお薦め出来ない飲み方です。
「お前、小姑みたいだな」
 ぴき。
 ……それは私を挑発しているんですか?
「っつーか、基本おせっかいだろ? 正直。前ン時もやたらと面倒みてたしよ。別に頼んでもいねぇのにさ」
「キール様は一言多いですよね、いつも」
 可愛くないですよ。
「うっせぇな。生まれつきだ! 生まれつき!」
 そんな生まれつき、聞いた事無いですけど、敢えて何も言いませんでした。
「私は別におせっかいじゃ無いと思いますよ」
 多分。
「ただ、恩を売りつけておいて損は無い人にはやたらと親切ですけど」
 ディの面倒を見ているのは、別におせっかいじゃないと思います。あれは単なる成り行きですし。それに東方王宮の事もおせっかいでは無いでしょう。あれが私の仕事ですからね。
「どこが親切だよ……。タダの嫌な奴じゃねぇか」
 ウェイトレスが持って来たおつまみを一つ口に放り込んで渋面するキール様。
 あー、織也にも言われましたね、それ。
「嫌な奴で結構ですよ。後腐れありませんから。どうせ、いずれは東方王宮ここを出て行く身ですからね」
 カクテルを飲んで、自嘲。
「…………」
「―――…」
 正面の二人が揃って目を丸くします。
 ? 私、何かおかしな発言しました?
「んだよ、それ……。出てくって……?」
 怪訝そうな顔でキール様。
 ああ、そうか。キール様は御存知無いですからね。……と言うか、そもそも殆どの人が知らないのだから、その反応は当然ですね。
「私はカトラスが総取締役になる迄の穴埋め要員ですから、カトラスが調印議員の方々や他のお偉方に容認されれば用無しになるんです。ですから当然、遠からずそうなりますよ」
「あぁ!? 何だ、そりゃ!」
「そうです、何も出て行かずとも……!」
 驚愕するキール様と、眉間にシワを寄せるカトラス。一緒に喋らないで下さい。どっちから答えればいいのか迷ってしまいます。取り合えずここはカトラスの言葉から答えましょうか。
「そうは言っても、引退した総取締役が王宮に残るのは前例が在りません。オブザーバーとして活躍する例はあっても、王宮に籍は残っていませんから、出て行かなければならない事に変わりはありませんし」
「しかしこれまでの実績を考慮すれば、前例を覆すのは容易いでしょう!」
 いや、何もそんなムキにならなくても……。
「オレもそー思うぜ」
 キール様まで……。
「要するに、アレだろ? マスターはカトラスの腕を買ってたけど、狸ジジィどもが反対したんだろ。上席調印議員の息子が王宮内で権力を持つ事を面白く思わねぇ奴は山ほど居る筈だからな」
 流石の眼力ですね。見事な推理力です。
 東方王宮と一口に言っても、その構造図は大まかに三つに分かれます。一つは政治機関。調印議員や領主がこれに分類されます。ですから、カトラスのお父様であるディオール上席調印議員やキール様がここに属されます。それから軍事。将軍マグワイヤ様や小隊長ファングがこの分類。そして私やカトラスが王宮内政。いずれもその頂点はイーストフィールドマスターで在られるマクラレーン様が御立ちになっておられますが、三部門を一手に統括するのは無理があるので、それぞれに補佐官や代理人が立てられています。その代表として有名なのが総取締役。他の二部門と違い、王宮内政は補佐官では無く代理人が立てられているのが特徴で、代理人――つまり総取締役が、権力の及ぶ限り全ての事を独断で処理出来ます。問題はそこなんです。
 既にディオール議員は上席調印議員として政治の一端を任せられているのに、更にその息子のカトラスが王宮内政を取り仕切るとなると、自分の権力が抑圧されてしまうと考える議員が居てもおかしくはありません。それ以外にも、面白くないと思っている人は結構居ると思うんです。
 それらとの摩擦を避ける為、マクラレーン様は元・総取締役であったゼロス様の引退後、即座にカトラスを総取締役には就けず、私という布石を置く事で摩擦の緩和を試みられたわけです。
「そーなると、色々納得出来るっつーもんだ。人気はあるクセにイマイチ株の上がり具合が良くないのも、どうせテメェの策略だろ。――専門学校だっけ? あれの建設計画が出た頃に、テメェとマスターとの仲が怪しいって噂立ってたの知ってるか?」
「それは初耳です」
 そんな馬鹿な噂流す人、居るんですね。きっと暇なんでしょう。
 カトラスは何も言いません。どうやら知っていたみたいです。
「……案外、その辺も企みの中に入っていたんじゃねぇのか……?」
 鋭く光る眼光がこちらに向けられます。
 私は肩を竦め、「さぁ?」とおどけてそれを受け流しました。
 まぁ、確かに、そんな噂を耳にすれば高まっていた私への評価が下がってしまっても仕方無いですよね。
「まぁ、それは別にどーでもいーけどよ……。テメェとマスターが連れ立って企んでるっつーのは分かった」
 言葉の合間にカトラスを一瞥するキール様。様子を窺っているのでしょう。でも、見ても怖いだけですよ。眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をしています。彼はこんな陰謀めいたもの嫌いみたいですから。
「でもよ、――つーか、テメェをあのマクラレーン様が放っておくと思うか? あの・・マスターがだぞ? まず在り得ねぇだろ。ましてやこんだけの事をやればな」
「私なんかより、カトラスの方がもっと上手くやると思うんですけどね。キール様の件も、あとファングとアイリーン様の騒動の時だって――」
「バカ。ちげーよ」
 ……キール様に馬鹿と言われるなんて……。ショックです。
「テメェ、自分が今何やってんのか解ってンのか? 噂や事件を利用して、解決して、なのに自分の株を上げずに他人の株を上げてんだぞ? そんなマネ出来る奴がどれだけ居ると思ってンだ? そしてそーゆー貴重な奴を、マスターが手放すワケねぇだろ」
「はぁ……」
 よく分からないけど……そういうものなのでしょうか。
「だから――もし東方王宮から離れたいと本気で考えているなら、気をつけろ。マスターはそこまで甘くねぇぞ。利用されるだけ利用されるのがオチだぜ」
 そういうものなのかどうかよく分かりませんが、キール様に心配されるなんて心外ですね。
「心外ですね」
 と、私はカクテルを一口飲んで、ニヒルに笑いました。
「マスターを騙す余裕くらいは常に持っていますから」
「…………。テメェが言うとマジで聞えるから怖ぇぇよ」
 蒼くなる二人が何だか面白くて、私は別の笑みを浮かべました。
1.2.
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