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1. 「陽の光の歌人」


 青い空、白い雲。お天気の象徴であるその二つが特に今日は際立って目立っている気がします。燦々と降り注ぐ陽光は丁度真上から私達を見下ろし、その近くを鳥が横切ります。鳥は近くの樹に止まり、少しの休息。軽く毛繕いをし、再び羽ばたいていきました。
 城下町の住宅街には朝早くから洗濯物が並び、時折吹く風に合わせてパタパタとはためきます。大きな通りには露店が立ち並び店主達が威勢の良い声を掛け、主婦達はお昼ご飯や夕飯のメニューを考えながら適度にお店を冷かしつつお目当ての物を吟味。親の手伝いをする子ども、邪魔にならないように遊ぶ子ども、色々な子ども達も見掛けます。しかしお昼を知らせる鐘の音が響くと、少しずつ人通りが減ってきました。腹が減っては戦は出来ぬ。やっぱりご飯は大事です。
 イーストフィールドは基本的に年中穏やかな気候です。風も優しく、しかし雨にも恵まれた大変良い地域で、今日もその例外に洩れない程の好天気。その天気を生かして栽培される生鮮食品を主に商業都市として生計を立てていますが、一方では観光地としても結構有名で、街には露店と等しく食事処や宿屋、酒場も並んでいます。夕方になると露店が閉まり、代わりに宿屋や酒場が開いて呼び込みを始めます。昼は太陽の眩しい明かり、夜は月の柔らかな明かりに、負けじと光る町の様子から、誰が名付けたのか、城下町は暫し銀天街と呼ばれます。私も時々そう呼びます。皆がそう呼ぶと、自然と移っちゃうんですよね。
 そんな町並みからほんの少しだけ離れた所にあるのが、イーストフィールドの政治・経済・文化の中心であり纏め役である東方王宮。外門から十五分程歩いて見えてくる内門を越えると見えてくるのが外城で、その奥には警戒厳重な内城があります。外城は客人を迎えたり持て成したりするのが主な役目ですが、その他にも王宮内の仕事に従事する管理者の為の執務室も用意されています。つまり、東方王宮総取締役である私の執務室もここにあるわけです。

 ――今日は、芙蓉です。
 広い執務室にある大きな執務机で順調に仕事をこなしています。目立った大きな行事も無く、通常業務を片付けるだけの毎日は単調ですが退屈ではありません。同じ手順の作業でも内容が少しずつ違いますし、時々面白い間違いをしていた書類が帰って来るのもちょっと楽しいです。その度にカトラスに怒られちゃいますけどね。
 カトラスはこの東方王宮の取締室室長。取締室とは、東方王宮の一切を独断で仕切る事が出来る東方王宮総取締役直属の部署です。会社で言うなら総務部。悪く言えば雑用係でしょうか。そこの責任者が彼、カトラス。つまり彼は私の事実上の補佐役です。総取締役代理の役も兼任していて、とても優秀。自慢の部下。今はちょっと席を外していてここには居ませんけどね。
 代わりに部屋の隅にあるソファに座って雑用をこなしているのが正式な補佐官であるディ。私が未だ王宮へ入宮する前からの連れで、王宮の中でも最も信頼出来る人物の一人です。無口だけど気は優しいと好評判。……もしかすると評判の良さは私の上をいくかも知れません。
 コンコン。
「はーい」
 返事をすると早速扉が開かれます。誰かと思えば珍しい人でした。
「キャラウェイ……」
「こんにちは。良い天気ですね。少しお邪魔しても宜しいですか?」
 優雅な微笑を私に向けます。
 嫌だと言いたいのですが、そんな不機嫌な事は言えません。何せ相手は東方王宮の――マクラレーン様のお客様です。お客様は大切にせねばなりません。
「どうぞ」
 愛想の欠片も無い棒読みで招き入れます。
 彼女は苦笑しながら中へ入り、静かに扉を閉めました。
 彼女はキャラウェイ。旅の竪琴の音楽家です。銀天街に辿り着いたのは半月程前ですが、その腕前は瞬く間に街に知れ渡り、それを武器にして彼女自身がこの東方王宮に売り込みにやって来ました。王宮には行事に必要な音楽を提供してくれる宮廷音楽家が存在しますから、別に外部の音楽家なんて必要ありません。けれどたまには違った音楽を取り入れるのもいいだろうと暫くの滞在を許可したのですが、彼女の竪琴をマクラレーン様が思いの外気に入ってしまわれて、滞在が長引いています。最近では東方王妃レイチェル様も御気に召されたらしく、キャラウェイは一日の殆どを奥城で過ごしています。外部の人間が奥城に入り浸るのは余り良くないと思うんですけど、気に入られてしまったものは仕方ありません。ことに相手がマクラレーン様では手の出し様がありませんから。
「椅子、無いので、そちらのソファに座られて下さい」
 部屋の隅にある来客用のソファを視線で指し、彼女を促しました。
 裾の長い服を纏っているので、彼女が歩く度に室内に衣擦れの音が響きます。それがいかにも音楽家と云った風情で趣のある雰囲気を醸し出しています。陽の光を跳ねる明るい髪と、透き通った瞳。滑らかで白い肌。思わず見惚れてしまいそうになる整った美貌。銀天街で噂になっていたのも頷けます。身長も指先もすらりとしていて全体的に線が細いのに、とても重そうな竪琴をどうして軽々と持ち上げられるんでしょう。それともあの竪琴、女性用に作ってあるんでしょうか。
 竪琴を自分の右側に立てかけてソファに座り、彼女は私へと真っ直ぐ視線を向けていました。
「仕事が溜まっているので、このままでも良いですか?」
「ええ、勿論です。お仕事中に無理を申し上げているのはわたしですから」
 ゆっくりと、はっきりと、丁寧で、言葉遣いもイントネーションも花丸。この人の教養が伺えると同時に、何処と無く東方王妃レイチェル様を彷彿とさせます。今は旅人に身をやつしておいでの様ですが、もしかすると元はやんごとなき御出身なのかも知れません。ま、興味無いですけどね。
「それで――私に何か御用ですか?」
 キャラウェイはワンテンポだけ間を空け、「実は……」と話しを始めた。
「芙蓉様から、マスター方に、わたしを取り立てて頂かないよう、申し立てて頂きたいのです」
「…………?」
 怪訝に思い、眉を寄せます。
 それってつまり、キャラウェイを頻繁に呼び寄せないようマクラレーン様やレイチェル様に文句を言えって事です。普通、自ら自分の仕事を無くす様な事をお願いしに来るでしょうか? どうもこの人の行動は読めません。
「可笑しなお願いをしているのは承知の上。ですが、外部の人間が奥城への出入りを繰り返しているのは外聞に響きましょう。マスターの恩為、引いては芙蓉様の為にもと思い、こうして御進言申し上げております。わたしからの申し立てだと仰って頂ければ、芙蓉様がマスターのご勘気を被る事も無いかと」
「…………」
 益々分からない人ですね。
 確かにキャラウェイが奥城に入り浸っているのは気に食わないです。外聞を憚るのは元より、安全性の面でとても心配されます。しかしそれをわざわざ自ら申し立てるでしょうか?
 それに、仮に私がそれを承諾したとして、マクラレーン様に申し立ててキャラウェイの望みだからと言っても、結局私が怒られそうな気がします。東方王宮への短期的な入宮を許可したのは私ですし、お呼びが掛かれば身体検査の後、奥城へ出入りする事を許可したのも私。その私が今更、キャラウェイを呼ぶなと進言しても私への信頼性が失われてしまいます。彼女が奥城へ出入りしなくなったとしても、それによって被るリスクの方が遥かに脅威的です。――尤も、彼女が万が一何処からかの刺客だったら……と考えると、真っ先に奥城への出入りを止めなければなりません。しかし刺客である証拠は無いし、彼女自身にもそんな素振りは窺えず、結局黙っているしか無かったから今日ここまで放って置いたんです。今更彼女が何を言ったところで正当な理由無くては状況は変えられません。
「それは出来ません。貴女が奥城へ出入りすればそれだけのリスクがあると承知の上で許可をしたんです。今更マクラレーン様に申し立ててもマスターの御不興を買うだけです」
「……しかし……」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、どうぞお引取りを」
 やや強い口調で圧され、彼女はおずおずと席を立ちました。軽く会釈をし、退出しようとして、ふと足を止めます。
「芙蓉様は、音楽はお嫌いですか……?」
「――いえ」
 嫌いな人は普通居ないと思いますが。ま、それぞれ趣向が違うでしょうけど。
「では是非、今晩の催しに参加して下さい。催しと申しましても、ほんのささやかな宴会ですが、レイチェル様のお部屋で開かれるそうです」
「レイチェル様……ですか」
 確かにレイチェル様主催なら、「催し」や「ささやかなパーティー」と呼ぶより、「宴会」と呼んだ方がぴったりですね。それはもう、お酒が山程出てくるでしょうから。以前、私がレイチェル様のお部屋に遊びに行った時も結構飲まされました。カトラスに怒られるのが怖くて二日酔いになる迄は流石に飲みませんでしたが、お酒が回り過ぎて寝過ごしてしまい、結局カトラスに怒られたんですよね。だからあんまり良い思い出はありません。かと言って、そんな理由ものがお誘いを断る理由にはなりませんし、私は溜め息交じりの返答をしました。
「……時間が空いたなら、お邪魔させて頂きます」
「良かった。では、お待ちしていますね」
 パタンと扉が閉められ、また室内が静かになりました。
「やれやれ……」
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2. 「レイチェルの音楽会」


 出来上がった書類を纏めてトントン、と揃えます。
「はぁ……」
 どうしてこんな日に限って仕事が定時で終わってしまうんでしょう。いつもなら夜中まで掛かる事もあるのに……。溜め息しか出てきません。
 そんな私の様子に気付いたか気付いていないのか、淡々と書類を整理するカトラス。
 ……そう言えば、カトラスとレイチェル様って知り合いでしたっけ。レイチェル様のお父様が、カトラスのお父様――ディオール上席調印議員と古い知り合いで、カトラスが未だ小さい頃から家ぐるみで付き合っていたとか。つまり、年齢は離れていても二人は幼馴染。それにカトラスって、お酒に滅茶苦茶強いんですよね。以前、不良領主キール様と酒豪対決した時、何本も酒瓶を空にして平気な顔してましたから。
 うーん……いいかも。
「……何をニヤニヤしていらっしゃるんですか」
「え? なあに? そんな顔してる?」
 やだなぁ。私って、考えている事そんなに顔に出ない筈なんですけど。
「……………とっても」
 カトラスの顔が引き攣っています。
 そんな嫌そうな顔しないで下さい。楽しくなってしまいますから。ふふ。


 コンコンとノックをすると、直ぐに扉が開かれました。迎えてくれたのはレイチェル様付きの侍女。彼女に誘導され奥へと進むと、そこには東方王妃レイチェル様、キャラウェイの二人が居ました。後は数人の侍女が後ろに控えています。どうやらお招きして貰ったのは私だけみたいですね。
「今晩は、お招き有難う御座います」
 二人に丁寧に頭を下げました。
「今晩は、芙蓉。こうしてゆっくり会うのは久し振りね」
「はい」
 公式の席や会議やらでお見掛けする事は多々あっても、こんな風に差し向かいで御話しするのは久し振りです。お互い何かと忙しい身の上ですからね。
「あら……そちらは……」
「あ、許可も頂かず勝手に連れて来てしまって申し訳有りません。一人では少々心細かったので……。もし御都合が悪ければ――」
「まあまあまあまあ! 久し振りね、カトラス!」
 …………。余計な心配だったかな。
「本当、見違える位大きくなったわね。でも相変わらず顔は奇麗だわ。これ程の男前なら周りの女の子が放って置かないでしょう? そういえば、アイリーンとの御話しは白紙になってしまって残念ね。貴方だったら大歓迎だったのに」
「レイチェル様!」
 口を挟む隙を作らないレイチェル様のマシンガントークに、カトラスが大きな声を出して切り込みます。おお、顔が真っ赤。カトラスにあんな顔させるなんて、レイチェル様ってやっぱり凄いですね。
「長らく謁見せず、大変申し訳――」
「そんなお詫びなんていいのよ。それにここには堅苦しい高官は居ないんだから、前みたいにお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「呼びません」
 へぇー。そんな風に呼んでたんですねー。
「芙蓉様、言いたい事があるならはっきり仰られて下さい」
「いいえ、なーんにも」
 言いたい事なんて何もありませんよ。ただ可愛いなぁとは思っていましたけど。
 クスクス笑いながら、侍女に案内された席につきます。キャラウェイはその真正面に用意された絨毯の上に座り、竪琴を構えました。
「では、先ず一曲」
 張り詰めた弦がキャラウェイの指に合わせて音を奏でます。
 へぇ……。こんな音なんですね。確かにこれなら銀天街で噂になるのも頷けます。宮廷音楽家に勝るとも劣りません。マクラレーン様やレイチェル様が気に入られるのも無理はないでしょう。
「さっ、こちらも始めましょう」
 満面の笑みでレイチェル様が取り出したのは勿論お酒の瓶。
「…………」
 カトラスは白けた目で、
「…………」
 私は苦笑で、彼女のグラスを受け取りました。
 私の目論見が功を奏し、お酒はカトラスのグラスに注がれてばかりでこちらには回って来ません。やっぱり連れて来て良かったです。あんな大量のお酒、私ではお相手出来ませんでしたから。
 レイチェル様とカトラスの後ろには既に六、七本程の空の瓶が転がっています。今、注がれている瓶の中身も残り少なく、後一杯分くらいしか残っていません。勿論、それらを飲み干したのはレイチェル様とカトラスの二人。私はそれとは別のもっと軽い度数のカクテルを頂いています。二人が飲んでいるお酒は度数が強すぎて私には美味しいとは思えないんですよね。ちょっとだけ飲ませて頂いたんですけど、辛いし、舌がピリピリするし、喉の奥がカーッと熱くなるし、どうしてあんなのを水の様に飲めるんでしょう。不思議です。
 キャラウェイもお酒は得意では無いそうで、私と同じものを飲んでいます。三曲目を終えて席に戻って来る彼女の為に新しいお酒を用意し、席の前に置きました。彼女はそれに礼を言って、軽く喉を潤します。
 それからまた、暫しの談笑。カトラスの昔話とか聞きたかったんですけど、彼の猛烈な反対を受けて断念しました。
「芙蓉の子ども時代はどんな子どもだったのかしら?」
 カトラスの話しをする事を諦めたレイチェル様が私に話題を振ってきます。
 わ、私の子どもの頃、ですか。うーん。
「あんまり可愛げなかったですよ。妙に大人びて冷めていましたから」
「そうなの? 今の貴女からはとても想像つかないわね」
「はは……」
 じゃあ今の私は子どもっぽくて熱血なのかなぁ等と考えつつ、苦笑します。
 それから話題は別の処へ飛び火し、レイチェル様とマクラレーン様の馴れ初め話を聞いたり、東方王宮での生活の愚痴を聞いたりしました。話の種はは尽きず、私やカトラスだけでなくキャラウェイにまで及び、竪琴を始めたきっかけが話題となりました。
「わたしの母が竪琴の名手と近隣で有名で御座いました。わたしは生まれた頃より母の竪琴に慣れ親しみ、そのまま当然の様にわたしも竪琴を手にしたのです」
 へぇ。さっきの見事な才能は母親譲りなんですね。
「音楽は素晴らしいものです。音の響きは、年齢も、性別も、時には種族すらを超えて分かり合える道具となります。言葉では分かり合えずとも、音楽ならば意志ならず心を伝え合えます故」
 確かに、と私は胸中で頷きました。言葉が通じない異国の地でも音楽ならコラボレーション出来ますし、普段余り仲が良くなくてもセッションすればちょっとだけ分かり合えたような気になります。私にも身に覚えがあります。
「人は皆、その生の過程のいずれかで深く音楽に関わります。皆様にもわたしの様に、音楽に関わった事がありましょう?」
 キャラウェイの言葉につられ、レイチェル様が「そうね」と昔を懐かしまれました。
「そう言われれば、貴方にピアノを教えた事もあったわね」
「そんな事もありましたね」
 からかっているようにレイチェル様。それに淡白に答えるカトラス。
 へぇ。カトラスってピアノ弾けるんですね。
「そういえば私も昔習ってたなぁ……ピアノ」
「……芙蓉様がお弾きになられるので?」
 物凄く意外そうな顔でカトラスが聞き返します。
 悪かったですね。
「でも直ぐ辞めてしまいましたから、今じゃ音階くらいしか弾けませんよ」
 始めたのも辞めたのも七歳くらい。軽く十年以上は昔になりますから、今はもう無理です。
「何故、辞めてしまわれたのですか?」
 勿体なさそうにキャラウェイ。
「弾くのは楽しかったんですけど、練習、嫌いだったんですよね。だから上達しなくて、面白くなくなってしまったから辞めたんです」
「芙蓉様らしいですね」
 がーん。
 カトラス、それ、絶対褒めて無いですよね。
「後は芭蕉琴プラティアナ・グラス・ハープかな」
「? 何ですか?」
芭蕉琴ばしょうきんとも言います。この位の――」
 私は目の前に置いてある大きなテーブルサイズの四角を両手で描きました。
「大きな楽器で、横に弦が弾いてあるんです。二本で一本の弦になっていて、音の響きが全然違うんですよね。あと、音階を調節する調置石というものが弦一本につき二つあって、右と真ん中と左とでは、音階の高さが違うんです。左が低音右が高音――丁度、ピアノみたいな感じですね。で、調置石の位置を調節して音を微妙に調節するんです」
 微妙な調節をする事によって、フラット(♭)やシャープ(#)付きの音でも弾きこなせます。
「そんな楽器があるとは、初めて耳に致しました」
 キラキラと目を輝かせているのはキャラウェイです。この人、どうやら音楽に関する物には目が無いみたいですね。
「それは具体的にどの様な音を奏でるのですか? やはりきんと呼ぶのであれば竪琴と似ているのでしょうか? あぁ、もし宜しければ是非とも実物を……!」
「御免なさい、持って無いです」
 告げると、彼女の情熱はみるみる萎えてしまいました。そんなに落ち込まなくても……。
「すみません」
 余りにも落ち込ませてしまったので、自然と謝っていました。
「そんな事ありません。旅をしていれば、縁があれば出会う事が出来ましょう」
「まぁ……もう旅に出てしまわれるのですか?」
「ええ。近い内にと考えております」
「それは残念ですわ」
 落胆するレイチェル様。
 そんな彼女を気遣いながら、キャラウェイがちらりとこちらに視線を流します。
 ……もしかして、今日の申し出を私が断ったから、旅に出る事にしたんでしょうか。何だか在り得そうです。
 無粋な憶測かもしれませんが、それ以外の理由が思いつかず、私は少し押し黙ってしまいました。
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3. 「噂話」


「それで結局、酒豪対決はどっちが勝ったんだい?」
「引き分けでした」
 短く答えて、出されたお茶の香りを嗅ぎます。いい香り。飲んでしまうのが勿体ないですね。
「ふーん。……僕としては、最後まで競り合って欲しかったなぁ」
 どっちが上か知りたいな。
「冗談でも止めて下さい。あの二人、酒瓶何本空にしたと思います? 二十本ですよ、二十本! 一人十本ずつ! 肝臓壊しちゃいますって」
 一向に顔を赤らめもしないカトラスに闘争心を抱いたレイチェル様が、どちらかが参ったと言うまで飲んでやると意気込んでおられましたが、私が慌ててストップかけました。いくら二人がお酒に強くても、無茶な飲酒は体に良くありません。夜も更けて来ましたからと何とか二人を説得し、半ば強制的にお開きにしてしまいました。
「でもどちらが強いか気になるだろ?」
「それはまぁ……って、ウィル様!」
「あはは。そう怒らないで」
 だったら茶化さないで下さいっ。
「きっと君だけじゃないよ。みんな気になるんじゃないかな?」
「ファングが聞いたら賭けでも始めそうですね」
 カトラスが聞いたら怒りそうですけど。あぁ、でもレイチェル様が聞いたらきっとはりきってどっちが上か勝負するんでしょうね。負けず嫌いというわけでは無いのですが、お酒が絡むと少々ムキになられるみたいですから。
「――それにしても、そんな楽しい事があったんだね。君が絶賛する程の腕前なら、僕も一度聞いてみたいな」
「キャラウェイの竪琴の事ですか?」
「うん、そう」
 確かに、彼女の竪琴は見事でした。技術は勿論、音の一つ一つにそれ以上のものが込められていて、とても聞き応えがあります。――と、べた褒めすれば、芸術に秀でたエルフ族としてはやはり気になるのでしょう。
 しかし、それにはちょっと問題があります。
「……賛成しかねますね、それは」
「何故だい?」
「あー……まぁ……色々と」
「歯切れが悪いね」
「はぁ」
 今言った様に、色々あるんですよね。確証は無いし、私情入ってますし。偏見的かもしれませんし、だから間違っている可能性もあります。つまり物的証拠がありません。個人的な意見では無いと思うのですが、私情が入っていないと言えば嘘になるので個人的な意見では無いとも断言できません。つまり、色々あるんです。
 くす。
 仕方が無いな、と言った感じでウィル様が笑われました。
「分かった。深くは追求しないでおくよ。とても残念だけどね」
「すみません」
「謝る必要は無いよ。君の事だ。何か深い理由があるんだろう」
 そんなに深い理由とも言い切れないのですが……。ウィル様って時々、私を買い被り過ぎている気がします。
「その代わりにと言っては何だが、是非とも君の芭蕉琴を聞いてみたいね」
「冗談止めて下さい」
 話しをそっちに持っていかないで下さい。
「もう何年も触っていないんです。無理ですよ。それに、才能ありませんでしたから、ウィル様のお耳汚しになるだけです」
「そうなの?」
「そーです」
 疑わしそうな目でこちらを見るウィル様に、半ば投げ遣りに返事をします。どんなにお願いしても無理は無理。それに芭蕉琴がここにはありませんから、弾きたくても弾けません。
「それはとても残念だな……。キャラウェイとやらの竪琴より、芙蓉の芭蕉琴の方がよっぽど残念だ」
「だから聞いても巧くないって言っているじゃないですか。キャラウェイの方がよっぽど上手ですよ? 何故わざわざ私の芭蕉琴を聴きたがるんですか」
「竪琴の名手は世の中に多く居ても、芙蓉の芭蕉琴は文字通り滅多に聴けないからね」
 成る程。確かに確率から計算すれば芭蕉琴わたしの方が低いですね。……そんな問題じゃないと思うんですけど。まぁ、それはあえて突っ込まないでおきましょう。
「それにしても、君が芭蕉琴を奏でられるなんて意外だよ。あれはエルフ族特有の楽器だからね」
「アルフハイムに居た頃に教えて貰ったんです。奇麗だけど不思議な音ですよね、あれ。琴みたいな気もするし、ギターっぽくも聞えるし、それ以外の楽器の音にも聞こうと思えば聞けますし」
「台座も弦もアルフハイムでしか採取できない特殊な物で出来ているんだ。加工技術も職人技を要するし、一つを造り上げるのに年月も掛かる。だからあの楽器はエルフ族でもかなり高位の者に献上される品なんだよ」
 ……。という事はつまり……。
「あれって高価なんですか?」
「かなりね」
 知らなかった……。
「練習用って言って普通に用意してくれたから、一般的な楽器なんだなとばかり思ってた……」
「君がアルフハイムでどんな生活をしていたのかとても気になる発言だけど、聞かなかった事にするよ」
「そーして頂けると有り難いです」
 今度から簡単に人には喋らない様にしようと心に決め、私は香りの良いお茶を一口いただきました。
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4. 「背中越しに鋭角な瞳を」


 奥城の最奥にあるウィル様の石回廊から出、外城を目指します。その途中の廊下で、キャラウェイに遭遇しました。どうやら今日もお召しがあったみたいですね。
 擦れ違う少し手前で彼女が丁寧に頭を下げます。彼女を先導する衛兵の手前無視するわけにもいかず、私も軽く会釈を返しました。そしてそのまま立ち去るつもりだったのですが、
「芙蓉様」
 キャラウェイが声を掛けて来たので、私は足を止めました。
 まったく……。
「何か?」
 相変わらず、愛想の無い声で聞き返します。眉間に少しだけシワが刻まれているのが自分でも分かりました。ただの条件反射です。つべこべ言わないで下さい。
「こちらを退宮させて頂けないかと今からマスターに御進言申し上げて参ります。芙蓉様にもいずれ御話しがあるかと存じますが、わたしの口から申し上げたく、お引止め致しました。お忙しいところを申し訳御座いません」
「……いえ」
 素っ気なく、短く答えます。
 退宮のお願いですか。果たしてマクラレーン様が素直に聞き入れてくれるでしょうか。レイチェル様も御気に召しているこの状況下では少し難しいかも知れません。キャラウェイが巧みに言い包めるか、もしくは私が根回ししておかなければ、簡単に許可は下りないでしょう。
 カトラスを仲介してマスターに私から進言するか――…いえ。それでも不審がられ、怒られそうですね。他の人を仲介しても結果は恐らく同じ。キャラウェイの申し出が却下され、数日してから、「キャラウェイが退宮したがっていると私の処へ来たので、私からもお願いします」と言った方が効果的です。私としては一刻も早く退宮して欲しいのですが、その為に不審を買うのも馬鹿らしいので、ここは数日待った方がいいでしょう。
「芙蓉様、それではわたしはこれで」
「ええ……」
 頷き、私も歩き出します。
 そしてふと思い立って、後ろを振り返りました。特に何が気になったわけでもないのですが、何となく後ろを見ます。案の定、何も無かったのでそのまままた歩き出しました。
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5. 「嵐去りて」


 私が何か言う前に、キャラウェイの退宮は直ぐに決定してしまいました。どうやら彼女、マクラレーン様を上手く言い包めたみたいですね。
 こうなる事を望んでいた筈なんですけど、何だか私は納得がいきません。マクラレーン様がキャラウェイに言い包められたって事が特に。
「嬉しそうではありませんね」
 退宮の手続きの書類を睨み付ける私に、カトラスが言います。一体何の事か直ぐに察しがついた私は、少々口を尖らせて反論しました。
「嬉しいとか嬉しくないとか、別にそんなの無いですよ」
「そうですか? 彼女を嫌っていらっしゃった様なので、てっきり喜んでおられるのかと思っておりました」
「~~~~っ」
 そんな底意地の悪い発言しないで下さい。まったく。

 何はともあれ、退宮の手続きは直ぐに受理されました。その報告をした翌日、早速彼女は東方王宮を後にします。お見送りは私、カトラス、マクラレーン様、それにファングです。
 マクラレーン様と長い挨拶をし、カトラスと簡単な言葉を交わした後、キャラウェイは私の前に立ちました。
「お世話になりました」
「いいえ」
 短く返事をします。
 すると彼女は、くすっと小さく口許に笑みを浮かべました。
「御免なさい。……結局、あなたには最後まで嫌われたままでしたね」
 気付いていたんですね。ま、あれだけ露骨に態度に出てれば気付かない筈がありませんね。
「ここだけの話し」
 と、キャラウェイは周囲に目配せし、私以外の人には聞こえないくらいの小さな声で、悪戯っぽく言います。
「マスターにお褒め頂いた言葉より、あなたのその冷たい言葉が印象深く残っていますよ」
 言葉以外の部分に、「東方王宮と言えば態度の悪い総取締役が思い出になりました」と言われている様で気分が悪いです。私は顔を逸らし、この人もなかなかいい度胸しているなと胸中で悪態をつきました。
 それから彼女はファングにも頭を下げます。在宮中はファングとは余り接点が無かった筈なので、その挨拶はカトラス以上に淡白なものでした。
 そうして一通りの挨拶を終え、彼女は東方王宮を去って行きます。
 その背中が遠くなり、私は「やれやれ」と、大きく伸びをしました。
「やーっと終わったー」
 あー、疲れた。
「悪ぃ、悪ぃ、ごっくろーさん」
 そんな私に軽く声を掛けてくる小隊長ファング。まったく、彼のお陰でとんだ迷惑被っちゃいましたよ。
「まったくですよ」
 本当なら、そんな軽いお礼の言葉一つで終わらせられないんですからね。
「――芙蓉」
 不意に私を呼ばれるマクラレーン様。未だキャラウェイの後姿に視線を送ったまま、私に尋ねられました。
「何やら彼女をやたらと警戒していた様だが――何かあったのか?」
 あらら。こちらも気付いておられたんですね。……やっぱり、態度が少しあからさま過ぎたでしょうか。まあ終わった事ですから、今更どうとも出来ませんが。
「それはファングに聞いて下さい」
 言い出したのは私ではありません。彼です。
「彼がわざわざ私の執務室にまでやって来て、彼女が怪しいと申すものですから警戒していたんです。尤も、その頃は既に奥城へ出入りしていましたから、警戒網も万全な対策は出来ませんでしたが」
 あらましを説明すると、今度はファングに視線が集まります。彼は始め戸惑った様子を見せましたが、直ぐに態度を改めマスターに御報告を申し上げました。
「実は……彼女と会う機会が一度だけありまして。その時に簡単に握手を交わしたんです。その手が異様に硬かったのに不審を覚えた自分は、総取締役殿に御相談を申し上げました」
 総取締役殿、なんてちょっとくすぐったい呼び方ですね。止めて欲しいですけど、マクラレーン様の手前そんなわけにもいきませんね。
「それに、彼女の身なりにも不審な点が幾つかあります。普通、旅をしていれば肌は多少なりと黒くなります。彼女にそれは殆ど見受けられませんでした。言葉遣いも宮風で、南部訛りが伺えました」
「南部訛り……」
 鸚鵡返しにマクラレーン様。どうやら心当たりがあるみたいです。
「音楽を嗜む者の手が硬くなるのは考えられますが、ファングが言うには指先ではなく手の平部分に幾つか肉刺マメがあったそうですから、手の硬さの原因は竪琴では無いと考えられます」
 ファングの言葉を補足説明します。
 これがどこにどう繋がるか具体的には分かりませんが、少なくとも身分を偽っている事は確か。そんな人間を信用するわけにはいきません。
「――成る程、分かった」
 マクラレーン様が大きく頷きました。
「ファングとやら、良くぞ見破った。したがこの件、一切他言無用だ。良いな」
「え……? ちょっ」
 ファングの制止などマクラレーン様のお耳には届いていません。マスターはそのまま、つかつかと王宮へ戻って行かれました。
「なんだよ……」
「私達の仕事はここまでって事ですよ。あとはマクラレーン様やマグワイヤ様の出番ですね」
「何だよ、それ! もしあいつがスパイだったとしたら、どーするんだよっ」
「まぁまぁ」
 そう熱くならないで下さい。
「その可能性は高いですね。上手く取り入って奥城まで入り込んだんですから。だからこそ、ここから先はお二方の出番なんです。私の仕事は東方王宮の秩序徹底、ファングの仕事は戦争」
「戦争って……。おいおい! だったら余計、知らなきゃ駄目だろ! あいつが何者で、おれ達が誰と戦うのか!」
「いえ、実際に戦争するとは……ただの物の喩えです。――でも、もしそうなったとしても彼女が何者かだったなんてきっと教えてくれないですよ」
「なんでっ……」
「戦争だからです。――情報戦、って奴かな」
「はぁっ!?」
「人間に絶対の正義など在り得ません。正義とは一人一人が持つただの基準線です。だから戦争なんて、どっちが正義でどっちが悪だなんて決め付けられないんですよ。もし仮に戦争をしていたとして、その原因が私達にあって、敵が正義だと知ったらどうします? それでも戦えますか?」
「何っ……だよ、それ……っ」
「その迷いが邪魔なんですよ。迷っていれば隙が生まれます。隙を突かれれば負けます。友軍にそんな人間が一人でも居ては困るんですよ。だから負けない為に、迷いが生まれないように、味方に与える情報も厳選しなければならないんです」
「嘘ついてるって事じゃねーか!」
「だったら負けてもいいんですか?」
「別にそうとは言ってねぇだろ」
「同じことです。情報操作も重要な戦術の内ですよ」
「……っ。わっけ、わかんねぇ」
 呟いて、ファングも王宮に戻って行ってしまいました。
 うーん。
「ファングはあれですね。出世できないタイプですね」
「だから、良い奴なんですよ」
「確かに」
 カトラスの言葉に素直に頷きました。
 そういう性格が好きな私としては、変わって欲しくないとも思いますし。彼はあれでいいんですよね。出世できないだろうけど。
「――芙蓉様は、彼女をどう見ますか?」
「キャラウェイですか? スパイだと思いますよ、間違い無く。南部の何処の手の者か迄は分かりませんけどね。――ただ、平和な御時世でもこんな事が無い筈もありませんし、スパイが見付かったからと言って戦争に直結させるのは安直過ぎます。平和なれば平和なりに色々ある……と言ったところでしょう」
「成る程」
「それに、彼女が持ち帰った情報なんて碌なものありませんよ」
「え?」
「――私が気付かなかったとでも? 気付いていましたよ、最初から。旅をしていたと言う割には肌が奇麗過ぎましたからね。だから奥城への出入り許可少し前から、彼女を警戒する様に重要な部署に秘密裏に伝えておいたんです。だから奥城へ出入りしていたと言っても大した情報は得られていない筈ですよ。調べても何も出て来ないから、早々に立ち去ったんでしょう」
「……はぁ。――では何故、ファングを?」
「ファングが私に相談を持ちかけたのは事実ですし、ああ言っておけばファングの株も少しは上がるでしょう? 出世の見込みが無くても、少しは手伝ってやろうと思いまして」
「……芙蓉様はあれですね。絶対に敵に回してはいけないタイプですね」
「はい? 何かいいました?」
「いいえ、何も」
1.2.3.4.5.
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