INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第10話next
1.
1. 「エリザ・カット」


 ざく。
「あ」
「あ」
「あ」
「あ!」
「あ」
「あぁ!」
「あ?」
「ぬあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 事態に気付く声を上げる者、そして最後に悲鳴に近い声が室内に響きます。しまった、やってしまった、あーあとうとう、なんてそれぞれの感想が混じった声。一人一人の胸中がとてもよく表現されています。面白いですね。
 こんにちは。芙蓉です。
 ちょっとだけ大変な局面に遭遇しています。あ、悲鳴を上げたの、私ではありませんから。私の後ろに立っているファングが犯人です。

 事の起こりは数時間前。
 長くなった前髪を気にする私を見、カトラスがそろそろ切ったらどうですかと提案した事から始まりました。
 そうですねと同意するものの、専門職の方に切って頂こうにも城下へ行く暇はありませんし、自分で切るのも不安があります。仕方無いので誰かに切って貰おうと志願者を募ったところ、満場一致でエリザの名前が挙げられました。そこで彼女に(仕事中に)切って貰っていたのですが、そこにタイミング良く現われた小隊長ファング。前髪を整え終わり、ついでに後ろの髪も切り揃えて貰おうとしていたエリザから鋏を借りて、「大丈夫ですか?」と心配するエイジアンに「大丈夫、大丈夫」と軽く頷き、よく伸びた私の後ろの髪を手にとります。その時がちゃりと扉が開かれカトラスが現われます。彼が見たのは、私の長い髪に鋏を入れようとするファングの姿。慌てて彼は、鋏の向きを調節していたファングを怒鳴りつけました。結果は見ての通り。無残ですね。ファングが悲鳴を上げたのも無理はありません。
「あーあ」
「芙蓉様……」
 切れた髪を拾い上げる私。
 責任を感じているカトラス。
 手元が狂ったファングの鋏は私の髪を根こそぎ切ってしまいました。長く棚引いていた後ろの髪は右半分が肩のあたりから途切れ、切れた髪は用意周到に敷いていたシートの上に束になって落ちています。ま、当然の結果ですね。
「仕方無いですね。全部切っちゃって下さい」
「え? いいんですか?」
 驚くエリザ。
「良いも何も、他にどうしようもありませんし。この際、気分転換という事で」
「はぁ……」
「でも、勿体ないですよ! せっかくこんなに長いのに……」
 曖昧に頷くエリザも、アデリアと同意見なのでしょう。しかし切れてしまった物は元に戻りませんし、切れた分だけ左も揃えるしかありません。
「髪はまた伸びます」
 そう説得して、私はエリザに鋏を入れてもらいました。

 肩の辺りで切り揃えられた髪は随分軽くなりました。頭を振り回せば邪魔になっていた物が無いって、何だか不思議な気分です。
「短いのも似合いますね」
「……うん、意外」
「いーんじゃなーい?」
 スコット、エイジアン、ハロルドの褒め言葉。以前に髪を切った時も、誰かにそう言われました。今度から短い髪でいようかな……。
「終わられたのなら仕事に戻られて下さい、芙蓉様。皆もだ」
「はーい」
 カトラスに返事をし、みんな片付けを始めます。
 髪が無くなって心も軽くなるなんて、安易だけど、気持ち、分かる気がします。
 時間と一緒に、過去と一緒に長くなった髪。それが私の許を離れて、遠くなって。
 髪は――消えてしまうけど、過去は――消せない。
 だけど、踏ん切りをつける事は出来ます。
 気持ちを切り替える事は出来ます。
「芙蓉様」
「はい?」
 名前を呼ばれてカトラスを振り仰ぎます。彼は私の顔を見、暫し言葉を止め、
「いいえ」
 と、かぶりを振りました。
 一体、何だったんでしょう? 分かりませんけど、何となく、感慨に耽っていた私を彼が気遣ってくれているのは伝わりました。
「仕事、戻りましょう」
 真面目にしないと、また怒られちゃいますからね。
 私はカトラスの腕を引いて、総取締室へといざないました。
1.
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第10話next