INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第09話next
1.

1. 「おねだり」


「これで、良いだろう」
 不貞腐れた口調のマクラレーン様と、
「はい。有難う御座いました」
 満面の笑みを称える私、芙蓉。
 こんにちは。お早う御座います。
 織也とミュゼ様が城を立たれ、東方王宮にはようやくいつもの静けさが戻ってきつつあります。一部では未だ色々と混乱の名残が見受けられますが、私が侍女達からジロジロと舐めるような視線で見られたり、メイド達からこそこそと噂話される位の事なので、余り問題はありません。まぁ、少し鬱陶しいですけどね。
 織也の登場で、東方王宮は少し変わりました。――いえ、正確には私が、です。少し吹っ切れた。そんな毎日を送っています。
 そして、もう一つ。
「学校!?」
 取締室に戻り、マクラレーン様との御話しを皆に伝えると、一斉に驚いた声が返ってきました。
「はい」
 にこにこと笑って答えます。
「城下町から少し離れた所に、専門学校を作って頂きます」
 織也の存在は、思わぬ所で影響を及ぼしています。
 中学、高校、大学。ここには存在しないそれらは、私達の時代に存在した教育制度。順々に、より高度に、より専門的になっていくその制度は私達にとっては当たり前だったものの、ここでは余り普及していません。幼少時の義務教育が数年あるだけです。しかし、分業化が進む現代に置いて、社会に出る前に前知識を持っておかなければ困る職業も中にはあります。その筆頭が王宮勤め。王宮の仕来りや礼儀作法、一定以上の教養を必要とされる為、貴族や領主の娘それらに類する人々でないと採用する事は出来ません。しかし、幾ら作法や教養を知っているからといってそれらが必ずしも良い人材とは限らないんです。自分がしなければとか、しなくちゃいけないとか、むしろやりたいとか、つまり真面目なやる気が無ければ採用したところで役に立つとは云えません。何時の時代でも職業に求められるのはやる気とそれを成せる実力です。そして王宮に役に立たない人は必要在りません。その為、王宮は慢性的な人手不足に悩まされています。専門学校設立は、それらを解消する良い手立てなんです。
「学校って、一体何の学校ー?」
「メイドや侍女を養成する学校です。入学金や授業料を極力抑えて誰でも入れる学校にします。年齢制限はとりあえず設けていますけど、要望があれば取り下げるでしょうね。三年、五年は様子見になるでしょうし、まあ実験の様な部分も出て来るでしょう。奨学金制度も考えているんですけど、あれはスポンサーが必要になるので追々やっていくつもりです」
 ハロルドの質問ついでに、学校の大まかな制度を説明します。
「建物の建設は凡そ一年。その間に授業内容の制定や校則も規定していきます。マクラレーン様にこの件は一任して頂きましたから、総て私の一存で決定させて貰いますよ」
「すげー」
「……うん」
 スコットとエイジアンが感嘆の声を洩らしました。
 そこにズバッと切り込む、
「その資金は何処から?」
 カトラスの一言。
 ……やはりそう来ましたか。
「マクラレーン様です」
「その様な意味ではありません」
「…………」
 鋭いですね。色々と。
「以前、キール様の一件で貸しにしておいた分を、利子付きで返して頂きました」
 誤魔化しても無駄そうなので、素直に白状しました。
 キール様。父親とその影に振り回されていた不良領主様です。東方王宮から遠く離れているのを良い事に、領民達に圧政を強いていたキール様のお父君は、領民達の告発によって失脚。本来ならキール様も身分を剥奪される筈でしたが、東方王マクラレーン様の口添えによりそれは逃れ、父親の跡を継いで父親が治めていた領地を任されました。しかし、周囲の眼、領民達からの蔑みの目に耐え切れず、不良領主と陰口を叩かれる領主になってしまったんです。それを矯正したのが他ならぬ私なのですが、それはキール様を取り立てようとするマクラレーン様の企てでした。それに気付いた私はその一件をマクラレーン様に貸し付けて、今回の専門学校建設資金を捻出して頂く事で片付けたというワケです。
「そう言えば、そんな事もあったわね」
 と、エリザ。
「でも、ものすごーく高くついているような……」
「アデリア、それは違いますよ。マクラレーン様がキール様を取り立てて得られる将来的な価値は計り知れません。学校一つ建設するなんて訳無いですよ」
「キール様って、そんな凄いのー?」
「マクラレーン様が見込まれた御方ですから。それに、御本人にもそれに答えるだけの十分な実力があります。今の内に取り入って損はありませんよ」
 尤も、それに気付く方は少ないでしょうけどね。
「何か……凄い事聞いたかも」
「政治の裏社会ってやつ?」
「取り入るのはいいけど、巻き込まれるのは御免だよな」
「…………」
 いえ、そう大袈裟な話では無いですが……。何だか要らぬ誤解を与えてしまったみたいですね。
「問題は資金(そこ)では無くて、別の所に色々あるんですよね。メイドや特に侍女となると今まで両家の子女が勤めるものでしたから、学校内でも色々あると思うんです」
 専門学校の門は幅広く開いていますので、町娘も貴族の娘も入学出来ます。ただ、身分の違う者同士が集まると、様々な弊害が予想されるんですよね。手っ取り早く言ってしまうなら、身分差別といじめ。そういうの、はっきり言って御遠慮です。
「だから先生――特に校長先生選びが大変かな、と」
「あ~、それは大変ですよね」
 やや同情気味にスコット。
「マクラレーン様には一応エイジアンを推薦したんですけど――どうでしょう?」
「え!?」
 全員の声が重なります。
「な……え!?」
「ふ、芙蓉様!?」
「本人の意向を聞かずに推薦するのは正直どうかと思ったんですけど、何せ報告書とか色々手続きあったので、取り合えずと思って。未だ変更も十分可能ですし。ただ私は、周りの人間の中で貴方が一番の適任者だと考えています。エイジアン、貴方の意見は?」
「…………」
 元々無口な彼ですが、それに驚愕が混じって更に声が出なくなってしまったみたいでした。長い沈黙の後、それでもやっぱり言葉はありません。
「……貴方は物事を広く見る事が出来ますから、広い校舎の中の学生達を一人ずつきちんと見る事が出来ると思うんです。教師を束ねるとか、学校を背負うとか、そんな重く考えないで下さい。それに、これから学校は東方王宮を背後からバックアップする重要な機関の一つになります。東方王宮の仕事に従事して東方王宮の何たるかを知る人物が就任してくれれば、東方王宮総取締役として心強くもいられますしね」
 知らない仲でもありませんから、王宮との連携も取り易くなります。将来を見越せば、彼が就任してくれるのが最も最良の手段だと思うんです。
「返事は急ぎません。あと一年は猶予がありますし、その間にじっくり考えて――」
「……やります」
 小さな声で、けれど彼ははっきりと言いました。
「……やらせて下さい。少しでも、お役に立つと言うのなら」
 とても心強い言葉でした。無理を言っている私を責めるどころか、むしろ気遣ってくれているんですから、これ以上嬉しい言葉はありません。私は自然と、お礼の言葉を言っていました。
「――それから、もう一つ」
 忙しなく、次の話題に移ります。
「これから多方面で仕事に支障をきたす事が予測されますので、提案ついでにカトラスの東方王宮総取締役代理への昇進を進言して来ました」
「え!?」
 今度の声は、先程のそれよりも一際大きな声でした。
 ま、驚くのも無理はありません。
 実質的な私の右腕とは云え、カトラスは飽く迄も取締室室長です。この取締室を束ねるのが本来の彼の役目であり、総取締室補佐官であるディが私の右腕とならねばならないのですが、ディにその器量は無く、また本人にその気も無い事から、その役目はカトラスの役目となっていました。しかし昇進が果たされればそれも変化します。代理、ともなれば、私がマクラレーン様の代理として東方王宮を束ねている様に、カトラスが私の名代として権力を揮う事が可能になります。私が不在の時は、彼の独断で問題を処理出来ます。今迄の彼には、その実力はあるものの肩書き――あるいは役職――が無かった為、一切許されていなかったそれらが総て可能となり、名実共にカトラスは私の右腕となるわけです。
「うっわぁ! 室長、おめでとう御座います!」
「おめでとう御座います!」
「あ、じゃあ、室長も交代ですか?」
「いえ、私の仕事を代行出来るようにして頂くだけですから、カトラスには室長と代理を兼任してもらう形になります」
 忙しいでしょうけど、代理だからと言って仕事が増えるわけでもありませんからと、マクラレーン様にはそう話して置きました。
 浮かれる取締室のメンバーと、その話題の中心に居ながら浮かない顔のカトラス。
 彼は万歳をするメンバーを他所にそっと私に近付き、誰にも気付かれない小さな声で私に耳打ちしました。
「ワザとですね」
「……やはり気付きますか」
 最近私が色々と活躍をした所為で、芙蓉派の人数が増えつつあります。一方でカトラス派の動きは停滞気味。カトラスを総取締役に推薦するマクラレーン様にとってこの状況が面白い筈がありません。それを見越してマクラレーン様に提案してみたんです。「学校の建設は、カトラスを代理に就任させ、カトラス派を勢い付かせる良い口実になる」……と。
「ちょっと生意気だったかな?」
 私如きがマクラレーン様に意見するなんて。
「マスターの事ですから、貴女がそう提案して来る事もお見通しだったのでは?」
 うーん……。
「それもそうかも」
 むしろ在り得る話です。マクラレーン様なら遣りかねませんね。
「嫌――ですよね」
 カトラスは野心はあるくせに陰謀や画策を嫌う傾向があります。マクラレーン様が彼を総取締役に就任させる為に私を利用している事に少なからずとも反発しているようで。少し、潔癖なんだと思います。だからきっと今も嫌悪感で胸の裡を満たしているんでしょう。
 御免なさい、と謝罪するつもりだったのですが、
「――いえ」
 短く否定し、彼は、はしゃぎ回る部下達に目を向けました。
「――お望みならば、昇りつめてみせますよ」
 頼もしい横顔、低い声に、私は力強い意志を感じました。
 今迄、私達はどちらかというと対立する立場に立っていました。次期総取締役に望まれている彼と、現在その地位に就いている私。初めて逢った時、ちょっと睨まれたの、今でも覚えています。それが、その私が実は彼を総取締役に就任させる為の起爆剤でしかない――捨て駒でしかないと知った時、彼はほんの少しの憐憫を伴って益々私を敵とみなしました。実力で伸し上がるつもりだった彼に、陰謀と画策でそれを幇助するマクラレーン様をこの時ばかりは恨みもしたでしょう。そしてそれに同調している私も同類です。同調どころかそれを推奨し、実際そうなるように動き実践している私ですから、彼のマクラレーン様に対する感情がこちらに向けられても仕方ありません。結果、私達は不本意ながら対立する事になってしまった。それは決して周囲から祭り上げられた結果では無く、飽く迄も個人の感情です。他の人間は噂一つでどうとでも出来ますが、カトラスだけはそうはいきませんでした。
 その彼が、今、私の考えを肯定してくれたんです。これ以上、嬉しい事はありません。
「有難う」
「しかし、理解できませんね。何故、そうしてまで私を立てて下さるのですか?」
「――私にも判りません」
 正直な気持ちをそのまま伝えました。
「でも――初めて逢ったあの時、何故か、そうしたいと思いました」
 そう思わなければ、幾らマクラレーン様の御希望でもここまで協力的では無かったでしょう。真綿で首を絞める様に、じわじわと厳しい行動を取っていたと思います。それが私ですから。しかし素直にカトラスに協力したいと思ったから、私は今こうして出来る限りの力を貸しています。それが彼の人徳なのかもしれません。
「迷惑ではありませんか?」
 可愛い事、聞くんですね。
「人間は皆、自分を一番に優先します。どんな時でも結局自分が一番可愛いんです。だから貴方が気にしなくても、私は私を可愛がってあげているんですから、気にしなくていいんですよ」
 誰よりも自分を可愛がって、大切にして。そうして余裕を生み出す事が肝要です。他人を気にするのはそれからで十分。余裕が無い時に他人を気遣うと自分を追い詰めてしまう事がありますが、余裕のある時に他人を大切にすると冷静な目で見守る事が出来ます。余裕、あるいは心のゆとりを持つ事は、結構大切なんです。
 そして今の私は余裕を持てるほどになりました。
「私はもう――大丈夫ですよ」
 久し振りに、私は心から微笑んでいました。
1.
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