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1.2.

1. 「告白」


 ぐるりと左に寝返りを打って気付く違和感。
 ――あれ? 私、何時の間にベッドへ入ったんでしょう。
 そのベッドにも違和感が在ります。私が毎夜使っているベッドより固めだし、手狭です。掛け布団にも柔らかさが足りません。
 余りにも不自然で、薄ら目を開く私。少しずつ周囲の状況を確認します。
 目の前――左隣にはもう一つベッドが。明らかに私の部屋では在りません。天井に目を向ければそこは白に近いクリーム色。右隣にはベッドは無く、代わりに仕切り用カーテンが引かれていました。夕刻の太陽の光を受けて浮かび上がっている人影には見覚えがあります。
「……カトラス……?」
 呟くとほぼ同時に、仕切りカーテンが勢い良く開かれます。
「芙蓉様……!」
 私の名前を呼ぶカトラスの表情は、迷子になって泣きじゃくっていた子どもがようやく母親を見つけた様な、そんな顔をしていました。胸に突き刺さる、そんな顔でした。
「良かったー! 気付かれたんですね」
 その後ろからアデリアが顔を出します。
「吃驚したんですよ、私達」
 更にその後ろからエリザ。
「あんまり心配掛けさせないで下さい!」
 怒り気味にスコット。
「一番心配してたの、室長だけどねー」
 相変わらず茶々を入れる様なおどけた口調のハロルド。
「……こいつも」
 エイジアンが指差すのはカーテンの陰から遠慮がちに様子を伺うディです。
「おれも聞いた時は吃驚したんだぜ。見舞い来てやったんだから感謝しろよ」
 何故か偉そうなのはファング。
「本当に驚いたよ。もう大丈夫かい?」
 ……どうしてここにウィル様が?
「街から戻って来たらこの騒ぎだし、あんま皆に迷惑掛けるなよ」
 窘める織也。
「私はっ……、織也が、どうしても来るって言うから付いて来ただけで、別に貴女を心配してはいないからっ」
 織也の足元でそっぽを向いて言い訳するミュゼ様。
 えーっと……。
「これは一体何の騒ぎですか?」
 訊いてみると、皆一斉に声を揃え、溜め息を付きました。
 あ、あれ?
「倒れたんじゃよ」
 人垣の向こうから声を掛けてくるのは、医務担当のローガンさん。
「倒れた? 誰が?」
「はぁー……」
 今度はローガンさんも加えての一斉溜め息。
「芙蓉様の他に誰が居るんですか」
「覚えておらんのか?」
 カトラスとローガンさんの言葉に、状況を飲み込む私。
 私が倒れて……だったらここは医務室ですね。どうりで見かけないベッドの上に寝ているわけです。記憶を辿って残っている最後の光景は外城のシャンデリア。それ以降の記憶はまったくありません。多分倒れたのはそこでだと思われます。
「軽い栄養失調と睡眠不足、それに過労じゃな。仕事を頑張るのも良いが、ちーとばっか自愛せんか」
 ぱこん、と軽く私の頭を小突くローガンさん。
「自己管理も立派な仕事の内じゃぞ」
「……すみません」
 過労は確かに私の責任です。仕事のし過ぎ、残業のし過ぎです。けれど休む事を怠った事、食事の量が減った事、眠りを忘れる位に悩んでいる事は別の所に原因があります。
「……あー……もしかして、おれの所為か?」
 こくり。
 遠慮なく頷かせて貰いました。
「素直だな、オイ」
 でも事実ですから。
 織也が現われた事。織也の存在が私を悩ませています。食事も眠りも忘れる位の悩みの種を与えているのは紛れも無く彼の存在です。それに、私と彼の仲で遠慮も要らないでしょうから、頷かせて貰いました。
「ちょっとっ、織也の事悪く言わないでよっ」
 ミュゼ様の言葉は遠い所へ置かせて貰いましょう。
 それから少し、沈黙が続きました。
 ――どれくらい時間が経ったでしょう。
 徐に、カトラスが口を開きました。
「――お二人の間に何があったかは存じませんが――」
 そう、前置きして。
「私達は、少なくとも、貴女がここに居て下さって、そして……東方王宮総取締役で在られる事を、嬉しく思っています。貴女はここで、多くの事を成し遂げられた。それによって救われた者も多く居るでしょう。……どれも、貴女でしか成し得られなかった事ばかりです。もし貴女の過去が不幸に満ちたもので、貴女がそれを後悔し、それから逃れる為にここに居るのだとしたら、我々は、貴女の不幸に感謝せねばならないでしょう。――それでは……駄目ですか?」
 駄目だなんて事はありません。
 自惚れかも知れないけど――私はここで、毎日誰かに必要とされていました。東方王宮総取締役として、芙蓉として。また違った形であるならば、ディに母親――あるいは只の同伴者――として、必要とされている事をひしひしと感じています。毎日、名前を呼ばれます。質問されて、答えて。質問をして、答えて貰って。仕事をして、気が付くともう夜。眠れば朝が来て、また一日が始まります。
 ……過去を忘れてしまいそうになる程、充実した日々でした。
 けれど――…。
「……違う……」
「――え?」
「違うと、思います」
 そう、違います。
 ――違うんです。
「戦争が終結したのは、どちらが勝利したのではなく、人類が、滅亡の危機に瀕したからです」
 ――新種のウィルスの誕生。……それが、人に大きな打撃を与えた。
 ヒトは新種のウィルスに対して先天的に抗体を持っている人間が居ますが、その人間を探し出すのに多くの時間を費やしました。ワクチンが開発される迄に生き残ったのは、抗体を持っていた者、感染しなかった幸運な者――ほんの一部のみ。更に、衛生環境の悪化で生き残った者の中でも弱い者から倒れていきます。そして決定的だったのが、大規模な地殻変動。
 それでもヒトは生きていました。
「最終的に残っていた人間はほんの僅か。――織也、貴方は……その中に生き残れた自信はありますか?」
 織也を真っ直ぐ見詰めます。
 彼はやや、圧倒されたように戸惑った表情を見せました。
「――私は、ありません」
 悪運は悪く無いと思いますが、それでも、全人類の中から生き残れる確率の中に入れる程、強い悪運だとは思えません。
「今ここで、息をして、喋って、悩んで、苦しんでいる事。それは不幸では無く、幸運だと思うんです。だから――それは違います」
 過去は決して不幸だけではありません。
 人間は、かつての敵・エルフ族の助力を得て、今日に命を繋いでいます。
 環境を壊さない技術開発。文明の発展。私や織也が暮していた世界に及ばずとも確実にヒトはあの頃の勢いを取り戻しつつあります。
 それは幸運な事です。総ての人類は――ヒトは、生を受けた瞬間から幸運を与えられるんです。――苦しみや悲しみを感じるココロを伴って。
「では、何故?」
 何故、そんなに苦しんでいるのですか?
「…………」
 カトラスの質問を噛み締める私。
 何故、悩んでいるのか。……それは……、
「だからと言って、私は、――決して、後悔しない人生を歩んで来たつもりはありません。――聖人君子じゃないんです。忘れてしまい事も中にはあります。幾つも……幾つも在ります」
 私は、生きているからそれでいいじゃないかと、何もかも笑って遣り過ごせるような人間じゃないんです。
「けれど過去は消せないから――無かった事には出来ないから――だからせめて、忘れてしまおうと思ったのに……忘れられると、思ったのに……」
 私はゆっくり織也に顔を向けました。
「まるで忘れさせまいとするかの様に、――何かが起こる」
 目に見えない大きな力が働きかけているのかも知れません。過去を忘れようとしていた私の前に織也が現われたのが良い例です。その瞬間、戻って来た過去の記憶総てが私を(さいな)んでいます。食が進まないのも、眠れないのも、つい働き過ぎてしまうのもそれが原因です。
 逃げたいのに――逃げれない。
「……分かる気がするな。おれも、同じ事を考える」
 ぽつり、と織也が呟きました。
「忘れられたら、ホント、いいよな。エルフと戦争なんかしてた事忘れて、心の片隅でエルフを憎んでた事を忘れてさ。実際、忘れる事もある。その瞬間、本当にこの世界の人間になった気がするんだ。ここで生きていいんだって、許可、貰った気がする。いつも、いつも、不安があるから」
 ここに確かに存在しているのに、いつも、生きている事を責められている様な気がすると、織也は付け加えました。
 それは多分、真凛ちゃんが忘れられないからでしょう。
 過去に置いて来た真凛ちゃん(こころのこり)が、織也を責めて止まない。
 お互い、似たもの同士です。
「でもさ、結局、無かった事に出来ないのなら、忘れられなくて当然だろ。正直キツイけど、付き合っていくしか無いんだよな」
 それは今回、重々理解しました。
 どんなに悩んでも時間は過ぎますし、止まらないんです。
 太陽は昇って沈みます。
 明日は来るんです。
「――それでも、オレ達は、貴女が居てくれて良かったと思いますよ」
 優しく私の手に触れて、カトラスが遠慮がちに微笑みました。
「私もよ、織也。貴方が私を手伝ってくれて心強いわ」
「ミュゼ……」

 ――今日の太陽が沈みます。
 でも、また明日は来るんです。
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1.2.

2. 「再起」


 何時も通りの朝が来ました。
 寝ぼけ眼のままベッドから起き上がって顔を洗います。髪を整えて、服を適当に選び、いつも首から提げているネックレスを身に付けて支度完了。
 取締室に赴くと、みんなそれぞれ支度を終えて私を待っていました。
「お早う御座います」
「お早う」
 丁寧に頭を下げるカトラスに挨拶をします。
 いつも通りに出来たでしょうか? ちょっと声が上ずってしまったかも。……ま、余り気にしないで下さい。
「行きましょうか」
 皆を促し、私達は外門へと向かいました。


 外門では既に、ウィル様とマクラレーン様がいらっしゃいました。その向こうには旅支度を終えたミュゼ様、織也、その他のお供の方も居ます。
 私は彼等の前に立って、一通りの挨拶をしました。
「ご滞在中、配慮が足らぬ場面もあったかと存じますが、大変失礼を致しました。これを機に、またお近くへ来られる場合がありましたら、是非、お立ち寄り下さい」
 ミュゼ様に最後の挨拶をします。
 さぞかし憎まれ口を叩かれるんだろうと思っていましたが、今日の彼女の反応は私の予想を大きく外しました。
「そんなに不自由無かったし、十分よ」
 相変わらず素っ気ない物言いですが、意外な彼女の態度に私は僅かに笑みを零しました。
「それに……まだ、お礼も言っていなかったわね。感謝してるわ」
「…………!!」
「何よ、その顔」
「いえ……」
 明日、雪でも降るのでは?
「織也の事と弟の事は別よ! 織也の事では気に食わないけど、貴女はウィルと一緒に弟を助けてくれたんだから! そのお礼を言って当然でしょう!」
 そんな力一杯説明して頂かなくても分かりますから。
 今度は僅かな笑みでは済みませんでした。思いっきり、笑ってしまいました。可愛らしいですね、本当。
「――織也」
 ミュゼ様への挨拶を切り上げ、私はその隣に目を向けました。
「……有難う。色々、迷惑だったけど」
「一言余計だろ」
「何言ってるんですか。今回の分だけじゃなくて、昔の色々込みに決まっているでしょ」
「あーそうかよ」
 ミュゼと違って可愛くねぇな、と呟く織也。
 一言余計なのはお互い様です。
「――なぁ、蓮華」
「芙蓉」
 間髪入れず言いました。
「この東方王宮では、私は芙蓉です。それ以外は在りません」
 東方王宮総取締役。
 ――それが、私、です。
「……芙蓉」
 観念したように、慣れない言葉を彼は紡ぎました。
「また、会いに来てもいいか?」
「来ないで下さい。もう、二度と」
 逢いたくありません。
「でも、死に際に会いに来てくれるなら、許すかもしれません」
 遠く、でもいつか必ずやって来る未来に、再会を許す余裕が、私の心の中に生まれているかもしれません。今は未だ分かりませんが、きっと、いつの日か。
「……死に際に間に合えばな。……じゃあな」
 最後に皮肉を言い、彼は一行に出立の合図を送りました。
 彼らは赤ん坊を伴って帰途へ付きます。
 私はそれを、何時までも見送っていました。
「……名残惜しいですか?」
「冗談言わないで下さい」
 ニヤリとカトラスに笑って見せます。
「彼らが滞在してた間に随分仕事溜めてしまいましたし、大きな行事も控えています。惜しんでいる時間なんて在りませんよ。――それに私、良い事思いつきましたし」
「…………」
「何ですか、その顔は」
 カトラスを含め、取締室の面々、マクラレーン様、おまけにウィル様迄もが見事にイヤヅラ揃えてくれたのでちょっと怒りを覚える私。でも、嫌な気持ちはしませんでした。
1.2.
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