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1.2.

1. 「城下へと」


 「――…ま。――芙蓉様!」
 あ。
「……すみません」
 手にしていた煙草の火を用意されていた灰皿の上で消します。
 これでもう何回目でしょう。ぼーっとして、煙草を銜えて、火をつけて、カトラスに怒られる。仕事が全く捗りません。
 私を見下ろして、カトラスが大きく溜め息をつきました。私の耳にも届く大きな溜め息です。
「――芙蓉様、ご気分が悪い様でしたら、お部屋に戻られてはどうですか」
 少しイラついた、棘のある声。明らかに怒っています。
「いえ、大丈夫です」
 何度も言った言葉をもう一度繰り返します。
 しかしカトラスはそれを聞き入れてはくれませんでした。
「お気持ちは分かりますが、ここに居座られても邪魔になるだけです」
 言葉をオブラートに包む様な真似はせず、彼はきっぱり言い放ちました。
 そんなにはっきり言われては、こちらも反論の仕様がありません。私がどれだけ役に立っていないか、机に並び散らかされた書類を見れば一目瞭然です。カトラスの顰めっ面も良い証拠でしょう。眉間にシワを寄せてイライラしています。このままだと、いつ爆発するやも知れないので、ここは一つ、大人しく引き下がる事にしました。
「――分かりました。それでは、後を頼みます」
 言って、私は総取締室を後にしました。


 臨時のお休み。とはいえ、何もする事がありません。そもそも何もする気が起きませんし……。
 取り敢えず、気晴らしになるかと外へ出てみる事にしました。
 本日は快晴。青い空だけが頭上を覆っています。心地良い風が髪を撫でて走り去り、鳥が鳴いて、空を飛んでいます。絵に描いた様な平和な光景、とでも呼ぶんでしょうね。人も笑って花も咲いて木の葉が騒ぐ穏やかな日々。
 けれどそれは、今の私にとって何の慰みにもなりませんでした。どっしりと重たい物が胸の奥に陣取っています。
 また、溜め息。
 ポケットに手を伸ばし、煙草を取り出そうとし、
「……あれ」
 中身が無い事に気付いて、また溜め息を吐きました。
 買い置き、もう全部使い切っちゃったんですよね。ちょっと面倒ですけど、町へ行って買って来ないといけません。
「まぁ、いいか」
 どうせ暇ですし。
 独白して、私は一人城下へと向かいました。
 街は相変わらずの賑わいで、路の両脇に立ち並ぶ露店からは威勢の良い店主の掛け声が飛び交っています。売られている物は古今東西様々な品物。今日の晩ご飯のメニューになりそうなものを始め、本、雑貨、装飾品、意味不明な発明品、役に立ちそうな物、立たなさそうな物、実に様々。対して、集まる人は今日はまばらです。未だ夕食の買出しには早過ぎますし、かと言ってお昼はもう過ぎてしまっている時間帯ですからね。人出の少なさは仕方無いでしょう。今の私には丁度良い感じですが。
 真っ直ぐ行き付けのお店に入り、お目当ての品を大人(まとめ)買いして店を出ます。
 これからどうしようかと悩みながら出店を冷かしていると、聞いた事のある声が私に声を掛けてきました。誰かと思えばファングです。
「何、しているんです? 仕事は?」
「してるぜ、ホレ」
 彼が指差した方向には、ウィル様、ミュゼ様、そして織也が居ました。何でも観光しているんだとか。織也はともかく、感応能力の強いエルフのウィル様とミュゼ様が街を歩き回っても大丈夫なのか尋ねると、平日の昼間なら人も少ないので大丈夫なんだそうだという答えが返ってきました。確かに、この人の少ない街なら何ら害は無さそうです。実際お二人共楽しそうに街を眺めていますし、問題は無さそう。
「で、おれがそれの案内役」
 確かにファングは適任かもしれません。以前、ここに来たばかりの頃、同じ様に彼に街を案内してもらいましたが、小さな路を知っていたり好みの商品を置いているお店に的確に案内してくれたりと、大変助かりましたからね。
 恐らくカトラス当たりがファングを薦めたんでしょう。彼ならファングが街に詳しい事を知っていそうですから。
 本来ならそう云った話は私の元へ来る筈なのですが、何故かその記憶がありません。ぼうっとして聞いていなかったか、さもなくば私が総取締役室を出た後に申請されたのかのどちらかでしょう。ま、どちらにしろ、今日これからの私には関係の無い事ですけどね。
「おれより、そっちこそ何してんだ? 仕事は?」
「カトラスに任せてきました」
 正確には、追い出されたから任せて来たんですけどね。
「ふーん。まぁ、いいか。じゃあ一緒に回らないか?」
 一緒にって、彼らと一緒にですか? うーん……それはちょっと……。
「いいえ、遠慮しておきます」
「なんでさ。いいじゃねえか。あいつら明日には帰っちまうらしいし、今の内に色々話す事あるだろ」
「……いえ」
 小さく答えました。
 話なら十分にしました。これ以上はもう沢山です。
「ふーん」
 余り納得していない相槌です。言いたい事、色々あるけれど黙っててやるぞ、なんて雰囲気の声音でした。
「まぁ、いいけどよ」
「……御免なさい。じゃあ、また城内で」
 短く纏めてそそくさとその場を離れようとし、
「ちょっと、貴女!」
 少女らしい特徴を残した高い声に引き止められてしまいました。
 振り返ると、ミュゼ様が怖い顔をして私を睨んでいます。
「悪いけど、私、謝らないから!」
「――――…」
 私の気の所為でしょうか。
 悪いから、何て言っている時点で、謝っているも同然だと思うのですが。
 しかしそこは敢えて突っ込みませんでした。
「貴女が正しいですよ」
 言って、私は軽く会釈してその場を離れました。織也の視線を感じるここに、何時迄も居たくありませんでしたから。
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1.2.

2. 「歪んだ視界」


 目的を果たした私は寄り道する事無く城へと戻りました。外門の守衛に笑顔で挨拶をして城内へと入ります。
 両脇に立ち並ぶ木の向こう側に見えるのは職員寮です。右が男性用、左が女性用。城に勤める人は七対三の割合で女性が多いので、寮もそれに合わせて女子寮がやや大きめになっています。男子寮の敷地の余った部分は、外門を守る衛兵用の守衛室。門は丸一日中見張らなければなりませんから、その控え室がここになります。
 門から伸びたこの路は、真っ直ぐ城へと向かっています。ゆたゆた、のんびり歩いて約十五分すると見えて来るのが内門。内門の手前、左右にあるのが客人用の馬車置き場。結構、広いです。
 この内門をくぐると、ようやく外城へと辿り着きます。
 私の私室がある重役専用の私室館はこの更に奥。
 因みに、マグワイヤ将軍を始めとする軍部に携わる方々の建物はこことはまた別の敷地にあり、大きな訓練場などもそちらにあります。
 ――つまり、東方王宮はとてつもなく広いって事ですね。
 歩いて来た道を振り返り、そのまま視線を上へと向けます。透き通る様な青い空。風に流されて流離う雲。うっかり太陽を真正面から見てしまい、眩しさに当てられた私は軽い目眩を覚えました。
「眩しい……」
 軽く目を擦って調子を診てみます。薄ら目を開くと、ぼんやりと映る外城の姿。目に異常は無いみたい。大丈夫、かな。
 外城をぐるっと迂回して奥へと向かうのも面倒なので、城の中を通って私室へ向かう事にしました。外城から中へ入ると先ず目に飛び込んでくるのは巨大な吹き抜けの玄関ホールと天上からぶら下がる大きなシャンデリアです。私と織也が奇跡の再会を果たした場所でもあります。
 今日はそこに、カトラスと侍女頭のリーホワさんが居ました。二人とも真剣な顔をして何やら打ち合わせ中。
 ……変な気分です。
 昨日まであそこでリーホワさんと話をしていたのは私です。
 カトラスと話していたのも私です。
 この東方王宮に勤める二千人から三千人の人間のトップに立って、東方王宮を動かしているのは私。
 本来ならカトラスの物である筈の東方王宮総取締役、その地位に就いて、ここに居る私。
 時の流れを大きく飛び越えて、ここに、居ます。
 本当なら私、こんな所には居ないんです。
 ――そんな事を考えている所為でしょうか。確かに、今ここで私の周りで起きているのに、何もかもが夢の様に思えてなりませんでした。紛れも無くここに存在しているのに、掴んだら何もかも消えてしまいそうな気がします。けれど目に写る物、手に触れる物、全部本物です。触らなくても分かります。今まで何度も触りましたから。
 あぁ、でも……。
 ……でも……。

 ……ふっ。
 ――と、徐に瞼を閉じました。眠りに落ちる寸前の様に優しく目を閉じます。
 すっと、後ろに、何処か遠くに意識を引っ張られる感じ。
 その流れに総てを委ね、私は全身の力を抜きます。

「――芙蓉様!」
 大きな手が私を抱きとめるのが分かりましたが、私の意識はそのまま暗闇の中へ放り込まれてしまいました。
1.2.
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