INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第05話next
1.

1. 「千葉織也」


 お昼休みを終えて二人で取締室に戻ると、何やら室内がざわついています。何事かと思い扉を開くと、そこにはいつもの面子の他にもう一人居ました。
 ――織也。
「あ、芙蓉様っ」
 私の姿に気付いたアデリアとエリザが駆け寄ってきます。
「あの……お客様が……」
 それ以上は言わなくても分かります。
 片手を振って二人を遮り、私達は取締室に入りました。中の様子が分からない様にカトラスに扉を閉めさせます。それから織也を見、少し息を吐きました。
「何か御用ですか?」
「その言い草はあんまりじゃないか? ――まぁ、お前らしーか」
 言いながら私に近付いてきます。
「相変わらず小さいな。って、その年齢で今更身長が伸びるワケないか」
 大きなお世話です。
「あぁ、でも髪は伸びたな。伸ばしてるのか?」
 私の勝手です。
「顔は流石に大人びたか。――ん? こういう場合は老けたっつのか?」
 ぶち。
 頭の中で何かが切れる音がしました。
「いい加減にして下さい」
 どん、と音を立てて織也の足を踏み、彼の顎の下から眼つけする私。ふふふ、降参するなら今の内ですよ。
「相っ変わらずいい度胸だな、おい」
 私を見下ろして睨み返す織也。
 そんな私達の迫力に気圧されたらしく、取締室のメンバー、カトラス、そしてディが固まって怯えます。そんなに怖がらなくても……いえ、怖がって当然ですね。
「――で、一体、どんな御用件なんですか?」
「用件だったら、さっきから話してるだろ。会えなかった長い空白を埋める為に、小さな変化から大きな変化までを一つ一つ吟味し、昔を懐かしんで忍び、また未来を噛み締めて」
「素直に、世間話しに来たってどうして言えないんですかね」
 まったく……。織也こそ相変わらずです。進歩してませんね。
「どーでもいーケド、その言葉遣いどうにかならないのか? さっきから気持ち悪ぃんだけど。見てみろよ、ほら! 鳥肌!」
「…………」
 地位が下だから、私より年下だから、なんて理由で言葉遣いを改めて欲しいと申し出られた事は幾度かありましたが、気持ち悪くて鳥肌が立つから止めてくれと言われたのは初めてです。ああだ、こうだと文句が多いですね。
「どーでもいいんでしょう? だったら気にしないで下さい」
「あのな……」
「仕様が無いんですよ。何か癖になっちゃったみたいで。怒ったり興奮したりすると戻るんですけどね」
 以前、不良領主キール様を怒った時がそうでした。三人がその場を目撃して、ちょっと怖がらせちゃったんですよね。ディはあれが私の本性だと知っているので怖がってはいませんでしたが。他の二人、ファングとカトラスは顔を引き攣らせて怯えていた事をよく覚えています。普段の私が丁寧なだけに、ギャップが激し過ぎたみたいでした。
「ふーん。……何か、昔のお前からは想像もつかないな」
「本人を目の前にして何を言ってるんですか」
「――昔の芙蓉様って、どんなんだったのー?」
 私達の会話にハロルドが割り込んできます。
 あぁっ、それを聞いちゃ駄目ですってば。
「芙蓉?」
「私の名前です」
 首を傾げる織也に説明を入れると、彼は何やら衝撃を受けたらしく、
「偽名使っているのか!」
「違う!」
 間髪いれず突っ込みました。
 芙蓉の名前はマクラレーン様から頂いた、東方王宮総取締役の銘です。ですから偽名ではなく、ペンネームやハンドルネームみたいなものです。しかしそれを説明すると、東方王宮総取締役である事、その地位、それに至った経緯迄等、質問攻めに遭いそうだったので、やんわりと仕事上の名前ですと説明しました。ま、間違ってはいませんよね。
「昔の蓮華かぁ……。うーん……。うーん……。う~~~、ううぅぅ? う?」
 ……一体何を悩んでいるんですか。
「うん。一言で言えば、アレだな。『正真正銘の嫌な奴』だ」
「え?」
 意外な答えだったらしく、皆が一斉に疑念の声を上げました。
 私はというと、否定出来なくて黙って聞くしかありません。嫌な奴……。嫌な奴かぁ。客観的に見ればそう評価されても仕方無いですよね……。
「前々から嫌な奴だってのは皆気付いてたけど、決定的だったのはアレだろ。高校の時、食堂で堂々と友達のこういう所が嫌いだって話をしてたからだろ」
「あのですね」
 ちょっとそれは弁明させて下さい。
「大体あれは、彼女はお喋りだから秘密とか漏らさない方がいいと忠告をしてて、それを当人が聞いていたものだから平手打ち喰らった話で。別に嫌な奴の決定打には――って、ちょっと待って下さい。違う高校だったくせにどうしてそういう話を知っているんですか!」
「お前と同じ高校だった大学の友達が教えてくれた」
「あーそうですか」
 私と違って織也は友達多かったですもんね。同じ高校出身の人が彼の友達であったとしてもちっとも不思議ではありません。中学の時に数度会ってそれきりだった私達が再会したのも、その「大学の友達」が切っ掛けでしたからね。
「あのー、コウコウとかダイガクって何ですか?」
 おずおずと手を上げるスコット。
「あ、そういえば無いんだけっけ、高校と大学」
「無いですね」
 義務教育が普及しているので学校はありますけど、小学校、中学校、高校、大学、大学院といった呼び名はありません。彼らが分からないのも無理はないでしょう。
「高校も大学も、勉強を専門的に勉強する処です。高校より大学の方がもっと高度で専門的な事を勉強します」
 私の説明に、一同はふーんと相槌を打ちました。……分かってくれたのでしょうか。何だか、余り手応えを感じませんが詳しく説明していると時間が掛かりそうですし、何となく雰囲気だけを掴んで貰って良としましょう。
「……初めて聞いた」
 ぼそりとエイジアンが呟きます。
「もしかして芙蓉様達って、違う国の人なんですか?」
 ずばり聞いてくるのはアデリア。
 私達二人は顔を見合わせ、暫し唸りました。
「違う国……ではないよな?」
 言葉以外の声――視線で、私にそう尋ねて来る織也。
 私は暫く黙っていました。答えを教えてしまっていいものかどうか、ギリギリまで迷っていました。怖いから? ――そうなのかも。真実を知った彼等がどうするか、怖かったのかもしれません。だから今迄誰にも言わなかったのかも知れません。
 そしてこの時も、真実を口にする勇気は涌いてきませんでした。
「――そんな感じです」
 曖昧に肯定します。
 責めるような織也の視線を感じましたが、気付かない振りをしました。
「さて、お喋りはここ迄にして、皆仕事に戻って下さい。織也、そういう事なので今はお引取りを。続きは夜にでも」
「分かったよ」
 素っ気ない声で答える織也。
 それを合図に皆、それぞれの持ち場へ付きます。席に着いたり、書類を準備したり。いつもの取締室の風景に戻っていきます。場違いな織也は部屋の外へ。――行く筈だったのですが、その前にふと足を止めて振り向きました。
「なぁ」
 総取締室へ入ろうとする私を呼び止めます。
「はい?」
「一つだけどうしても聞きたかったんだ。なんで――」
 その先は、何となく予測出来ました。
「――なんで、出て行った?」
 し……ん……。
 水を打ったように取締室が静かになります。一同の視線が私に集まりました。
 出て行った、とは余り適切な表現とは思えませんね。あの当時、私は独り暮らしでしたし、織也の家はそこからかなり遠い所にありました。しかしその言い方はまるで私達が一緒に住んでいた様に聞えます。それを聞いたカトラスや取締室のメンバーがどう思うか、少し気になりましたが、訂正する余裕はありませんでした。
 織也から突き刺さる様な冷ややかな視線が送られて来ます。私はそれを、甘んじて受けていました。
 悪いのは多分――私、なんでしょうから。
「――あの時、アルフハイムへ行くと言ったら、貴方は笑顔で送り出してくれたんですか?」
「――…じょーだんじゃねぇ」
「でしょうね。だから、何も言わなかったんです」
 それに……。
「それに――あの時、私は確かに、貴方を邪魔だと思っていましたし」
 バン!
 その時、激しい音を立てて廊下へと続く扉が開かれました。
 誰かと思いきや、ウィル様とミュゼ様です。特にミュゼ様、エルフらしからぬ物凄い形相でこちらを睨んだかと思うと、つかつかと歩み寄って来、小気味良い音を立てて私の頬を平手打ちしました。
「貴女、最低ね!」
 ミュゼ様の右手の平は、私の左頬を(はた)き、ジンジンと響く痛みを残します。半端ではない痛みです。加減や遠慮は一切無く、力一杯叩かれた事がひしひしと伝わってきました。
「行きましょう、織也」
「あ……ああ」
 肩を怒らせ(きびす)を返すミュゼ様。
 その後を追う織也。
 残された私達は、彼らが去っても暫くその場を動きませんでした。
 頬が、痛いです。……痛くない筈がありませんよね。あんなに思いっきり叩かれたんですから。
 そっと触れてみると、ちょっとだけ腫れていました。冷やさないと未だ未だ腫れ上がってきそうな気配です。けれど、何故かそんな気分にはなれませんでした。
「大丈夫ですか?」
 私の肩に手を置いて様子を伺うカトラス。
「今のは僕も関心しないな。君らしく無い……。一体、どうしたんだい?」
 ミュゼ様を見送ったウィル様も声を掛けてきます。
 ディも心配そうに私を見ています。取りしまりーズも同じです。
 けれど弁明はしません。らしくなくても、事実は事実。あの時の私は確かにそう思っていました。織也や、友人や、私を縛り付ける総てが鬱陶しくてたまらなかった。あの頃の私を取り巻く総てが嫌いでした。だから私は逃げたんです。
 ――そう、逃げた。
 そんなつもりはなかったけれど、逃げたんです。
 エルフと人間が戦争をしていたあの頃、私は一人のエルフを助けました。正確にはエルフではなく、半分だけがエルフのハーフエルフ。
 傷が治る迄の短い間に、私達はお互いの存在を認め合うようになっていました。しかし、ある日突然彼は居なくなり、私はそれ迄に感じていた以上の虚無感を覚えました。そして自分がどれ程彼を必要としていたか気付いたんです。
 彼が迎えに来てくれた時、迷いなんて無かった。お互いに少しだけ微笑んで、彼の手を取ったんです。
 ――アルフハイム。妖精の国でありエルフの国。天と地の間に存在し、豊穣の女神フレイが治める永久(とこしえ)の国。かろうじて人間界と繋がっているもののほぼ隔絶された世界であること。時の流れが、人間界とは比べ物にならないほど遅い事を知っておきながら、私は彼の手を取りました。

 例え逃げる事になろうとも、あの手を取らなければ、一生後悔すると思ったから。――だから、迷いは、一切在りませんでした。

 今も同じ気持ちです。織也に素直な私の気持ちを伝えた事を悪いとは思っていません。こういうのは、嘘をついて誤魔化す方が失礼です。だからありのままに答えただけです。しかし、それが良い事だとも思っていません。その代償が頬一つで済むのなら安い話でしょう。
「――大丈夫です。皆、仕事に戻って下さい。エルフの赤ん坊の騒ぎで処理が遅れていますから」
「あの……、何か冷やすものをお持ちしましょうか?」
「必要ありません。……有難う、エリザ」
 背中を向けて、私は総取締役室へと入って行きました。
1.
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