INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第03話next
1.2.

1. 「東の果ての町」


「マクラレーン様に話しは付けて来ました。準備が整い次第、街中に公布して下さい」
 執務室に戻って来るなりそう告げると、カトラスは、
「はい」
 と、短く返事をしました。
 マクラレーン様への御報告は実りのあるものでした。面白かったですよ。その場に居合わせた一部の上席調印議員がとても、ね。顔色を窺いながらヒソヒソ内緒話。内容を聞けば、大変な事になったとか、エルフに恩が売れるとか言っています。こういう時って性格出ますね。やれやれ。
 公布の準備は思ったよりも簡単に済みました。下手な噂が流れて誤報になってしまうと困るので、公布には紙を使います。人が集まる場所に張り紙をする程度なのでそんなに枚数は必要ありませんでした。目撃情報を集める窓口も設置しましたし、後は街の人達が正しい噂を広範囲に広めてくれるのを待つだけです。
 残った問題は、赤ん坊の両親が到着する迄の間、この東方王宮であの子の面倒を見なくてはならない事ぐらい。これが一番の難題だと思っていたのですが、意外にも難しくはありませんでした。当初はコレット以外の人間に触れられる事を拒んでいた彼――調べてみると彼でした――は、時間を重ねる毎に人間に囲まれた環境に慣れてきた様で、一人、また一人と彼に拒否される人間が減ってきます。
 最初に彼に触れられたのは勿論ウィル様です。王宮の東の森に現われた時は気が動転していた赤ん坊も、王宮と人間に慣れ始めると少し余裕が出来た様で、ウィル様が同族でいらっしゃる事に気付いてからはウィル様にもべったり。まるで兄弟みたいです。
 その次に彼が懐いたのはディでした。当初は私達人間とは違った意味でディを怖がっていたものの、害は無いと思ったらしく、指先に触ったり頭を撫でたりといった行為は許してくれます。一度抱っこしたんですけれども、赤ん坊よりむしろ、赤ん坊の扱いに慣れていないディの方が泣いてしまいそうだったので、それ以来誰も彼に抱っこさせようとはしませんでした。
 取締室の皆も、少しずつ触れるようになりました。中でもエイジアンがお気に入りで、彼には抱っこを許します。他の皆もそれぞれ仕事の合間に彼を構っています。
 ……なのにどうして私には懐いてくれないんでしょう……。
 ショックです。カトラスだって触っているのに、私だけ何時まで経っても触らせてくれません。確かに私、子どもって得意じゃありませんけど、この仕打ちはあんまりです。触るどころか、機嫌が悪い時は近付かせてもくれないんですから。何時だったか、
「芙蓉様が居ると寝てくれないので何処かに行って下さい」
 なんて、言われてしまいました。とほほ……。


 両親探しは順調とは言い難く、情報の無い毎日が続きました。公布から数日、取り合えず城下周辺に居ない事が確認されます。
「余ほど遠い所に住んでいるんだね、この子」
 ウィル様が、こんなに情報が集まらないのはそれが原因だろうと仰られました。
 難儀な話です。こうなると益々、噂が広がるのをじっと待っておかなければなりません。時々町に行って、旅の商人や遠方へ旅行へ行く人へ彼方此方にエルフの子どもの事を話して欲しいとお願いするものの、一体どれだけの効果がある事やら……。この広大なイーストフィールドの中からエルフを探し出すなんて、無謀なのかも知れません。
「あの……考えたんですけど、この子の両親がアルフハイムに居る可能性はありませんか?」
「ありません」 / 「無いよ」
 スコットの質問に、私とウィル様が声を揃えて答えました。
 私達二人は顔を見合わせ、肩を竦めました。
 妖精の国アルフハイムは、一部人間界とは繋がっているものの、ほぼ隔絶された世界です。時間の流れも違います。アルフハイムでの一分は人間界の約十六時間。アルフハイムで一時間を過ごせば人間界では凡そ四十一日過ぎています。
 エルフの子どもが幾ら場所を移動する能力を有していても、時間までも超越出来るとは思えません。――結果、あの子の住んでいた場所は人間界だと推測出来、引いてはあの子の両親も人間界に居るのだと考えられます。瞬間移動能力も万能では無いでしょうし、ある程度距離に制限があると思われます。ウィル様の考えでは広域に及んでもせいぜいこのイーストフィールド内だろうと言う事なので、フィールド内に的を絞って捜索しているんです。
 しかし、十数日が過ぎても何の情報も得られなかったので、私は不良領主キール様を通して各領主様方にも同様の手配書を出しました。マクラレーン様から領主様方に正式な依頼書を出すと時間が掛かるので待っていられなかったんですよね。勿論、一応そちらも手配しましたが、その間に個人的な繋がりを利用して逸早く一部の方々にお知らせさせて頂きました。これだけ時間が経っているんです。赤ん坊の精神力が気掛かりですから、のんびりは出来ません。
 それから更に数日。ようやく捜査網に魚が引っかかりました。王宮を目指しているエルフが居る、と。彼らは人間が数人、エルフが一人で旅人の恰好をし、東からこちらに向かって来ているそうです。情報提供者が例の噂を正確に彼等に伝えてくれたそうなので、間も無く到着するだろうと云うお話でした。
「東……」
 神妙な面持ちで呟くウィル様。
「何か?」
「僕の故郷が東にあるんだ」
 え?
「アルフハイムのお生まれではないんですか?」
「うん。イーストフィールドの東端にある小さな街が生まれ故郷だよ。海沿いにあって、アルフハイムが近い。そこにはずっと昔からあるエルフの一族が住んでいて、僕はそこの出身なんだ」
 へぇ……。
「初めて聞きました」
「うん。僕も君には初めて話した」
「じゃあ、この子は……」
「そうかも知れないし、違うかもしれない。――分からないな。両親にはもう何百年も会っていないから」
 そう仰るウィル様の目はとても悲しそうでした。
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第03話next
1.2.

2. 「東からの来訪者」


 来訪者が町の外れに現われたとの情報は直ぐに東方王宮の私の所まで届きました。彼等一行は四人の人間と一人のエルフで構成され、ごく普通の旅人にしか見えない装いをしているそうです。ま、当然の処置ですね。エルフの姿を見れば一般の方々は驚くでしょうし、危険が無いとも限りません。エルフの護衛を人間が引き受けている事には驚きましたが、ウィル様曰く、ウィル様の故郷の町は人間とエルフが協力し合って生活しているそうですから、子どもを迎えに行くと聞けば協力・護衛位の手伝いはするでしょう。
 私は直ぐに使いを出し、その一行を王宮へ招きました。
 外城の玄関ホールで、東方王マクラレーン様を始めとし、上席調印議員数名、カトラス、取締室の面々、ウィル様、赤ん坊を抱いたコレットと、その他大勢で一行を迎えます。私は二階の廊下に飾ってあった花瓶の陰に隠れるように待機。総取締役は客人が呼んだ時だけしか顔を見せる事は許されていませんからね。一応、成り行きは見守りたいという事で、この場所に陣取らせてもらいました。ここなら、吹き抜けホールなのでホールでの会話は十分に聞えますし、階段を下りれば真正面が玄関になっています。成り行きを見るだけならここで十分でしょう。
 それにしても、お出迎えの人数多くないでしょうか。こんな人数で出迎えては、あちらが吃驚してしまうのではないか。――と思いましたが、ホールへと足を踏み入れた五人は臆する事無く彼等の前へ出て来ました。一行の中央でフードを被っているあの人が恐らくエルフでしょう。……しかしなんだか、小さくないですか? 私と同じ……いえ、もっと小さいです。ウィル様くらいでしょうか。
「ミュゼ?」
「ウィル!」
 フードを取るエルフ。現われた顔は、幼い少女の顔でした。しかもどうやら、ウィル様とお知り合いの御様子。一体、どなたでしょう?
「知り合いか?」
 マクラレーン様に問われ、ウィル様は「うん」と頷かれました。
「僕のいとこだ。名前はミュゼ」
 ウィル様に紹介され、エルフの女の子は可愛らしく会釈をしました。
「お会いするのは初めてですね。東方王マクラレーン殿」
 ――成る程。幼くともエルフはエルフですか。名乗ってもいないのに名前を当てるとは流石です。この場に居る者の中で一番貫禄と威厳があるとは云え、一目で見分けてしまうのはエルフの感応能力のお陰でしょう。
 マクラレーン様もそれに気付いたらしく、侮ってはいけないと恭しく頭を下げられました。
「お会いできて光栄です」
「顔を上げて下さい。此度の件、むしろわたくし達が礼を尽くさねばならないでしょう。我が弟を今日までお預かり下さり、誠に御礼申し上げます」
 見事な口上です。外見は子どもでも中身は違う――同じですね、ウィル様と。
「弟?」
「そう。最近生まれたばかりなの。ウィルが知らなくても無理ないわ」
「当たらずとも遠からずか……」
「なにが?」
「いや――この子が僕の弟じゃないかって疑っていたんだ。見れば見る程そんな気はするけれど、確信は無いし。勘が鈍ったかな。もう随分とここに居るからね」
「――…おじ様もおば様も心配していらっしゃるわよ?」
「残念だけど帰らないよ。僕はここが気に入っているんだ」
 きっぱりはっきり仰られました。そこには、ウィル様の強い意志が感じ取られました。
「立ち話せず、部屋でゆっくり話されては如何かな? お茶とお菓子を用意させよう」
 マクラレーン様の提案に、うーんと唸り声を上げるミュゼ様。それから後ろに付いていた護衛の一人に顔を向けます。
「駄目……かな」
「長居はあまり感心しないな。でも」

 ――…あれ?

「久し振りに会ったんだろ。積もる話もあるだろうし」

 ……あれ。

「街に宿を取って、数日滞在しては? こっちも長旅で疲れているし助かる」
「それならば、城に滞在されるが良かろう。幸い大きな行事も無く、客人を迎え入れる余裕はある。それでどうかね? ウィル」
「いいね、それ」
「迷惑じゃないかしら?」
「大丈夫だよ。何だかんだ言って芙蓉も嫌な顔はしないだろうし」
「ふよう?」
「東方王宮総取締役。ここの責任者だ。僕と一緒にこの子を見つけてくれたんだよ」
「そうなの……。じゃあ、後で改めてその方にもお礼を言わなきゃ。案内してくれる? ウィル」
「いいよ。きっと彼女も喜ぶ」
「良かったな、ミュゼ」
「うん! ありがとう、オルヤ」

 ――――!!

「…………ッ!」
 がたん!
 ガシャンッ!
 震えた手が、花瓶を押し倒し、倒れた花瓶は激しい音を立てて割れてしまいました。
 けれど、構う余裕は無くて――。
 飛び散る破片。
 手摺りに手を掛けて、吹き抜けのホールから一階を見下ろす私。
 震えて、力が入らない指先。
 高鳴る心臓。耳元で聞える心音。
 この上も無く大きく開いた両目に映る、四人の護衛の内の一人の姿。

 それは……。
 それは――。

「まさか――蓮華(れんげ)?」
 その瞬間、あたしは確かに世界が壊れる音を聞いた。
「――織也(おるや)……」
 遥かなる過去を思い出させる、懐かしい声と共に。




『――昔々、ある処に、二つの国がありました。
 二つの国は遠い昔から、ずっと戦争をしていました。戦って戦って、とても沢山の人が死にました。
 ……どうして戦争しているの?
 ……さあ。とても古くから戦争を続けていたので、皆、どうして戦争が起きたのか忘れてしまっていたんです
 その始まりは何だったのか、知る人は居ない。
 けれど憎しみの連鎖は続く。
 愛しき人が死に絶えるとき、新たな「理由」が生まれる。
 苦しさを抱え、辛さに耐え切れず、感情に身を委ね、その戦争はとても長く続きました。
 ある日、一つの国に住む男と、一つの国に住む女が出会いました。
 二人は愛し合い、一つの国に住む男は、一つの国に住む女を、自分の国へと連れて帰ってしまいます。
 男の国は彼女を受け入れ、二人で住む事を許してくれました。
 女の人をゆーかいしたの?
 いいえ。女の人も、男の人の国に行きたいと思っていたんです。女の人の国は、女の人から見てとても――…とても、嫌な国だったから……。
 戦争していたから?
 ――そうですね』
1.2.
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第03章 第03話next