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1.2.

1. 「大魔王と聖母の降臨 1.」


 早朝の森に突如現われた来訪者――エルフの赤ん坊。
 発見した当初はあんなに激しく泣いていたのに、今はすっかり大人しくしています。それもこれも侍女コレットのお陰。私達が抱きかかえようとすると火花を散らして拒んでいた彼――あるいは彼女――も、コレットが相手だと抵抗の「て」の字も見せず、まるでお腹を見せて降伏した犬の様に従順になってしまっています。ちょっと悔しいですね。むぅ。
 赤ん坊が泣き止み、寝付き始めたのを見計らって、私達は今後の事を話し合いました。私達、と言っても実際は私とウィル様の二人だけです。ディは元から意見などありませんし、コレットに至っては未だ状況が飲み込めない様子。しかし、詳細を説明している暇はありません。それにどうせ、これから何をすると言ったら先ず城に連れて行く事になりますし、連れて行けばカトラスやマクラレーン様にも説明せざるを得ないでしょうから、そのついでに詳しく話しますと言って一先ず納得して貰いました。
 ――そうですね。やはり、先ずは城に連れて行った方が良いでしょう。何時までもここに留まってはいられませんし、今日の仕事もあります。
 それで噺をつけた私達は、取り合えず城へと向かいました。
 薔薇園を抜けて外城の中へ。その間、メイドや侍女・侍従を始めとする王宮のスタッフ達にじろじろと不審な目で見られます。緊張するやら恥ずかしいやら……。
 やや俯き加減に歩いていると、丁度、外の錬兵場へと向かうファングとばったり遭遇してしまいました。
「……お前の隠し子か?」
「違います!」
 いきなり何を言うんですか。そして私にどうしてそうなるんですか。……はっ。まさか、皆がジロジロ見ていたのは、そんな風に私を見ていたからですか? そうなんですか?
「違うのに……誤解なのに……」
「……何も泣くことねーだろ」
 だったら苛めないで下さい。

 私の執務室、総取締役室は、私の部下が仕事部屋に使っている取締室の奥の扉からしか入れません。執務室に入る為にはどうしても避けられない場所です。ここには私の補佐官であるカトラスの机もあります。つまり、執務室に入る為にはカトラスは避けて通れないんです。
 意を決して扉を開くと、一斉に皆の視線が集まりました。
「あ、おはようございます。芙蓉様」
「おはよーございまーす」
「……お早う御座います」
「あれ? 芙蓉様、その子は?」
「あ、ホントだ。可愛いー」
「赤ん坊ですね。何処から拾ってきたんですか?」
「えっ、拾って来たんですか?」
「……それって誘拐じゃないのか?」
「芙蓉様がそんな事する筈ないでしょ!」
「じゃあ、誰の子?」
「誰の子だろ?」
「知らねー」
「誰か子ども産んだっけ?」
「さあ、居ない筈だけど」
「……目元が芙蓉様に似てる」
「…………」 (エリザ)
「…………」 (アデリア)
「…………」 (スコット)
「…………」 (ハロルド)
「…………」 (エイジアン)
「まさか!」 (一斉)
「違います!」
 間髪入れず叫んでいました。
 どうしてそうなるんですかー!! まったくもうっ!
「――芙蓉様」
 ぎく。
 低い声が響き、私は思わず身を竦めました。
 取締室の奥、総取締役室への入り口近くに机を置いているカトラスが、ゆっくりとこちらに向かってきます。
「定刻を過ぎても執務室には来られず、一体何処に居るのかと思えば――」
 こっ……怖い……っ。
 目尻にシワが寄っています。口許がピクピクしています。大魔王の降臨です。何時も以上の迫力に、私だけでなくディ、コレットも半泣きになりウィル様ですら顔を引き攣らせておいでです。でも、今日はそれは駄目なんですっ。
「カトラス、今日は言い訳も何もしませんから、それ以上はっ――」
「は?」
 カトラスが、何を言い出すんですか、今更そんな余地は無いですよと言わんばかりの顔をした、その時でした。
「ぅわあああああああああん!!」
 はうっ! しまった、遅かったですか。
 コレットの腕の中の赤ん坊が、大地を引き裂かんばかりの大声で泣き出します。泣き声は取締室だけでなく、開け放たれた扉から廊下を伝って城中に響く大音量でした。
 あーあ……。泣かせちゃった。
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1.2.

2. 「大魔王と聖母の降臨 2.」


 この日の取締室は、文字通り大戦争な一日でした。
 王宮内が滞り無くスムーズに運用されるようにするのが私達の仕事なら、赤ん坊の仕事は泣く事です。特にエルフの子どもは敏感ですからちょっとした事が気に障り、直ぐ泣いてしまいます。
 先ず困った事に、コレット以外の人間が触れると例の拒否反応が出ます。この拒否反応、ウィル様曰く、エルフの子ども独特の防衛反応だそうです。エルフ族はその優れた感応能力の所為で人間の感情を苦手としていますが、子どもの頃はそれが極端に駄目なので、心身に害が及ばないようにその危険なもの――この場合は私達ですね――を近付けない様にしているのだとか。
 仕方無いのでコレットに簡単に事情を説明してここに留まってくれるよう頼むと、彼女は嫌な顔一つせず快く承知してくれました。流石、ディのお気に入りさんですね。侍女頭のリーホワさんにも事情を御話しして、今日一日彼女を借りる許可を頂きます。後は、物見高さで見学しに来るメイド達を追い払ったり――後で、私に隠し子が居ると噂を流した人物を見付けて締め上げましょう。検討はつきますが――、紙に字を書く際のペンの音に気を遣ったり、カトラスに怒られない様にしたり、怒られても小さな声でお願いしたりと、とにかく大変尽くめでした。それでも、泣かせてばかりだったんですけどね。
 太陽が沈む頃、泣き疲れてコレットの腕で寝息を立てる赤ん坊を見、私達一同は、
「はぁ~」
 とても大きな溜め息をつきました。
 エルフを腕に抱き優しく微笑むコレットの姿はまるで聖女様みたいで、とても奇麗です。ディやこのエルフの子どもが気を許してしまう気持ちが解るような気がします。
「子どもってほーんと、寝てると天使よねー」
 赤ん坊の顔を覗き込んで、ハロルド。
 確かに、と、皆が頷きました。
 そういえば、王子レオン様付きの侍女もそんな事言ってましたっけ。人間とエルフ。種族は違えどその辺は変わらないんですね。
「それにしても――どうするんですか? コレ」
「天下のエルフ族をコレ呼ばわりとは良い度胸ですね」
「えっ……! あ、いや、オレそんなつもりじゃ……!」
 慌てて弁明するスコット。
 そんなに焦らなくても、別に私は怒ったりしませんって。
 ただ、世の中の傾向はそうでもありません。エルフ族はドラゴンや龍族と同じく神聖視されている種族です。未だ火も使わず言葉も知らず動物と変わらない姿をしていた旧人類に、言葉を伝え文明を教えたのがエルフだと言われていますから、人間にとってエルフ族はとても身近な神様なんです。ですから子どもと言えど、エルフに対して粗悪な言葉を使う事は許されません。まぁ、実際は人それぞれですけどね。東方王宮にはウィル様がいらっしゃる為、エルフ族を身近な種族と考える人間が沢山居ます。スコットもその一人なだけです。
「何にしろ、どうにかする方法を考えないといけませんね」
 何時までもこのままには出来ませんから。
「森の中で見つけられたんですよね? 捨て子って可能性は低いんじゃないんですか?」
 確かに、エリザの言う通りです。薔薇園の向こうの森は王宮の敷地内ですから、子どもを捨てるにはかなり不便です。――尤も、この子どもの父親がウィル様だと言うのなら少しは納得しますが、そんな事は在り得ませんし、もし仮にあったとしてもウィル様にしては余りにも無計画過ぎる気がします。そもそも、エルフは同族を見捨てたりしませんから、捨て子の可能性そのものが否定されるんですけどね。
「じゃあ、やっぱり迷子かな」
「捨て子説と同じ理由でダメだろ」
「……外門と内門でチェックされるから子どもは城に入れない」
 アデリアの意見を否定するスコット。それに付け加えるエイジアン。彼等の意見にも同感です。
「エルフの子どもだからね。仕方無いよ」
 部屋の隅で椅子に座っていたウィル様がようやく口を開かれました。
 仕方無いとは、一体どんな意味なんでしょうか?
「どういう事です?」
 首を傾げる皆を代表して、一同の胸中を代弁する私。
「誤解している人が多いけれど、現存するエルフ族は妖精ではなく妖精亜種族。簡単に言えば、人間と妖精との中間に当たる。けれど生まれて間もない頃は妖精に近いんだ。だから身体を構成している分子が簡単に壊れるし、同時に簡単に再構成出来る。――妖精だからね」
「どういうこと?」
「さぁ」
 首を傾げるエリザとアデリアの隣で悩む私。
 体を構成する分子。体。肉体。分子。それが壊れて再構築? それってつまり――ん?
「瞬間移動するってことー?」
「正解だよ、ハロルド。――子どものエルフは、強烈な刺激を体験すると拒否反応としてさっきの静電気みたいなものと、もう一つ、その場から逃げてしまったりするんだ。多分この子は、その嫌な処から逃げて、あの森に現われたんだと思うよ。あの辺りは人工森とは云え、自然の気が十分にあるからね」
「はぁ……」
 話しが凄すぎて溜め息しか出てきません。
 流石、エルフ族。スケールが大きいです。
「……この子がどうやって東方王宮に来たにしろ、この子の両親必死に探してると思う」
 エイジアンのいう事も尤もです。
 それに、一番の問題もそこです。
「何とかこの子のご両親を探し出す方法は無いんですか?」
 心配そうにコレット。
 うーむ。そうですね……。
「感応能力で大体の位置は把握していると思うよ。ただ正確には分からないから、この子がここに居る事を大々的に告知してみてはどうかな?」
「町に触れを出すんですね!」
 ウィル様の言葉の意図に気付いた事が嬉しいらしく、はしゃいだ声を上げるスコット。そんなに喜ばなくても……。しかし確かにそれが一番効果的でしょう。
「分かりました。では、マクラレーン様に御報告を申し上げてきます。カトラス、その間にお触れの準備をしておいて下さい。スコットとエリザとアデリアはその手伝いを。エイジアンは、東方王宮の近辺にエルフが居ないか調べて。ハロルドはお触れを見て情報を提供してくれる人達用に窓口を作って下さい。コレットは……もう暫くそのままでも大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。それよりも、一刻も早くこの子のご両親を探し出してあげて下さい」
「――全力を尽くしますよ」
 でないと、このままじゃおちおち仕事もしていられませんからね。
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