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1.2.

1. 「早朝の散策」


 がたん。
 物音に目を覚まします。
 うぅ……。お早う御座います。芙蓉です。朝早くからご苦労様です。
 不審な物音ですが、不穏な気配は感じず、ゆっくりとベッドから上半身を起こします。伸びをして、大きな欠伸を一つ。涙で視界が弛みますが、見えない事はありません。部屋を見渡すと、隣の部屋とこちらの部屋を繋ぐ扉が開かれていました。その直ぐ傍には大男が一人。ディです。まぁ、当然かな。私の私室は三つの続き部屋で、開いた扉の向こうは彼の部屋ですから、不審者が犯人でないとすれば心当たりはディしか居ません。
「どしたの?」
 眠い目を擦りつつ、訊ねます。
 普段通りに聞いたつもりだったのですが、ディは小さく身震いし、小動物の様に怯えた目でこちらを見ました。
「…………?」
 様子が変です。
 ベッドから這い出て彼に近付く私。
「ディ?」
 少し俯いて上目遣いに私を見る彼。……何だかレオン王子を彷彿させる上目遣いです。こんな子どもらしい仕草を見ると、外見は私と変わらないくらいでも未だ子どもなんだなぁと自覚させられます。ドラゴン族である彼は実年齢は遥かに私よりも年上ですし、身長は明らかに私を凌いでいます。外見は私と変わらない位の年齢ですから普段はそんな風に思ったりしないんですけどね。
「どうしたの?」
 今度はもっと優しく聞いてみました。
 頷く彼。
 ――言葉以外の感じる何かで伝わってくる彼の声は、今日はとても複雑で分かり辛いです。取り合えず、何処かに行こうとしているのは伝わりました。しかしその理由は分かりません。
 どうしようかと悩んでいると、コンコン、と廊下に通じるドアがノックされました。
 ……誰でしょう? こんな朝早くから……。
 まさか、カトラスだったりしませんよね? こんな早くから仕事だなんて御免ですよ?
 ややビクビクしながら扉を開けます。しかしそこに居たのは予想に反してとても小さい人でした。
「ウィル様?」
「やあ、芙蓉」
 訪問者がにっこりと何時も通りの笑顔で答えます。
 エルフ族のウィル様は、ディと同じく外見と実年齢が合っていません。こんな幼い姿をしていらっしゃいますが、実際には五百年以上生きていらっしゃいます。優れた感応能力をお持ちの所為で普段は内城の奥にある石回廊のお部屋に籠もっておいでなのですが、一体どんな御用でここまでいらっしゃったのでしょうか?
「何か御用ですか?」
「うん」
 頷き、許可していないのに室内へと入られるウィル様。……ま、別にいいんですけどね。見られて困る物も無いし。
 彼は一通り室内を見渡し、最後にディに視線を止めました。
「君は気付いたんだね」
 オドオドした様子で頷くディ。
 ……一体全体何の話ですか?
「あの?」
「うん」
 …………。
 うん、じゃ、解らないのですが。
「出来れば普通の人間にも解る言葉で説明して頂けませんか?」
 ドラゴンとエルフばかり解り合っていないで、私も混ぜて下さい。
「ああ、御免。――つまり、城の中に妙な気配を感じてね。余りにも奇妙だったから、珍しく自分から調べる気になったんだ。そう遠くないようだしね。……で、君が居た方が何かと都合が良さそうだったので、こうして赴いてみたんだ」
 それはわざわざご苦労様です。
 しかし、石回廊から滅多に出て来られぬウィル様を呼び出した妙な気配とは一体……?
「気になる?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、行こうか」
「何処へです?」
 ウィル様はゆっくりと瞼を閉じ、再び開きます。何かを見ているようで見ていない瞳。遠い所へ向けられた視線の先に映るのは、エルフか、あるいはウィル様にしか見えないものなのでしょう。人間の子どもと然程変わらぬお姿で、彼は時々深い何かを秘めた目をされます。そんな時私は、彼がエルフ族である事を深く自覚するのです。
「――城の中ではないよ。外だ。ここから少し距離がある。……東の森……薔薇園の向こうの」
「――往きましょう」
 時刻は早朝。未だ未だ夜の静けさと寒さが残る時間帯でした。
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1.2.

2. 「静かなる森の訪問者」


 私室を出た私達三人は、未だ眠っている人達を起こさないように忍び足で廊下を進みました。途中、夜回りの警備兵と数人のメイドと擦れ違います。そしてその度に、私達はサーカスでも見るような眼つきで見られました。まぁ、仕方無いですけどね。大きいのと小さいのと中位のとが連れ立って歩けば否が応でも目立っちゃいますから。
 建物を出て直ぐ東へと向かいます。目的地は薔薇園の向こう側。カトラスが休憩に使っているあの薔薇園です。ここからだとそう遠くはありませんが、何せ未だ太陽が昇っておらず、暗くて足元が覚束なくて、思っていたよりも手間取ってしまいました。
 薔薇園に到着すると同時に太陽が昇ります。新しい朝が来てしまいました。
 森の向こう側から顔を覗かせる太陽。朝露を反射させる葉っぱ達。澄んだ空気の中に薔薇の香りが漂っています。
「優雅な朝ですね」
 薔薇の香りに包まれて太陽を拝むなんて。
 場を少し茶化しますが、答えは得られませんでした。
「目的地は近い。――あっちだ」
 ウィル様が指し示す方向を目指して森へと入って行きました。
 薔薇園の更に東にある森は人の手が入った森です。専門の職人の手によって定期的に植林が行われ、十年、二十年後の森の姿を想定し、様々な種類の木が植えられています。小動物も居ますし、虫も居ます。時々、誰かが散歩していると聞きます。つまり何の危険もありません。城から遠く離れた場所にある狩猟用の森ならば多少の警戒が必要ですが、ここではその心配も無く、私達は躊躇わずにどんどん奥へと踏み込んで行きました。森とは言っても大きくは在りませんし――小さくも無いですが――遭難の心配も在りませんでしたしね。
 しかし、行けども行けどもそれらしき人物は見当たりません。……ウィル様の仰り様から想像するに、人で無い可能性も大いにあります。念の為、人以外の物にも注意を払いますが、やはり同様に見つける事は出来ませんでした。
 こうなると、奥へ奥へと進む度に不安が大きくなります。ウィル様が心配される様なものが本当にあるのかな? って、何度も疑いました。しかし真剣に何かを探すディとウィル様を見ていると、それを口に出す事も憚られてしまって……。
 気が付けばそれなりに高くなった太陽が私達を見下ろしています。高く聳える城を振り返ると、人の動きがちらほら確認出来ました。もう、完全に朝です。仕事も始まりますし、そろそろ戻らないといけません。カトラスに怒られてしまいます。
「ウィル様、そろそろ……」
「しっ」
 唇に人差し指を押し当てて私を制止するウィル様。
 今度は何なんですか?
「――声だ」
「え?」
「声が聞える……」
 耳を澄まして声とやらを探ります。しかし私には何も聞えません。それは私が耳が悪いからではなく単に普通の人間である事が原因の様で、エルフとドラゴンの二人は声とやらを聞きつけ突然揃って同じ方向に駆け出しました。
 その後を追って走る私。
 二人の耳がピクピク動いているのが気になります。兎みたいでちょっと可愛い……なんて。――笑っている場合じゃありませんね。済みません。胸中で軽く合掌させて頂きました。
 少し走ると、ようやく私にも声とやらが聞えてきました。
 ……ン。アーン……。
「え……?」
 子どもの泣き声……?
 首を傾げていると、突然前の二人が走るのを止めます。
「わぷっ」
 ブレーキが間に合わず、ディの背中に鼻をぶつける私。……痛い。
 鼻を擦りながら、二人の向こう側の様子を窺います。
 そこは、少し拓けた場所になっていました。天上から陽の光が差し込み、その中でも取り分け一箇所だけに光が集中しています。丁度、石回廊のウィル様のお部屋みたいに。
 そしてその中央に、小さな子どもが居ました。――子ども、と言うより、赤ん坊と呼ぶに相応しい小さな子どもが。
「子ども……!?」
 まさかこんな森の奥に子どもが居るなんて思いもしなかった私は、大きな声を上げました。それに吃驚した赤ん坊が、泣き声を更に張り上げます。
 う……。正直、ちょっと五月蝿いです。
 放って置くわけにもいかず、兎に角、宥めるなりあやすなりしようと近付く私達。恐る恐る赤ん坊を取り囲み、手を伸ばし――
 バヂッ。
()っ」
 手を引っ込めました。
 今、確かに、私の手を静電気の様なものが走りきました。目に見えない何かが、まるで触るなと言わんばかりに激しく私を拒否します。
 ――普通の子どもではありません。
 赤ん坊を嘗め回すように観察し、私はある特徴を発見しました。
「エルフ……」
「うん」
 隣で鷹揚に頷き、
「しかも、普通のエルフの子どもじゃない」
 付け加えるウィル様。そのお顔はやや引き攣っておられます。
 その御意見には賛成です。人を攻撃するエルフの子どもだなんて聞いた事も見た事もありません。エルフの迷子が城内に迷い込んだって事だけでも一大事なのに、これは……。
「ディ、城に戻ってコレットを呼んで来て下さい」
 首を傾げるディ。
「早く」
 しかし私に急かされ、彼は森の向こうへと消えて行きました。
「コレット?」
「侍女です。ディが懐いています」
 その言葉で私の意図を理解したウィル様は、成る程、と呟きました。
「ドラゴンが懐くなんて只者じゃないね、その子」
 その台詞に心中穏やかでいられない私。
「……やっぱり気付いていらしたんですね」
 ディがドラゴン族である事は、コレットとカトラスと私しか知りません。ウィル様には一度もそんな話しはしませんでした。
「芙蓉、僕はエルフだよ」
 今度は私が頷く番です。確かにエルフ族ならば、その優れた感応能力でディの裡に眠るものを感じ取り、ディがドラゴンである事に気付く事も可能でしょう。もしかしたらそうかもしれないと想定もしていました。ただ、気になる事が一つあります。
「マクラレーン様はその事を?」
「知らないよ。話していない。幾ら僕がマクラレーンの参謀とは云え、一個人の秘密を話してしまう程無粋じゃないよ」
「……有難う御座います」
 安心しました。何れマクラレーン様にも御話しするつもりではいますが、私は未だそんな時期では無いと考えます。もう少し、ディには人間界を堪能して貰いたいんです。そして、考えて欲しい。人間について。そして、自分がそれ以外の存在であると云う事について。それまではせめて、彼の周囲は波風立たぬようにしてあげたい。一種の親心ですね。
「兎に角、今は彼がその侍女を連れて来るのを待とう。このままここに放って置くわけにもいかないだろうしね」
「同感です」
 頷き、私達は二人の到着を待ちました。
1.2.
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