INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第08話next
1.

1. 「宮廷舞踏会」


 東方王マクラレーン様の唯一の御子息レオン様。彼の最近のお気に入りは、寝る前に東方王宮総取締役の寝物語を聞く事。――つまり私の事です。
 ここ最近は毎晩の様にお部屋を訪れて御話しを聞かせて差し上げています。毎晩、毎晩、違う物語。まるでアラビアン・ナイトの王妃になった気分。殺されてしまうからと必死になって物語を王に聞かせていたアラビアン・ナイトの王妃と、仕事でクタクタの私を強引に呼び寄せるパワフルな王子に呆れる私とでは、立場も心意気も違い、物語を聞かせる態度に至っては大幅に違っているでしょうけどね。
「ねぇ、ふよー」
「はい?」
 欠伸を噛み締めて返事をします。
 ベッドに潜り込んだ王子が上目遣いに私を見ていました。
「ふよーは、大きくなったらなにになりたい?」
「…………」
 今でも十分大きいつもりですが……。いえ、勿論身長の事ではありません。身長が無い事はしっかり自覚しているつもりですし。
 王子の言う「大きく」とはつまり、大人になったらって事ですよね? しかし今現在の私は十分に大人と言える年齢です。それに精神年齢(なかみ)が伴っているかどうかはさて置き、実年齢は確かに大人。残念ながら、王子の期待通りの答えは出来そうにありません。
 だったら「大人になったら」ではなく、「これから将来」で考えてみてはどうでしょう。
 …………。
 何も思い浮かばなくて、三秒で挫折しました。
 だったら幼い頃はどうだったか。小さかった頃の将来の夢は?
 …………。
 そういえば私、夢の無い子どもでした……。大人達に将来の夢を尋ねられ、何も思い浮かばなくて、ごくごく在り来たりな職業を適当に言ってましたっけ。何も無い、望んでもその通りになるわけがないと答えるより、希望に溢れた笑顔で夢を持つ子どものフリをした方がその場が丸く収まりましたし。……って、私って本当に可愛げの無い子どもだったんですね……。はは。
 いよいよ返答に行き詰ってしまったので、仕方なく私はその質問をそっくりそのまま王子にお返ししました。
「レオン様は、大きくなったら何をされるんですか?」
 王子は待っていましたとばかりに目を輝かせてベッドから上半身を起こしました。
「あのね」
「寝て下さい」
 間髪入れず、王子の体を倒します。
 早く寝て下さらないと、未だ仕事が残っているんですよね。
 王子は大人しく私の言葉に従い、再びベッドに横になりました。それから掛け布団を顔の半分まで被り、さっきと同じ様な上目遣いでこちらを見ます。
「……あのね」
「はい」
「僕、大きくなったらマスターになるんだ」
「―――…」
 かける言葉が出てきませんでした。
 王子は長男ですが、嫡男ではありません。御側室オーレリア様とのお子様です。御正室レイチェル様には三人のご令嬢が()り、今は未だ表立った騒ぎが無くとも、この相関図は近い将来お家騒動が勃発する火種と考えられています。ですから、レオン様がお父上の跡を継ぎイーストフィールドマスターになる為には、それなりの覚悟が必要になります。覚悟せずとも周囲に祭り上げられてしまう可能性も否定出来ませんが、どちらにしろ、その道は確実に荊の道となるでしょう。
 しかし幼い王子はその事を理解していません。大人の複雑な事情を純粋な子どもに暴露してしまうほど腐った大人でも無かった私は、静かに彼の熱弁に耳を傾けました。
「マスターになって、とーさまみたいに舞踏会を開くんだ」
「舞踏会ですか」
 それは大変そうですね。
 舞踏会、晩餐会、その他諸々、その前準備をするのは東方王宮総取締役とその補佐官、そして取締室の面々です。そして実際に準備をするのはメイドや料理人を始めとした東方王宮に勤める多くの人間です。舞踏会を開いても構いませんが、良ければ彼らも考慮して頂きたいですね。
「でも、ふつうの舞踏会じゃなだめなんだ。みんな居なきゃ」
「? 皆?」
「とーさまもかーさまも、それから、おうひさまも、ふよーもだよ」
 私もですか。
「それは光栄ですね」
「それから、うぃるさまも」
「ウィル様も……ですか?
 失礼ですが、それは難しいのではないでしょうか。エルフ族であるウィル様は、感応能力に大変優れていらっしゃる為、内城の奥にある石回廊の自室から滅多に出て来られません。ましてや舞踏会だなんて、ウィル様にはとても難しい場所でしょう。
 しかし王子は目を輝かせたまま続けられました。
「そうだよ! みんな居ないとだめなの」
「はぁ……」
「みんな居なきゃ、ほんものの舞踏会にはならないんだもん」
 ……本物の、舞踏会……。
「だからみんなが集まるんだ。いつかとーさまが開いてくれるって。だから僕も、大きくなったらとーさまみたいにほんものの舞踏会をするんだ」
「――…素敵な夢ですね」
「うん!」
 林檎の様に頬を染め、屈託無く笑うレオン様の笑顔は、東方王宮ばかりではなくイーストフィールド全体を照らす光の様に思えました。
1.
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第08話next