INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第07話next
1.2.

1. 「始まりの鐘」


 街中の鐘が鳴らされていました。
 祝いの鐘は、澄んだ空によく響きます。
 舞い散る色取り取りの花。笑い声。笑顔。溢れる幸せが、ついでに私も幸せにしてくれそうで、ちょっと笑ってみたりしました。
 芙蓉です。今日は。今日は王宮ではなく挙式会場からお送りしてます。
 花婿と花嫁が教会から出て来、歓声が上がります。おめでとう、おめでとうと、あちこちで聞える幸せコール。花婿は照れくさそうに。花嫁は嬉しそうに笑顔を零します。
 純白のウェディングドレスがとても似合っています。手元のブーケが華やかさを彩り、長いヴェールを引くその姿は何とも色っぽく。――本当に奇麗ですよ、アイリーン様。
 お父上であられるマクラレーン様は少し涙ぐんでおられます。右隣には、アイリーン様の御生母及び東方王妃であられるレイチェル様が母親の顔をして微笑んでいらっしゃいます。その反対側には、少し控えめに御側室のオーレリア様が幼いレオン王子を抱っこして参列されておられました。何とも幸せな家族の図ですね。
 教会の前に集まった参列者は、全てが王宮関係者です。無論、全員参列はとても難しいので(何と言っても、王宮関係者は二千人から三千人を数えますから)、上席調印議員を始めとする政治的背景の強い方々、それからアイリーン様個人的に親しくお付き合いさせて頂いている人物を厳選して参列者としました。
 皆、心からアイリーン様の御結婚を祝っています。――ある一画を除いて。
「振られた女は~♪」
「次の日、結婚~♪」
「幸せになれと~♪」
「願うしかない~♪」
「はー、こりゃこりゃ♪」
「歌うな!」
 アデリア、エリザ、スコット、ハロルドの順で歌い、最後にエイジアンが合いの手を入れます。そこにツッコミを入れるファング。相変わらずツッコミが上手ですね。やっぱり転職を勧めますって。
 しかし確かに、そんな歌を当人の横で歌うなんて凄いですね。不意打ち? いえ、追い討ちですか。我が部下ながら、ファングを苛めるのが――いえいえ。慰めるのが上手です。ま、下手に言葉を掛けるよりも効果的だと思いますよ。
「残念ですね、ファング」
 声を掛けると、
「俺の事は放って置いてくれ……」
 疲れた声が返ってきました。
 そんなに遠慮なさらなくても良いんですよ。うふふ。
「慰めて欲しいですか?」
「要らねー」
 きっぱりと言い返されてしまいました。
「遠慮しなくても良いのに……」
 どーんと任せて下さい。
「誰でも遠慮するだろ」
 何がどーんだ。
「大丈夫ですよ。手取り足取り慰めます」
 だからどーんと。
「…………」
 無言で私の全身を値踏みするファング。
「……はっ」
 カチン!
「いい度胸してますね」
 両手を、お皿を持っているように上げて、鼻で笑い飛ばすなんて!
「お前が相手じゃ禿鷹も裸足で逃げ出すって!」
「何を言うんですか。これでも昔はプレイガールの異名を――」
「…………」
 その場が一気に冷たくなります。ファングだけではありません。エリザもアデリアもスコットもハロルドもエイジアンも、みーんな私を見ています。皆さん、酷いですよ。
「――まぁ、何時かこうなるんじゃないかとは思っていましたけどね」
 はぁ、と溜め息をつきました。
 最後に、真面目な話だけど、と付け加えます。
「……それは俺達の事か?」
「はい」
「分かっていたのなら、何であんな事をしたんだ?」
 花嫁・花婿修行の事ですね。
「あの時の二人にとって大切な事でしたし、例え別れたとしても、後の人生の肥やしにはなりますし」
 必要ならば、早い内から学んでおいて損はありませんから。
「……あ。もしかして、別れた原因はそれですか?」
「――いや」
 低く唸るファング。
「でも少しはあるかもな。あの後、焦んなくてもいいんだって思うようになったら、急にお互いの事が見え出したっつか……。あぁ、こういう奴なんだ、こういう奴だったんだなってさ。なーんか、それをじっくり観察してたら、段々女じゃなくなってきて……」
「妹みたいにしか思えなくなってきた、と」
「まぁ、そんな感じか。……別れ話を切り出したのはどっちからってワケじゃないし、あいつの何処が悪かったとか、そういう話でもないし。ま、潮時だったんだろうなぁ……」
 遠い目をします。その視線の先には、純白のドレスに身を包んで笑顔を称えるアイリーン様の姿が。その隣には、花婿もいらっしゃいます。
「正直このスピード結婚には戸惑っているけどな」
 それは世のどんな男性でもそうだと思いますよ。先程の取締室のメンバー(トリしまりーズとでも命名しましょうか?)が歌っていた通り、複雑な心境で幸せを願うしかありませんからね。
 私達はしみじみと結婚式を眺めました。
「あ! 芙蓉様、大変です! 花嫁がブーケを投げますよ!」
「それは大変ね! 行かなくっちゃ!」
 気合を入れてアデリアとエリザ。
 ブーケ、ですか。
「芙蓉様、早く!」
「あー、私は遠慮しておきます。あ、取りたいのであれば最前列に並んだ方が良いですよ。あれ、案外遠くまで飛びませんから」
 走り去る二人にアドバイスを送ります。
 階段の上に立つ花嫁のブーケを目標に、階段の下に続々集まる未婚女性達。アデリアとエリザは私の忠告通り最前列に並びました。
「本当に並ばなくていいんですか?」
「世の女性全てに結婚願望があるとは限りませんよ、スコット」
「……じゃあ、結婚したいと思っていない、と?」
 エイジアンの言葉には、少し意味あり気な薄笑いで答えました。
「貴方達は、私が良き妻・良き母になれると思っているんですか? ――人間には向き・不向きがあるんです。それを弁えるべきです。尤も、それを弁えておきながら結婚したいと思うような相手が現われれば別ですけどね」
「成る程」
 三人は声を揃えます。
 ブーケは、アデリアとエリザの隣に居た私の知らない女性の手元に落ち着きました。
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第07話next
1.2.

2. 「円満の秘訣.」


 順々に参列者に挨拶をしていたアイリーン様御夫妻が、最後尾のこちらへやって来られたのは随分時間が経ってからでした。最初にトリしまりーズに挨拶をし、ファングへと移ります。
「元気?」
「……ああ」
 ぎこちないですねー。見ているこっちがハラハラさせられます。先に挨拶を終えたトリしまりーズも心配そうにこちらを見ています。その他にも二人を見ている人が大勢居ます。物見たさ、好奇心、色々ですね。
 大勢の注目が気恥ずかしいのか、二人は暫く黙ったままでした。
「……じゃあ」
「……ああ」
 って! それだけですか!
 周りから一斉にブーイング発生です。
 しかし二人の微妙な立場を考えれば文句も言えません。二人は離れ離れになり、やがて私に順番が巡ってきました。
「――芙蓉」
 アイリーン様が名前を呼び、私は丁寧に腰を折って頭を下げました。ゆっくりとアイリーン様と向かい合い、口許に笑みを浮かべます。
「あなたには、本当にお世話になりましたね」
 お世話、ですか。
 私は胸中で苦笑しました。確かに今回の急な結婚には正直戸惑いましたし、大変でした。
 アイリーン様のお相手は、近隣国の王子様。ですから下手な結婚式は出来ません。先方の国でも結婚式をやると言うので(王族は大変です)、それに負けないようにと要請されましたからね。議員方の虚栄心、王族のプライドには慣れてきたつもりでも、時々疲れてしまう事があります。
 例によって、取締室は上へ下への大繁忙。
 会場の準備から始まり、招待客の選別、招待状の手配、ウェルカムボードの製作、花、料理、音楽、食器の数合わせ、花嫁、花婿の衣装合わせ、お色直し用のドレスの準備、それに見合った人手の手配。
 それだけではありません。他国に嫁がれるのですからそれの準備も必要です。あちらへ連れて行かれる侍女の厳選、衣装や身の回りの品の準備、嫁がれる際の護衛隊の手配の為マグワイヤ将軍とも何度も会議をしたり、持って行く日常品のチェックをマクラレーン様にして頂いたり。特にアイリーン様の御衣装や日用品に関しては厳しい確認が何度も行われました。何せ国の威信と威厳が掛かっていますから……。駄目出しをされた物は新しく見栄えが良い物を購入せねばなりません。会計士さんからお金掛け過ぎって怒られちゃいました。とほほ……。それはマクラレーン様に直接言って下さい。
 その間、私もさることながらカトラスの忙しさも半端ではありませんでした。睡眠時間は毎日数時間。二人共、欠伸を噛み締めながら仕事をしていましたので、実際に当日がやって来、こうして恙無(つつがな)く執り行われる様子を見ていると、安心と同時に眠気を覚えてしまいます。しかしここで眠くなるわけには行きません。挙式は未だ続いていますし、この後王宮で披露宴も開かれますからね。
 それにしても、心なしかアイリーン様の口調が穏やかです。雰囲気も何処か柔らかくなりました。あの頃は未だ子どもっぽさが抜け切れずにいた表情も少し大人びられた様な気がします。
 男でも女でも、恋をすると何かしら性格に変化が現われますが、アイリーン様の場合は良い方向に作用しているみたいでほっとしました。お母上のレイチェル様より、義理の母上に当たられるオーレリア様に似てしまわれたのは、何だか皮肉めいている気もしますが。
「この様な仕儀に相成り、東方王宮総取締役としてまた東方王宮職員を代表致しまして誠に御慶び申し上げます。お二方に置かれましては末永くお幸せに在られます様、そして両家益々の御発展と御多幸をお祈り申し上げます」
 先程の挨拶よりも更に深く頭を下げました。
「そうしていると総取締役っぽいわね」
 笑われます。
 ……何も笑わなくても……。
「私は何時でもそうあるつもりなんですけどね」
 まあ、時々サボっていますけど。そこは素直に認めさせてもらいますよ。
「そうね。きっとこれからも良い総取締役だと思うわ」
「…………」
 そうですね。
 声にはせず、胸中で呟きました。
「そうだ! ねえ、わたくし、あなたにどうしても聞いておきたい事があったの」
「? 何ですか?」
「夫婦円満の秘訣! どうやったら、お父様とお母様の様に末永く一緒に居る事が出来るのかしら?」
 …………。え、えーっと……。アイリーン様のお父様とお母様――つまりマクラレーン様とレイチェル様ですが、実は決して円満とは呼べないと思うのですが……。御側室のオーレリア様の件で微妙と言いますか、複雑と言いますか。仲は悪く無いですけど、良いとも言えないと思います。
 でも、そうですね。夫婦円満の秘訣、ですか。
「簡単ですよ」
 にっこりと笑いました。
「夫を尻に敷く事です」
 ぴしっ。
 その場に居た男性陣が固まります。アイリーン様は目から鱗が落ちたような表情をなさっておいでですし、レイチェル様に至っては、手をぽんと打って「成る程」と納得されていらっしゃいました。そのお隣のマクラレーン様、レイチェル様の呟きを聞いて見る見る顔を青くされていきます。
 あっはっは。
 いやはや、今日もイーストフィールドは良い天気ですね。
1.2.
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第07話next