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1.2.3.

1. 「陽の当たる静かな場所で 1.」


 総取締役の仕事は、大体三種類に分類されます。一つは通常行事。東方王宮で毎年開催される催し物がこれに当たります。領主総会や王宮が主催するお祭りがこれに該当します。それから一つは、書類や文面あるいは口頭であれをして欲しいこれをして欲しいと頼まれる事。これは大抵上司――つまりマクラレーン様や個人的なお付き合いの中で頼まれる事が多いです。最後に通常業務。侍女頭さんや侍従長さんなど統括責任者が作成する業務日報に目を通したり、業務報告書に記載された内容をチェックして希望要望を聞いたりします。この場合、先ずトリしまりーズの元へ書類が渡り、チェックを入れて通常とは違った内容があれば室長のカトラスに報告をします。そしてカトラスでも手に負えない場合、私の元に回されるのです。
 私が探しているのはその通常業務の書類です。手直ししたいからと言われたので取締室総出で探しているのですが見付かりません。カトラスの机の中はきっちり分類され見易くなっているのですが、それでも見付かりません。
「おっかしいなぁ~。確かにカトラスに渡したんですよね?」
 再三の問いに頷くエリザ。
「はい……確かに」
 だったらこの中に入っていると思うのですが、さっぱり分かりません。
 ――仕方無いですね。
 書類を取りに来た人に、後で誰かに届けさせますと告げ、机の中を捜索するのを諦めました。
「エリザ、ちょっとカトラスを捜して来るので後を頼みます」
 カトラスは今、お昼休み中です。捜せばその辺に居るでしょう。直ぐに見付かるだろうと思って総取締室を後にします。
 しかしそれが甘かった。
 あちこちを捜しますが、中々見付かりません。食堂にも居ません。私室に行くと、侍女がさっきまでここで食事をしていたと教えてくれました。そして食事の後はいつも何処かに行ってしまうって。その何処かとは何処なのか聞いてみましたが、案の定知らない様子。私は尋問を止め追撃を開始しました。
 食事の後、行く所と言えばある程度決まっています。後は、カトラスの性格を鑑みてカトラスらしい場所を選べばいい。
 先ずは中庭からですね。

 ――今日は。芙蓉です。
 カトラス大捜索網、いよいよ大詰めですよ。
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2. 「陽の当たる静かな場所で 2.」


 東方王宮には大小合わせて様々な庭があります。一番大きなメインガーデンは、先日ディとコレットが種を植えた所。後、外城から内城へと向かう途中の通路の両脇にもありますし、外城入り口付近も手入れされています。中でも一番静かなのは外城から少し歩いた所にある薔薇園です。距離があるので近付く人は余り居ませんし、建物から離れているので城の喧騒も届きません。
 もしかしたらと思いそちらにも足を運んで見ると――居ました。カトラスです。薔薇園の中心にある東屋に用意された長椅子に体を横たえて眠っています。
 やっぱり、お昼ご飯の後はお昼寝ですよね。当然、眼鏡も外しています。……眼鏡を外したカトラスって、初めて見るかも……。
 しかし生憎今日はゆっくり休ませてあげる事が出来ません。カトラスが寝起き悪かったらどうしよう、怒られるのかな、と少々不安を感じながらも彼を起こします。が。
「カトラス? ――カトラス、起きて下さい」
 軽く揺すって見ます。しかし反応は無し。……よっぽど疲れているのかな。
「カトラス。カトラスってば」
 先程よりも強く肩を叩きます。しかし相変わらず無反応。
「ちょっと~、起きて下さいってば~」
 両肩を掴んで激しく揺さぶります。――と。
「うわわわっ」
 強く揺さぶり過ぎたらしく、上半身がぐらっと揺れて長椅子から地面に倒れ込むカトラス。
 危ないと思って支えてみるものの、
「重い……」
 もしかしてカトラスって、着痩せするタイプですか? 滅茶苦茶重いですっ。腕力にはそれなりに自信がありますが、彼の重さはそれ以上でした。じわじわと私も地面に倒れ込みます。
 どさっ。
 ……あーあ……。せっかく新調した服が……。後でカトラスにクリーニング代を請求しましょう。――って、今はそんな問題じゃありませんね。
「カトラス? カートーラースー!」
「…………」
 駄目です。まったく反応無しです。
「……よっぽど疲れているんですね……」
 胸元に落ちて来た彼の顔を覗きながら、そっとその頭を撫でました。
 不甲斐ない総取締役のお守りはさぞかし大変でしょう。……迷惑掛けてる私が言うのも何ですけどね。
 私は何とか彼の下から這い出て、彼が寝ていた長椅子の足に背中を預けました。カトラスの頭は私の膝の上に。……特別サービスって事で。
 薔薇園はとても静かで、鳥の泣き声、木のざわめきしか聞えてきません。
 私はそれに聞き入りながら、静かに、カトラスの目覚めを待ちました。
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3. 「陽の当たる静かな場所で 3.」


「……何事ですか、これは……」
 ん……?
「あー……お早う御座います、カトラス。ふあぁ~」
 大きく伸びをする私。
 待つのが退屈で、何時の間にか寝てしまったみたいです。
 眠い目を擦って、呆然とする彼にこれまでの経緯を簡単に説明しました。話し終えると、苦虫を噛み潰した様に渋面されます。……何か拙い事、言いました?
「書類ならば先日お渡ししたでしょう」
「…………。私にですか?」
「そうですよ。間違いなく」
 冷たい声音。
 …………。そ、そうでしたっけ?
ん、もー。それならばそうと早く教えてくださいっ。……って、出来るわけないですね。とほほ。
「じゃあ、戻りましょう。きっと皆心配してると思います」
 帰りが遅くなってしまいましたしね。陽の高さから考えると、そう時間は経っていないと思いますが、きっと皆やきもきしてると思いますし。
 立ち上がったカトラスがパンパンと服の埃を払い、私も立ち上がります。立ち――立ち――…。
 ひきっ。
「……何をしていらっしゃるんですか」
 ぎくっ。
「あっ、え、いやっ、その……」
 だらだらだらと冷や汗が流れます。
 見詰めるカトラス。
 焦る私。
 ずっと黙り込んでいるわけにもいかず、私は意を決して話しました。
「その……ずっと同じ体勢で座っていたので、足が痺れちゃったみたいで……てへ」
 可愛く笑ってみましたが、カトラスには通用しませんでした。変わらない表情でじっと私を見ています。
 そんなに見ないで下さい。怖いですってば!
「……はー」
 長く思い溜め息が落ちてきます。それと一緒に、彼は私が持たれ掛かっている長椅子に腰掛けました。
「待ちますよ」
「……すみません」
 色々と迷惑を掛けてしまって。
 カトラスの前だと、空回りしてばかりですね、私。
 早く痺れが取れるように、ぱんぱんと足を叩きながら周囲を眺めます。
 様々な色を称える薔薇。青い空。流れる風と、囁く木の葉。鳥の鳴き声。静かで、ゆったりした時間。とても穏やかな気持ちになります。決して良い事ばかりでない王宮での生活の嫌な部分を忘れてしまえそうな雰囲気です。
「……貴女には、弱みを見せてばかりですね」
「え?」
 振り返る私。
 弱み、ですか?
「マクラレーン様の件といい、今回の事といい、不覚ですよ」
「はぁ……」
 私別に弱みだとか思っていませんけど?
 総取締役の地位に関しては、それはカトラスの弱みではなくマクラレーン様の悪巧みですからカトラスが気にする必要はありませんし、ご飯を食べた後眠くなるのは人間の生理現象であって、これもまた弱みではありません。カトラスは色々と気にしすぎなんですよ。「取締室室長はこうであってはなくてはならない」なんて思っていません? そう気張らず、もう少し肩の力を抜けば良いのに。……って、私がしっかりしていないから休めないのかもしれませんね。反省。
「もっと頑張ろうとしなくても良いと思いますよ。今の貴方で十分役立ってくれていますし」
「――貴女が今背負っているものを何れ私が背負うと考えると、居ても立ってもいられませんよ。どれ程の激務かと考えるだけで恐ろしくなってしまいます」
「そんな、恐れだなんて……。総取締役がどれ程の地位なのか、ゼロス様の頃から王宮に勤めている貴方の方がよっぽど知り尽くしているでしょう? そんな今更怖がる事はないと――」
「いいえ、違います」
 彼はきっぱりと言い放ち、彼は今にも泣き出しそうな顔を私に向けました。
「貴女程、総取締役に相応しい人間は居ない」
 ……初めて見る彼の顔に、私は圧倒されていました。
「貴女の跡を継げと言われても、困るだけです。私は貴女の様な総取締役には成れない。――私は私なりの総取締役をやればいいと思っても、何時も貴女の影がちらつくでしょう。そこから、抜け出せない」
「―――…」
「私は貴女以上の総取締役には成れません」
 きっぱりと断言され、私は苦笑しました。
「それは私にはどうにも出来ませんね。貴方が乗り越えなければならない事です。……でも、どう足掻いても、貴方は総取締役から逃げられません。だって――」
 苦笑を、自嘲の笑みに変えます。
「だって東方王宮は、貴方が総取締役に成る事を望んでいるんですから」
「…………」
「私が幾ら頑張っても駄目なんです。貴方じゃないと。……調印議員方は明ら様にそんな態度を崩しませんし、私を認めて下さっている方々も心の裡はそうです。隠そうとしても何となく分かってしまいます。――皆が、貴方を待っている」
「―――…」
「だから、そんな事言わないでもう少し頑張って下さい。……って、何か私、さっきと矛盾してますね」
 頑張るなとか頑張れとか、本当、自分にばかり都合が良くて、嫌になってしまいます。
 あははと照れ隠しして、私は勢い良く立ち上がりました。うん。足、もう大丈夫みたいです。
「さ、行きましょう」
 座るカトラスに手を伸ばして促します。
 彼は差し出した手をパン、と小気味良く叩き、自力で立ち上がりました。
「――はい」
 追い越し様に返事をし、私よりも先に前へと歩き出します。
 薔薇の中の日差しが少し眩しくて、私は目を細めました。
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