INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第05話next
1.

1. 「静かなる回廊の先」


「次は是非、恋物語が読みたいな」
「ごほっ」
 考えもしなかった要望に、飲んでいたお茶で咽てしまいました。
「……変かな?」
「いえ」
 変ではなく、とても意外だったものですから。
「近頃の王宮は、その話題で持ち切りだろう。――興味が涌いたんだ。夢中になるくらい心地良いものならば、僕も体験してみたいと思ってね」
 言われてみれば確かに最近その手の話題が多いですね。ファングもディも体験しています。カトラス……は、含まれるのでしょうか? 結局、ディオール議員の働き掛けでアイリーン様との御縁談は内密のまま流れてしまったみたいですし、話だけでも巻き込まれたと言っていいかも知れません。
「王宮内の秘め事も、ウィル様にとってはごく普通の噂話ですね」
 差し詰め、生きた盗聴器と云ったところでしょうか。
 この分だと、ディオール議員が揉み消したカトラスの縁談も、ディがドラゴン族である事実も知っていそうで怖いです。何処まで知られているのかを考えると怖いのだから、いっそのこと何処まで知っていて、何処を知らないのか聞いてみようかとも思いました。しかし、思った以上に聞き出す勇気が必要だったので止めました。
「僕だって知らない事もあるさ」
 肩を竦めます。
「秘密は、誰かに話せば胸の(つか)えが取れてすっきりするそうだけど、僕に言わせれば、誰かに言ってすっきりするような秘密は秘密じゃない。――もし本当にそれが秘密なら、秘密を言おうとすると言葉が出なくなる。心が停まって、真っ暗になる。そして、仄暗い炎が灯るんだ」
「光……って事ですか?」
 未来とか希望とかを象徴する?
「違うよ。心の中の暗闇に光は無い。深海の底に太陽の光は届かないだろう? それと同じだよ。――闇に灯る炎は道を指し示す(しるべ)ではなく、そこに秘密があると叫ぶ(しるべ)なんだ。その炎は時々大きくなって、秘密を忘れようとする宿主の心を食い荒らす。その炎に負けてしまう者もいれば、抱え込んだまま隠し通す者も居る。様々だよ」
「……怖いですね」
「そうだね。けれど多かれ少なかれ、誰もが持っているものだ。心の奥深い処にある。――深層心理、とでも呼ぶのかな? よく分からないけれど……僕は恐れるべきものではないと考える。その心も含めて、人は人たり得るのだから」
「興味深い話ですね」
 お茶を一口飲み込んで、カップをソーサーに戻しました。
「人が踏み込めない領域だから、余計にそう思うんでしょうけど」
 誰しも裡に心があります。無い様に思える人でも確かに在ります。けれど形が無いので調べる事が出来ません。自分の心なら覗き込む事が出来ますが、誰しも自分を完璧に客観的に見る事は不可能です。かと言って、他者の心を見る事はもっと不可能です。だからどんなに偉い学者さんでも、心の中だけは想像する事しか出来ない。
 けれどエルフであるウィル様は、独自の感性で僅かにそれに触れる事が出来ます。触れる瞬間は直感的に感じ取れるのでしょうが、それを言葉に変換するとウィル様の感性が混じるので、やや語弊が発生するのは仕方ありませんが、それでもどんな学者の言葉より正確に表現出来ているのでしょう。――人間でしかない私には心を読み取る力など当然無く、ウィル様が感じ表現なさった言葉が正しいのかどうかすらも判りませんが。


 ――こんにちは。芙蓉です。
 東方王宮の内城、更にその奥にある石回廊の部屋にて、ウィル様にお茶を御馳走になっています。
 町に繰り出す度に、お土産と称して一冊ずつ本をお渡ししていましたが、それがウィル様の知的好奇心を刺激したらしく、最近では侍女やメイドに本を持ってこさせ毎日読んでいるそうです。
 気が付けば山の様に本が積み重なり、家財道具の「か」の字も無かった部屋に本棚が投入される事になりました。
 私は相変わらずお土産を持って来、その倍のスピードで本棚が埋まっていきます。
 やがて、ささやかだがお土産のお礼代わりにお茶でもと、ウィル様のお部屋にとうとう茶器が置かれました。今、それを頂いています。なかなか美味しいですよ、これ。
「随分、部屋らしくなりましたね」
 部屋を見回して感想を洩らすと、
「今までの僕は多くの事に興味を持とうとしなかったからね」
 と苦笑されました。


「――話が逸れてしまったね」
「何のお話でしたっけ?」
「"恋物語が読みたい"」
「ああ……」
 そんな御話しでしたね。
 ウィル様と話していると、あちこちに話題が飛び火して、一番最初の話題は何だったのか忘れてしまう事が多々あります。仕事の話から世間話を始め、帰りが遅くなり、カトラスに怒られる……なんて事はしょっちゅう。それだけ私達は話が弾みます。差し詰め、お母さん方の井戸端会議か、女子高生のファミレス模様、ですね。ウィル様がお相手なら、日が昇ってから落ちるまで、延々お喋りし続けられるでしょう。
「お望みと在らば、今度のお土産にお持ちしますよ。――けれど、恋に興味がおありなら、物語を読まずに御自分で体験なさったら如何ですか?」
 少し茶化すように提案してみます。
 恋する気持ちは、恋した者にしか分からない部分もありますし、百の物語を読むより断然効果が得られます。まぁ、ウィル様の場合、お相手を見つけるのが少し大変かと思われますが、その気になれば……。
「そうだね、その内に」
 軽く流されてしまいました。
「絨毯の様に、敷き詰められた物語でも学ぶ事は出来るよ」
「――そうですか」
 御本人がそう仰られるなら、無理強いは出来ませんね。
「――君は?」
「は?」
「君の恋はどんなものなんだい?」
「…………。私の……ですか」
「そう。興味あるな。霧の様に闇が掛かった君の心の中の、神聖な部分――その答えがそこにあるかもしれない」
 神聖な。
 ――そういえば、初めてお会いした時にそんな事言われましたね。私の心の内は読み辛くて暗くて。けれど何故か、触れられない神聖なものが潜んでいると。
「……ただの買い被り過ぎだと思います」
 神聖な、だなんて、そんなものが私の中にあるとは考えられません。
「そうかな。……まあ、本人(きみ)がそう言うのであれば、無理にとは言わないけれどね。――でもきっと、心の秘密は抜きにしても、君の恋物語に興味があるのは僕だけじゃないと思うよ」
「? 例えばどなたがです?」
「取締室の皆や、ファングとか」
「確かにファングは好きそうですね」
 少し前の彼ならば賭けの対象にしたでしょう。
 取締室の部下達も、仕事の合間のお喋りの種にしていそうです。
「あと、マクラレーンもかな。ああ見えて時々、世話好きだから、もう少しすると君の縁談話を持ち込んで来るかも知れない」
「別にいいのに……」
 在り難迷惑です。
「それからキールも」
 は?
「そこで何故、キール様が出てくるんですか?」
「更にカトラスも要注意だね」
 はぁっ!?
「益々分からないのですが……」
「気付かない? 君らしくないね。――東方王宮総取締役の君が」
 最後に付け加えられた私の肩書き。それに、ピンと来るものがありました。
 政略結婚。――とは一味違いますが、それに近いでしょうね。地位を得る為に最も手っ取り早い方法です。
「ウィル様」
 溜め息をつきました。
「私にはその気がありませんし、少なくともカトラスは、結婚を利用して伸し上がろうとはしませんよ。キール様はどうかは知りませんし、二人とも野心を持っている事は認めますけどね」
「へえ、認めるんだ」
「欲を持たない人間は居ませんから」
 笑みを含んだ声に、私は至極真面目に返しました。
 すると何故かクスクスと笑い出すウィル様。……私、何か可笑しな事を言ったのでしょうか?
「君は面白いね」
「はぁ……」
 それは褒めて頂いているのでしょうか? 全くそんな風には聞えませんが。
「ゼロスは――彼は、僕のこんな所が嫌いだったそうだ。分かっているクセに、試すような物言いをして、それを見下ろして笑っているって」
 久し振りに聞くお名前です。ゼロス様。私の先輩であり、前任の東方王宮総取締役です。
 ゼロス様とウィル様は仲が悪いって以前にお伺いしましたが、そんな理由があったとは。……まあ、ゼロス様のお気持ちも理解出来ますね。時々ウィル様は底意地の悪い発言をなさられますから。
 でもそれは仕方ないと思います。人間を心の底から信用出来ないウィル様は、先ず人の心を試してその人がどんな人間か測る傾向があるので、仕様が無いなと諦めるしか無いんですよね。人の心に触れられるエルフ族であるが故に、人間は表と裏の顔があると、誰よりも御存知でいらっしゃいますから。
「それで良いと思いますよ。それはそれで、ウィル様らしいですからね」
「僕らしい……か」
 視線を少しずらし、独白されました。
「――では、私はそろそろ。またカトラスに怒られてしまいますから」
「ああ」
「次迄に良い本を探しておきますよ」
「楽しみにしているよ」
 笑顔を交わして、私はウィル様のお部屋を後にしました。
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