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1. 「彼と彼女と 1.」


「…………」
 奇妙な光景を見かけてしまいました。

 こんにちは。芙蓉です。
 龍神の恵みが途絶えて久しいこの頃。連日晴れマークが続いています。やっぱりお天気って良いですよね。洗濯物も乾きますし、外で遊べますし。気分も晴れ晴れとして伸びやかです。心成しか仕事も捗っている様な……。
「ここが間違っているので訂正をお願いします」
 カトラスに書類を返却されてしまいました。
 …………。
 捗っている様な気がするのは気の所為みたいです。さめざめ。
 取り立てて大きな行事も無く、毎日がとても穏やかです。目立った騒動も起きません。アイリーン様との一件以来、ファングが大人しい所為だと思います。彼は何かとお祭り人間だったんだなぁと、しみじみ思ってしまいました。騒動が起きないのは大変良い事なのですが、事ある毎に巻き込まれていた私としては、少し寂しい……なんて思ったり。不謹慎で御免なさい。
 側近のカトラスは、先日の一件以来、私の名前を余り呼んでくれなくなってしまいました。時々、思わず呼んでしまう事がありますが、それ以外は意図的に気を付けているみたいです。私、本当に全然気にしていないんですけどね。カトラスって本当、堅物ですね(融通が利かないとも言いますが……)。
 そんなカトラスに指摘された間違いを訂正する為、出掛けた帰りに、とても奇妙な――いえいえ、面白い――いえいえ、不思議な光景を見掛けました。
 ディが女の子と並んで歩いています。
 私は思わずその場に立ち尽くしてしまいました。目を皿の様にして二人の後姿に見入ります。だらだらと冷や汗が流れている様な感じがするのは気の所為でしょうか。
 大きな荷物を持つディ。お礼を言うメイドさん。
 その様子から想像するに、メイドさんが持っている荷物が余りにも重そうだったから代わりに持ってあげた、という構図が思い浮かびます。ディには普段から私の手伝いをするように云い付けていますので、荷物を持ったりなんて当たり前の事。それを他の女の子にしてあげただけの事です。我が助手ながら、なんて気の利く良い子だろうと思う一方で、見慣れない光景に戸惑う私が居ました。
 呆然と取締室に戻ると、私の様子がおかしい事に気付いた取締室の部下が、何かあったのかと訪ねてきます。私が目撃した光景をそのまま伝えると、
「何を言っているんですか」
 そんなの当たり前ですよと言わんばかりの返事が返ってきました。
「ディ様って、人気あるんですよ。ねぇ?」
「ねぇ」
 同意を求めるアデリアに、笑顔で答えるエリザ。
「少し以前(まえ)迄は室長の圧勝だったけど、まあ時代は流れるってヤツ?」
 ちょっとおどけた調子でハロルド。
「気持ち分からなくもないな。無口だけど、イイ奴だし」
 スコットの言葉には何だか友情を感じます。
「書類整理も文句言わず手伝ってくれたな。良い奴だ。……無口だけど」
 低い声でエイジアン。
「廊下に書類ばら撒いちゃった時も手伝ってくれました。無口だけど、ホント良い人ですよね」
「この部屋の花瓶のお花、全部ディ様が持ってきたんですよ。庭師が剪定(せんてい)の時に切った花を貰って行くんだって話してました。ディ様無口だから何にも言って下さらないんですよね」
「あたしは高いトコの資料取ってもらったりするかなー。あんな所置かないでって言ってるのに、誰も聞いてくれなくて困っててねー。目で合図すると文句も言わずに取ってくれるのは助かるわー」
「仕事で悩んでいたら、資料片っ端から集めてくれたりしたな。礼を言ったらコクコク頷いてた」
「……泣いていたら何も言わずに茶を淹れてくれたな」
「は!?」
 エイジアンの一言に皆驚き、話が別の方向へずれていきます。どうして泣いていたんだとか、お前が泣くのか? とか……。
 まあ、エイジアンの話はさて置き、ディの人気っぷりは良く分かりました。確かにスコットの言う通り、気持ちが分からなくもありません。私もディ好きですし。嫌いな人を傍に置いたりしませんしね。でも、周囲の人達にここまで人気が高まるのは意外でした。
 良い事なのでしょうが……。何だか複雑な気分です。
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2. 「彼と彼女と 2.」


「芙蓉様はディ様の事をどう思っているのさ?」
「…………」
 意図が汲み取れず、暫し目を瞬かせます。
 ……。えっと……。何?
「ディ……ですか?」
 首を傾げると、
「そうさ」
 きっぱりとした返事が返って来ました。
 食堂メイドのリンが、見知らぬ侍女を伴って私の執務室に現われた時は本当に驚きました。執務室――総取締室に来る人間は大抵が大御所と呼ばれる様な重要役職者ですからね。こう言っては失礼かもしれませんが、メイド程度の地位の者が来る事は殆どありません。
 余り好ましくない状況だとは思います。総取締室はむしろ、そういった垣根を取り外してもっと多種多様な意見が聞けるよう、誰でも入って来て良い様な雰囲気を作らねばと思いますから。
 しかし、仕事に慣れる事でいっぱいいっぱいの現状ではそんな余裕を作る余裕が無いんです。仕方無いので執務室の扉は常に締切。取締室の部下ですら近寄り難い雰囲気を醸し出しています。
 それにもめげず、折り入って私に話があると言うので、思わず身構えてしまいました。一体どんな事を言われるのかと、ドキドキしていました。
 ところが、内容は先程の通り。
 肩透かしと言うか……的外れと云うか……。暫し思考が停止します。
 私の傍に立って居たカトラスどころか、開け放たれた執務室の扉の処で聞き耳を立てている部下達――服の裾が見えていますよ――も、同じ思いみたい。室内を、何とも言えない微妙な空気が流れました。
 総取締室――つまり私の執務室の、大きな執務用机を間に挟んで。椅子に座る私と、それに相対して詰問する食堂メイドのリン。彼女はとても堂々とした態度で東方王宮総取締役を前にしても怖気る様子はまったくありません。普段、食堂で親しく言葉を交わしていますから、今更怖気る必要もないでしょうしね。
 彼女の後ろに隠れるようにもう一人居ます。こちらはメイドではなく侍女です。名前は知りません。何度か王宮内で見掛けた様な気もしますが、何せ侍女の数だけでも相当なので、一人一人の名前と顔を覚える余裕は無いんですよね。私に詰め寄るリンとは対照的に、ちょっとオドオドした雰囲気で気の弱そうな感じ。顔は結構可愛いです。
 ディは居ません。今、お使いに出しています。彼女達はそれを見計らってここに来たんでしょう。話の内容が内容ですからね。
 一通り観察し、私は暫し悩みました。
 一体、何を目的でこの二人は私にこんな質問をしているんでしょう?
 ――いえ、それは後で聞けば良いこと。先ずは二人の質問に答えましょう。
 私がディの事を、どう思っているか……思っているか……思う……。うーん……。難しいですねー。どう、と聞かれても、どうとも思っていませんが。
「そうですね……。敢えて言うなら――」
 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞えました。
 侍女二人。
 カトラス。
 扉の向こうからそっと様子を伺う取締室の部下達。
 間を空けて、私は口を開きました。
「――息子、ですね」
「………はぁ?」
 目を丸くするリン。
「何だよ……。恋人同士とか……そんなんじゃないわけ?」
「はっはっは。恋人同士(そんなの)、天地がひっくり返っても在り得ませんって」
 笑わせてくれますね、この子は。
 でもその一言で、事情が何となく掴めました。――つまり、そういう事、なんですね。
 何時もディを連れて食堂に赴いていますが、リンに別段変わった様子は見受けられませんでした。――となると、こちらの侍女さんがそうかと思われます。気の弱い友人を見かねて、気の強い友人が私の処へ訪ねに来た。……そんな感じでしょう。
 しかし確信は無かったので、
「――好きなんですか?」
 カマを掛けてみると、面白い様に反応が返ってきました。見る見る侍女さんの顔が赤くなります。これは決定打ですね。私は思わず苦笑していました。
「そうだっ。芙蓉様も手伝ってやってよ。このコ、コレットって名前なんだ」
 紹介され、侍女さんは遠慮がちに頭を下げました。それからリンの服の裾を引っ張ります。
「そんなの、いいよ。芙蓉様に悪いでしょう。お仕事お忙しいんだから」
「いーから、いーから。――ねっ、芙蓉様っ」
 そんなキラキラした瞳で言われても……。
「ディは……難しいですね……」
「えー!?」
 不満の声を上げるリン。
 でも、難しいものは難しいんです。私にも出来る事と出来ない事があります。
「ちょっと特殊と言いますか……えーっと。何と言いますか……。そこまで成熟してないと言いますか……。未だ早いと言いますか……。協力はしたいんですけど……」
「もう、いいよっ」
 歯切れの悪い私にリンが業を煮やします。ぷうっと頬を膨らませました。
「コレット、やっぱりアタイが手伝ってやるよ、行こっ」
「え? あ、ちょっと待って……。――あの、お仕事中に大変失礼致しました」
 リンに置いて行かれそうになったコレットは、丁寧に私に頭を下げて退出しました。
 二人が出て行ったのを確認すると、私は大きく溜め息をつきます。
 協力したい気持ちは本当です。でも、それ以上にディは難しくて……。私がどうこう言っても解決する難しさではありません。コレットには申し訳無いのですが、敗色濃厚なこの雰囲気は打破出来ないでしょう。
「何故、息子、なのですか?」
 徐にカトラスが問い掛けて来ました。
「え?」
「家族と言いたいのなら、弟、でも良いでしょう。だが、息子、なのですか?」
「――ええ」
 そうです。
 曖昧に頷きます。それで済まそうと思ったのですが、
「まさか本当に息子だなんて言うつもりですか?」
「え? ち、違いますよっ」
 突っ込まれ、私は慌てて首を振りました。……慌てる必要、無いと思うんですけどね。何だか最近、カトラスを相手にすると慌てる事が多くなりました。……何でだろう。
「良い機会です。話して貰えませんか? 彼の事」
 カトラスの場合、個人的な興味よりも仕事の都合上、知りたいのでしょう。
 本来、総取締役の補佐官は取締室室長一人のみなのですが、私はそに無理を言ってディを補佐官として傍に置いています。それを不審に思う人物は、何もカトラスだけではありません。優秀なのだろうとか、特技があるのだろうとか、市井出の小娘が王宮に一人で入宮するのは心細かったんだろうとか、色々な億件が(まこと)しやかに飛び交っています。大半の人間は、それぞれの推測で納得しているみたいですね。だから特に何も言われません。
 しかし実際、ディはカトラスの様に優秀なわけでもないし、何か特化した特技があるわけでもありません。傍で私達を見ていれば直ぐに分かります。常に私の近くで仕事をしているカトラスが不信感を募らせるのは当然でしょう。私はディを信用していますが、当然カトラスは信用なんてありません。私の手伝いをする人物がそこに居るとだけしか思っていないみたいです。
 別にそれはそれで拙くは無いと思います。仕事に何ら差し障りはありませんし。しかし、もし二人が信頼……と迄はいかずとも、互いを認め合う程度の関係を築けたら、仕事の能率もアップするかもしれません。私も気が楽です。秘密を一人で抱え込むのは大変ですからね。それに、カトラスだったら大丈夫でしょう。秘密を聞いて取り乱したりしないだろうし、口止めすれば外部に洩れる事も無いと思います。私はそれだけ彼を信頼していました。
「――判りました。但し、この事は内密にしておいて下さい。ディオール議員にも、マクラレーン様にも、決して話さないよう」
「そのお二人が相手では難しい話です」
 嘘でも、絶対に話さない、と言わないのが彼らしいです。
 私は苦笑しました。
「お二人には、何れ時を見て私から御話しします。けれどそれまで――せめてそれまでは、自由にさせてやりたいんです」
「――…解りました。お約束します」
 少しだけ考えた後、彼は鷹揚に頷きました。それから執務室から取締室へと通じる扉を閉めます。……そう言えば、開けっ放しのままでしたね。
 場所を整え、私はゆっくりと話を始めました。
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3. 「秘密の開封 1.」


 何処から話し始めれば良いのか……。
 そう、前置きしました。
 先ずはディが何者であるか、それを簡単に一言で言ってしまいましょう。
「手っ取り早く説明するのなら……、あの子、ディはドラゴン族なんです」
「…………………………………………………………は?」
 たっぷりの時間を掛けて、彼はようやくその一言を搾り出しました。
 まあ、驚いて当然ですよね。
 話しを続ける前にふと思い立ち、失礼かなとは思いつつも彼に尋ねました。
「ドラゴン、は、知っていますよね?」
 小馬鹿にした質問だと思います。子供向けの絵本に良く登場する対象(モチーフ)ですから、知っていて当然なんですよね。けれど念の為と思い、聞いてみました。
 怒られるかも、と思っていましたが、あっさりした返答が返ってきました。
「……物語の中でなら……」
 あっさり、と言うより、未だ驚きを引き摺っているみたいです。
 物語の知識は間違ってはいません。しかしこれからする話には知識が足りないので、私は補足説明をする事にしました。
「りゅう」には二種族が存在します。竜と龍。竜はドラゴンと呼び、格差を付けています。双方とも近年まったく目撃情報が無い事は同じなのですが、文献や伝承が真実味を帯びて残っているドラゴン族の方が、神格された龍族よりも、より身近に人々は捕らえています。子供向けの絵本にも登場しますしね。一部学者達の間では、ドラゴン族には未だ生き残りが居ると説く者も居ます。
 正に、その通り。ドラゴン族は、今でも生きているんです。
 但し、世界中で最も希少価値の高い生き物でしょう。彼らはエルフ族が絶滅危惧種に指定するかなり以前から個体数を激減させていたので、エルフ族が気付いて危惧種に指定した時は既に手遅れだったんです。今ではもうすっかり、危惧種ではなく確定種として定着しています。
 絶滅確定種と判明した時点で、せめて残りのドラゴンには、静かに、穏やかに時を過ごして貰いたいとの配慮から、エルフ族は妖精の国であるチル・ナ・ノグへとドラゴン族を招きいれています。人間界からドラゴンが消えたのはこの為。より安全な場所に棲みたいと思うのは、人間もドラゴンも変わりませんから。
 しかし私がディに遭ったのは人間界。ドラゴンの中にはディの様に、元々住んでいた土地を離れられないドラゴンも居ます。だから時折、ドラゴンの目撃情報が出るんです。
「驚きました?」
 説明を終えてカトラスに聞くと、
「とても」
 短い言葉が返ってきました。
 ……言葉は驚愕を語っていますが、顔はそうは言っていません。さっきの表情の方がよっぽどそんな顔をしていました。ちぇ。つまらないです。
「――むしろ、人間界からドラゴン族が消えた理由がとても納得出来ました」
 だって事実ですから。
「だからと云って、彼がドラゴンだとは到底思えませんが? あの姿はどう見ても、我々と同じです」
「そこが面白いんですよ」
 私は少し興奮気味に話しました。
「この世で最古の生き物であるドラゴン族は、長命なエルフ族よりも更に長生きです。その為、出生率がとても低いんです」
 長命な生命程、繁殖率が低いのは統計学で算出済みですから。
「そこでドラゴン族は、貴重な子どもをあらゆる魔手から保護する為、幼少時は最も危険の少ない種族に姿を変えます。そして本来の姿を隠す隠れ蓑として、成竜になっても暫しその姿をとる事があります」
「生きる為の知恵、ですか。成る程。生命の神秘ですね」
「派手な色の蛙が毒をその身に含んでいる様なものです」
 そう付け加えると、カトラスは更に理解を深めてくれました。
「最初の人類が誕生してからは、専ら人の姿を取るドラゴンが多いと聞きます。あの子の両親もヒトを選び、あの子はヒトの姿で育つ事になりました」
「その御両親は?」
「随分昔に、死んでしまったそうです」
 肩を竦めます。
「私が初めてあの子に出会った時は、お父上のお母上――つまりお祖母さんと一緒で、二人だけで暮していました。そこで数日お世話になっていたんですけど、その間にお祖母さんが老衰でお亡くなりになられてしまって。それから、私があの子を連れ回していたんです」
 旅のついでにあの子が落ち着いて暮せる場所を探していたんですけど、そこを見つけ出す前にここに私が腰を据えてしまいましたからね。あの子にとって、とんだ迷惑話かもしれません。
「文句も言わないし……あれ。でも、元から余り喋りませんね……。確か、一度位しか声聞いた事無いんですよね。ドラゴンの声は特殊らしくて、何か色々どうとか、こうとか……。でも言いたいことは判りますよ。見てれば、何となく伝わるものらしいです。これも幼少期のドラゴンの特殊能力とかで」
「――つまり彼は、未だ成長の過渡期に居る、と?」
「過渡期なんてものではありません。産まれたての赤ん坊同然です。尤も、これは長寿なドラゴン族の基準であって、彼自身は既に数百年を生きています。私より断然年上です」
「それはそれは。では彼が、この王宮で一番の年長者と云う事になりますよ」
 神妙な面持ちでカトラスが言いました。
「年齢に応じて、知識や知恵は私達よりも豊富です。けれど、人間を基準に出来ない部分もあって――」
「先程の彼女の話しですか」
「それもあります。でもそれ以外もそうです。例えば、お金持ちになりたいとか、出世したいとか、所謂『欲望』にはまったく縁が無いですね。その中でも最も人間と違うのが色恋沙汰で……」
 体は大きくとも、実際は未だ赤ん坊ですから、そう云った精神面での成熟は未だ未だなんです。好き嫌いはあっても、その様な意味合いでの好きは望めるべくもありません。ただ、本人には数百年生きてきた分だけの知識はしっかりあるので、自分の外見が人間にはそんな年齢である事をきちんと理解しています。聡明で利発。ドラゴンは人間よりもずっと賢い生物なんです。
「成る程。それは確かに、難しそうですね」
 ここ迄来ると、カトラスは先程の私とリンとの遣り取りに理解を示しました。
「コレットには悪いけど、こればっかりはどうしようもないんですよね……」
 少し前に目撃したディとメイドさんを思い浮かべながら、私は悩ましい溜め息を零しました。
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4. 「その笑顔が物語る」


 それから暫くの間、友人の為に頑張っているリンの姿をよく見掛ける様になりました。
 先ずは知り合わなければ話にならないと、ディにコレットを紹介します。恥らうコレットと、普通に挨拶をするディ。何だか前途多難な出会い方です。
 私が食堂にディを連れて行けば、仕事を抜け出してコレットを呼んで来るリン。
 廊下を歩けば私にかこつけて話し掛けて来ます。
 暇があれば、総取締役室に来るようにもなりました。
 お疲れ様ですと言いたくなる位、目覚ましい仕事振りでした。
 リンの様子がおかしいと料理長さんが私に相談に来たので、リンの状況を簡単に説明すると、
「その熱心さが仕事にも向くといいんだけどねぇ」
 やれやれ、と溜め息を吐きました。
 はは。同感です。


 ある日、廊下でディとコレットの姿を見掛けました。二人共しゃがみ込んで、廊下に散らばった花を集めています。
 そう云えばエリザが、ディは、庭の剪定(せんてい)の時に切った花を貰って行っているんだって言っていましたっけ。よく見ると、散らばった花はどれも小振りで、未だ三分咲きから六分咲き程度の、これから咲いて花の人生を謳歌する予定のものばかりです。花そのものに遜色はありませんし、貰って飾りたいディの気持ちも分かるかも。
「はい。これで全部ね」
 コレットが最後にピンク色の薔薇を渡します。
 ディはお礼の言葉は言わず、丁寧に頭を下げてそれを御礼としました。
 名残惜しそうにディを見ていたコレットの視線がディのそれとぶつかり、彼女は慌てて視線を別の処へと向けます。ふと、ディの腕に抱えられた花が目に止まり、彼女の口許が僅かに綻びました。
「キレイ……」
 その言葉が花に向けられたものだと気付いたディは、最後に渡されたピンク色の薔薇を彼女に無言で渡します。
「くれるの? ――ありがとう」
 一輪の花を受け取って喜ぶコレット。
 ディってば、なかなか粋な事をしますね。罪作りな子です。
「お花、好きなの?」
 頷くディ。
「じゃあ、あの……私、お花の種を持っているの。庭師に相談したら、庭の端に埋めていいって許してくれたから、もし良かったら、一緒に埋めない?」
 あらら。デートのお誘いですね。
 ディは暫く考える仕草をした後、こくりと頷きました。コレットが嬉しそうに笑いました。
「じゃあ、明後日、お仕事が終わってからはどうかな? わたし、庭で待ってるから」
 再び頷くディ。
「――あ、そろそろ戻らなきゃ。……じゃあ、明後日にね」
 コクコク頷くディを確認して、彼女は立ち去って行きました。
 明後日はディに余り沢山のお仕事は頼めませんね。
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5. 「秘密の開封 2.」


 頼んだ仕事を手早く終えたディは、夕方になるとそそくさと執務室を出て行きました。勿論、私にきちんと断りの一言を入れてです。「何か約束でも?」と、ちょっと意地悪を言ってみると、彼は素直に頷きました。余りにも素直過ぎて、こちらが毒気を抜かれてしまいました。
「行ってらっしゃい」
 送り出し、ディが居なくなったのを見計らって、私も支度を始めます。
「カトラス、私も少し出て来ます」
「親馬鹿も程々が良いですよ」
 ぎく。
 ばれてます。
「あ~、今回はちょっと、見逃して下さい」
「私に言い訳されてもどうかと思います。仕事が残っているので、早めに帰って来て頂ければそれで構いませんよ」
 淡々としたカトラスに私は必ず戻って来る事を約束し、ディの後を追いかけました。

 東方王宮の庭は広いです。今迄、手入れされた広い庭を幾度か見てきましたが、ここの大きさは一味違います。舗装された道を歩けば、一周するのに二時間は掛かるでしょうか。デスクワーク続きで運動不足な私にとっては良い散歩コースになっています。
 その中から二人を探し出すのは大変かなと覚悟していたのですが、思いの他あっさりと見つける事が出来ました。
 楽しそうに庭弄りをする二人を眺めます。いつも表情の無いディの顔に楽しそうな色が映っているのはとても珍しく、私は思わず二人に見入ってしまいました。
 思えば、ディはここまで波乱万丈だったんですよね。両親を亡くし祖母を亡くし、救いの手を差し伸べてくれた私は自分勝手に東方王宮に居ついてしまうし。そもそも私がディを連れて行ったのだって、ここで見捨てられたら老ドラゴンに恨まれるのかなとか、ドラゴンの恨みは怖そうだとか、女の一人旅より二人旅の方が安全かなとか、打算と計算に塗れたものでしたから。旅の最中も、ディが何も言わないのをいい事に荷物を持って貰ったり、お使いに出したり……。この辺りは今も扱いは変わってないかな。本当に嫌な時は嫌だと言うので(そんな事は滅多にありませんでしたが)、遠慮なく言ってきました。
 でも、本当の処はどうだったんでしょう?
 私は彼に、安らいだり、喜ばせたり、そんな事は出来ないと思っていましたので、せめてそんな風に思える場所を探してやるのが私の仕事なのだと心得てきました。でも最初から努力する事を放棄せず、彼の助けとなっていたならば?
 ――否、違いますね。
 多分、懐かれるのが怖かったんだと思います。私は彼の母親ではないし、母親代わりになれる自信もありませんし、懐かれても困るだけ。それに、懐く・懐かないの関係じゃなく、持ちつ・持たれつの関係が旅をするに当たって丁度良かったですし。ただ本当にこれで良かったのかと、今迄私がやって来た事に自信が持てなくて。
 けれどこうして――今、この場所で笑っている彼を見て、彼にとってこれで良かったんだと思えます。少なくとも、私達が出会ってここに辿り着く迄の間は。
「うん」
 …………?
 同意の声が聞えた気がして、思考の迷路から現実へと戻る私。顔を上げて見ると、ディがこちらを向いていました。
 今の声……ディ、の?
「あ、芙蓉様」
 ディの視線の先に私を見つけ、コレットが腰を折って頭を下げます。
 私も彼女に倣い、軽くお辞儀をしました。
 彼女にも話して良いのかも知れません。ディにあんな顔をさせる事が出来た彼女なら……。
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6. 「秘密の開封 3.」


 秘密を告げられた彼女は、暫く目を大きく見開いていました。
「本当……なんですか?」
 何とか搾り出した問い掛けに私は頷きます。
 未だ土弄りを続けるディを眺められる庭の一角で、私は彼女にカトラスに話した事をそのまま伝えました。
 半ば茫然自失の彼女。
「ディ、の名前はDRAGONの「D」です。本当の名前は知らないんですよ。聞く前に彼のお祖母様は亡くなられてしまいましたし、私と違ってドラゴン族は名前に意味を見出す種族ですから、あの子も教えてくれないんです」
 知ろうとも思いませんでしたから、教えて欲しいと嘆願した事もありません。
「けれどそれでは不便だったので、便宜上私が付けた名前です」
 もうちょっと捻ったらどうかとも思いますが、仮の名前にそこまで入れ込む必要も無いだろうと、単純にイニシャルを取って付けさせて貰いました。
「突然で、驚かせてしまいましたね。御免なさい」
「いいえっ。芙蓉様が悪いんじゃありません。ただ本当にびっくりして……」
 きっと、人生が百八十度変わってしまった様な心地なんでしょうね。
「でも――判る気もするんです。彼、他の人とは何となく違うから……」
 そうですね、確かに。普通の人は、あそこまで無口じゃありませんから。
「ドラゴンだと知っても、今の彼が全く別人になってしまったわけでもありませんし」
「でも、貴女の見方は変わったでしょう?」
 私の突っ込みに、彼女は難しい顔で苦笑しました。
「――はい」
 本人に何ら落ち度はありません。真実を知ったところで人物が変わるわけでもない。ディは、過去の結果に現在に居るのですから。
 もしそれでも何か変わったのなら、それはディを見る他人の目が変わったからです。この場合はコレットの。そしてカトラスの目です。よく、色眼鏡を掛けると言いますが、正にその通りですね。何処かに落ち度を求めるのなら、そんな目で見る他人にこそ、それが相応しいでしょう。
「ディは、恋をする相手としては、難しいでしょう。――大丈夫ですよ。貴女ならきっと、もっと良い人が――」
「違うんです、芙蓉様」
 良い人が現れると続ける前に、コレットがそれを遮ってしまいました。
「ドラゴン族だと知っても嫌いにはなっていません。恋は、未だ続けられます。……彼が許してくれるなら、ですけど」
 赤く染まるその頬は、確かに恋する者の証でした。嬉しそうに、楽しそうに。見ているこっちが思わず笑んでしまう位、清清しい顔です。
「――許可など、必要ありませんよ」
「え?」
「恋は、自分だけのものです。――それが抑えきれなくなった時に、また違う形に変わりますけれど、未だ胸の裡に秘めていられる想いなら――好きな気持ちは、他の誰でもない、自分だけのものです」
「――…はい」


 やるべき事を終えた私は、未だ仕事が残っているからと二人を置いて先に執務室に戻りました。
 途中、後ろを振り返ると、仲良く並んで花を眺める二人が目に入ります。その光景を見、
「――…恋……か」
 何となく、呟いてしまいました。
1.2.3.4.5.6.
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