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1. 「蕾」


 飲み込もうとしていたジュースを思わず噴出しそうになって、噴出すまいと無理矢理それを止めて、喉の奥に押し込める様に飲み込みます。それが拙かったらしく、私は思いっきりむせてしまいました。

 こんにちは。芙蓉です。
 今日は生憎のお天気。昨日からずっと雨が降っています。稀に見る大雨で、雨音が五月蝿くて眠れないくらいでした。けれどこの雨が降る前まではずっと晴ればかりで水不足が懸念されていたので、東方王マクラレーン様を始めとする領民の皆さんはこの雨を喜んでいるみたいです。
 東方では、こういった天気を「龍神の恵み」と呼びます。水を司る東方の守り神の加護なのだとか。
「りゅう」には、龍と竜、二種族が存在します。双方共にその存在は限りなく稀で、信じていない人の方が圧倒的に多いみたいです。何十年か前に竜(ドラゴン)の目撃情報はあったそうですが、眉唾物らしく信憑性はありません。大昔にドラゴン族が空を舞う姿が見られたと云う記述がある事からドラゴン族は確かに存在したのだと思われますが、龍族はそれより古い種族らしく、こちらの種族に関して一切の事実確認は取れません。どちらも近代では目撃情報が皆無の為、伝説的な存在として扱われています。しかし、ドラゴン族とは違って龍族は神格化されているのが面白いですね。古い種族は神様として扱われる――時間と、信仰心の面白さの現われだと私は思います。
 ともあれ、龍神の恵みのお陰で外に出る事が叶いません。
 街もお店を臨時休業にしている所が多く、活気がありません。雨に打たれてひっそりする町並みも悪くはありませんが、何だか辛気臭いですね。詰まらないです。
 軍も訓練を中止し臨時の休暇だとか。そんな事で休んでいないで仕事しろ! ……とは言わないでやって下さい。それだけ凄い雨なんです。
 雨が上がれば訓練所の整備だなぁと、雨を疎む小隊長ファング。余りにも落ち込んでいたので、元気付けようとお昼ご飯に誘い出しました。行き先は勿論、外城にある食堂です。いつもの様に好きな物を選んで二人で食べていると、いつもの様に侍女頭のリーホワさんがいらっしゃって、三人でお喋りをしていました。
 そして、とんでも無い事を聞いてしまったんです。

「そんなの……初耳です……」
 呆然と呟く私と、
「ゲホッ……ゴホッ……ウェッホッ」
 未だにむせるファング。
 気持ちは分かりますが、むせ過ぎです。
「あら、御存知では無かったのですね」
 口が過ぎたかしら、と付け加える侍女頭さん。けれど、言葉の割には顔が笑っています。思いっきり確信犯じゃないですか。
「東方王妃付きの侍女が申しておりましたから、情報源はレイチェル様ご自身ではないかと思われますよ」
 それはつまり、この話に信憑性があると云う事です。
 東方王妃レイチェル様は、彼が未だ小さかった頃から知っていると仰られていました。昔から家同士の付き合いがあり、親しいと。事実、彼とレイチェル様が親しげに言葉を交わしている場面を何度か見かけましたしね。
 ――そのレイチェル様が情報源ともなれば、信用せざるを得ないでしょう。
 あのカトラスが、結婚だなんて……。
「――芙蓉様? 大丈夫ですか?」
「え? あ、はあ……」
 曖昧に返事をします。
「ちょっとショックだったみたいで……」
 何も、私に隠し事しなくて良いでしょうに。仮にも――とても頼りないでしょうが――私は彼の上司に当たります。はっきり言わずとも、ちらっと匂わせたり、曖昧に言ってみたりなんてしてくれても良いでしょうに……。
「でもさ、それってカトラス本人が言ったんじゃないんだろ?」
 ようやく息を整えたファングが言います。
「それはそうですけど……」
 相手はあのレイチェル様ですから。疑う余地は無いと思うんですけど……。
「じゃあ聞いてみればいいだろ。ちゃんと本人の口からさ」
「どうやって?」
「仮にも上司だろ。――任せたぜ!」
 バンバンッ、と、彼は力加減無しに私の背中を叩きました。痛いです。
「気になるなら自分で聞けばいいじゃないですか」
 同期で、お友達なんでしょう?
「あー、無理無理。アイツはオレに自分の事は話さねーんだ」
 パタパタと手を振って答えます。
 ……だからって私に押し付けないで下さい。
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2. 「蕾・膨」


 どう聞こうかと悩んでいましたけど、上手い聞き方が思いつかず、思い切って率直に聞いてみました。カトラスみたいな人に変化球勝負は通じなさそうだなと思ったんですけど、聞いた後で激しく後悔してしまいました。
 だって凄く嫌そうな顔で睨まれたんですっ。形容し難い顔で、目元を引き攣らせて。
 思わずビクッと震えてしまいました。怖いよぉ~。
 そして次に、海よりも深い溜め息。
「……何処からそんな話を仕入れて来たんですか」
 怒りと云うより、呆れた感じの声でした。ほっ……。怒りは静まったみたいですね。
「レイチェル様からです」
 侍女、そして侍女頭リーホワさんを経由していますけど、そこはあえて話しませんでした。だって、侍女が知っていると云う事は必然的に王宮中の殆どの人間が知っている事に繋がります(女性はほとほと呆れる位にお喋り好きですからね)。それをカトラスが知ったら……そう考えると、怖くて言えませんでした。何れ知られてしまうかもしれませんが、その時はその時です。
「――あの方もお喋りな……」
 眉間にシワを寄せてカトラス。
 そんなに知られたくなかったんでしょうか……。
「あの……」
「――違いますよ」
「え……?」
「結婚なんてしませんよ」
 ……。
 ……なんだ。
「なんだ……。そっか……そうですよね!」
「……何がそんなに嬉しいんですか」
 はっ。
 ……あれ? 今、私喜んでました? あれ?
「――父が縁談を持って来たのは事実です。断れなかったので見合いもしますが、結婚は考えていません」
 淡々とした口調で事情を語ってくれます。
 私はほっとする一方で――って、本当に私、何をほっとしているんでしょう――、その事情に少し面食らってしまいました。
 縁談。見合い。父の薦め。……世に云う「政略結婚」の正しい図式です。
 よくよく考えてみると、カトラスって清く正しい貴族なんですよね。お父上は政治の中枢である議会に所属するばかりか、重要な書類に捺印出来る調印議員の一人。更にその調印議員の中でもイーストフィールドの体制をガラッと変えられる位の権力を持った上席議員です。――その息子である彼は、つまり、立派な上流貴族。東方王妃レイチェル様と交友があって、有能で、真面目で。時々、怒りっぽくて、時々、融通が利かないのは愛嬌。王宮内ではトントン拍子に出世してこの若さで東方王宮取締役室の室長です。同時に総取締役である私の補佐官。そもそも、私が現われなければゼロス様の後任として選ばれたのはカトラスなんですし……。本来ならこの席はカトラスの物で……。
「―――…」
 余計な事は考えない方が良いですね。気分が落ち込んでしまいますから。
 気を取り直して、さっきの話の続きをしました。
「でも、他人の私が言うのも何ですが、幾ら何でも早過ぎませんか? カトラスも未だ若いんですし」
 カトラス位の年齢ならば、男女性別関係無く遊びたい盛りではないでしょうか。色んな女性とも付き合いたいでしょうし、友達との付き合いもあるでしょうし。人生を謳歌して青春の続きです。反抗期を終わらせて大人になるのも大切ですが、遊びたい時に遊ぶのも大事な仕事だと思います。
「そう仰る芙蓉様も、十分その年齢だとお見受けしますが?」
 おや。
「女性に年齢の話題はタブーですよ」
 笑って、やんわりとはぐらかしました。
「お見合いのお相手はどんな方なんですか?」
「…………」
 何か拙い事を聞いたのでしょうか。返答がありません。いつものカトラスなら、ここで直ぐ返事が帰って来る筈なのですが……。
「……アイリーン様です」
 堅い声が返ってきました。
 ……あんの狸ジジィども……!
 口許がひくっと引き攣ります。
 まったく……! 未だ諦めていなかったんですね。カトラスのお父様ディオール上席調印議員にも呆れます。自分の息子を人身御供宜しく利用するだなんて! 確かに、東方王女と上流貴族となら身分も釣り合っています。年齢差も然程ありませんし、上出来のカップルでしょう。だからって当人の気持ちはどうなるんですか。せっかくファングもアイリーン様も自分達の立場を理解して周囲に歩み寄ってくれるようになったのに、ここでカトラスを投入すれば余計に話がこじれてしまいます。私の努力を無駄にする気ですか、あの方々は!
「申し訳有りません」
「カトラスが謝る必要はありません」
 むしろ謝らないで下さい。余計にイライラしますから。
「いえ……そうではなく……」
「……?」
 彼の視線を受け止め、そのまま返すと、彼は跋が悪そうに視線を逸らしました。
 変です。いつものカトラスらしくありません。歯切れ悪いし、大人しいし。
「――いえ。何でもありません」
 今度の口調は先程とは打って変わって、いつもの彼らしい声でした。
 ……何なんでしょう、一体。
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3. 「凍える華」


 夜。取締室の皆は既に帰ってしまった後で、がらんとしています。カトラスも居ません。総取締室に私とディだけが残っています。急に書類の整理を思い立って、引き出しの中をあれこれ引っかき回しているんです。それが中々終わらなくて……。一度始めたら止められなくなってしまって、結局こんな時間です。
 最後の引き出しの中身を全部取り出すと、随分前にしまった書類が出てきました。貰った時は未だ日があるからと机に入れて置いたのに、もう、期限が迫っています。まあ、今から処理すれば十分……って、あらら。書類の文面を読んで、困ったな、と呟きました。私の判子は既に押し済み。あと必要なのはディオール上席調印議員の判子です。だから、机にしまったままだったんですね。カトラスにお願いしようとして、そのまま忘れていたんだと思います。
 どうしようと一頻り考えて、どうする事も出来ません。今から自分で貰いに行くしかありませんね。

 ディオール議員のお部屋は城内にあります。不幸中の幸いとでも言いましょうか。彼の家族であるカトラスもそこに住んでいます。議員方の部屋と私の部屋とは離れているので、こちらに足を踏み入れるのは初めて。途中、侍女を捕まえて道順を聞きながら足を進めて行きます。
 辿り着いた扉は私の部屋の扉と同じ位大きなものでした。ノックをしようと右手を構え――止めます。
 声が、聞えてしまいました。興奮気味のカトラスの声と、冷静沈着にそれを返すディオール議員の声。二人とも声が大きいので、扉を間に挟んでも聞き耳を立てればしっかり話の内容が聞えてしまいます。――二人がこんなに声を大きくするなんて、一体どんな話なんだろうと好奇心をくすぐられ、つい扉に耳を押し当てて聞いてしまいました。
「――兎に角、アイリーン様との御縁談は今直ぐ破棄して下さい!」
「ならん」
「未だマクラレーン様に御報告を申し上げていないのは知っています」
 マクラレーン様が知っていたら、私も知っていて当然ですからね。
「勝手に決めないで頂きたい。私も彼女も道具ではありません」
「冷静に考えろ、カトラス。これ以上の手立てが、お前にはあるのか?」
「手立てなど必要ない! オレは自分の力で総取締役になってみせる!」
 ムキになって叫ぶカトラス。
 その言葉は、私の心を強く引っ掻きました。
 ……そういう……こと、ですか……。
 同時に、とても納得しました。カトラスの、あの歯切れの悪い謝罪の理由も。
 ――つまり、婚家の権力(ちから)で総取締役の地位を奪取する作戦だった訳ですね。
 ……確かに、マスターの家族や親戚が総取締役になるのは可笑しな話ではありません。東方王宮がマクラレーン様の御希望に在る様、東方王に近く似たような考えを持つ者が総取締役に選ばれるのは普通ですから、(あなが)ち間違いでもありません。むしろ普通ですよね。
 マクラレーン様も、あれで権力を無視なさられるような御方ではありませんから。伝統と血統を重んじ、積年の歴史を大切にしていらっしゃいます。その上で実力があっても新参者である人物を取り立てています。例えば私や不良領主キール様が良い例ですね。貴族主義の保守派の機嫌を損ねず、且つ斬新で革新的な政治を取り入れ、バランスを保っていらっしゃるのですから相当な手腕をお持ちです。娘を可愛がる良い父親でもあります。その娘婿が総取締役に――。ごく当たり前の構図です。相手がカトラスとあっては、マクラレーン様も拒否出来ないでしょう。
 口論する二人の話の内容も、そんな感じでした。二人共、マクラレーン様を良く理解しています。考えてみれば、二人は私よりもマスターと長い付き合いをしていらっしゃるのですから当然かもしれません。
 ――…ただ、詰めが甘いのは、それこそマクラレーン様の手腕の現われ、なのでしょうが。
「考えてもみろ、カトラス。あの娘が総取締役に就いて日も浅く、あの娘自身未だ若い。次に巡るチャンスなど、何十年も先の話しなのだぞ? その時のお前に機会はあるのか?」
 まあ、確かに。
 前任者であるゼロス様は、それこそ三十年、四十年とその任に就いていらっしゃったとお聞きしました。それを私に当て嵌めれば、歳が近いカトラスに総取締役を任ぜられるチャンスはありません。私が早死にしたり、重大な失敗をしたり、辞任したりすれば話は別ですが、今のところそのどれもする気はありませんから、その理屈だとカトラス総取締役誕生は在り得ないでしょう。
「あの娘が取り返しのつかないミスをすると思うのか?」
「在り得ませんね」
 ……。今の即答、ちょっと嬉しいです。
「しかし、その様なお言葉、父上らしくありません」
「だが、全て事実だ」
 カトラスの未来は薄暗い事。だから今、手を打っておかなければならない事。ディオール議員の仰る通りです。
「私とて、アイリーン様とお前がどうこうとは考えていない」
「ならば何故……!」
「打てる手は全て打つ。布石は多くなければならん」
「必要無いと、言っているんです」
「だがこの世界、実力だけではどうにもならんのだ!」
 それは恐らく……彼自身が身を持って知っている事実と現実。政治の世界も、どんな世界でも、実力とそれを生かすチャンスが無ければ成功しません。そしてこの世界では、それに権力と血筋が絡んできます。
 キレイゴトばかりでは世の中は成り立たない。
 それが痛いほど詰め込まれたその言葉に、私は思わず、扉を開いていました。
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4. 「凍った花弁」


 私が室内に足を踏み入れた途端、二人の顔が急速冷凍されました。
「――芙蓉……様」
 呆然とカトラスが呟きます。
 私は無言のまま彼の傍を通り過ぎました。ちらりと目配せすると、顔が強張っています。たまにはこんな顔のカトラスも良いものですね。
 ディオール議員の前に静かに立つと、彼は少し顔を顰めました。
「――用件は」
 動揺する胸中を隠すその芝居、大したものです。
「判子を頂きに参りました。期限が迫っているので、明日迄に執務室へ届けて頂けないでしょうか?」
 書類を渡すと、彼は一通りそれに目を通します。特に難しい書類ではないので、少しの時間で一気に内容を読んでしまわれたようで、文末に辿り着いた彼の視線はそのまま私に向けられました。
「了解した。明日、カトラスに持たせよう」
「宜しくお願い致します」
 丁寧に頭を下げて、その場を後にします。
 しずしずと室内を歩き――ふと、カトラスの一歩後ろ辺りで足を止めました。
「そうそう――。良い機会ですから、お二人には御話ししておきます」
 ゆっくり二人を振り返りました。

「マクラレーン様はカトラスを、東方王宮総取締役にとお望みであられます」

 一呼吸。
「そもそもマスターは、ゼロス様の後任にカトラスをと強くお望みでいらっしゃいました。そのお気持ちは今もお変わりありません。――恐らく、次の総取締役交代はお二人が考えているよりももっと早くに行われるでしょう」
 二人は大きく目を瞠りました。言葉が出て来ないみたいで、しきりに何かを言おうと口を動かしますが、声になっていません。
 間を空けて、カトラスが呟く様に発問します。
「では――貴女は?」
 笑って答えました。
「ただのアテ馬です。その場凌ぎのね」
 カトラスが眉を顰めます。
「気付かなかったんですか? 貴方らしく、無いですね。――私が頂いた銘『芙蓉』にはもう一つ、意味があるんです。……そう、不要(イラナイ)、という意味が」
 驚愕する二人。
 私は気にせず続けました。
「優秀且つ有能な人材をあの御方が放って置かれるとでも思ったのですか? その様な方ではないと、貴方も十分承知しているでしょう。――先程も言った通り、マスターはゼロス様の引退後、即座に貴方を総取締役に任ずるおつもりだったんです。しかし……議員の中に、それに反対する者がいた。幾ら有能でも未だ若過ぎる、とね。それに、ディオール議員に対立する議員にとって、息子が宮廷を掌握するなど面白くない話でしょう。――結局、貴方の総取締役就任は見送られる事になった。しかし、貴方以外の候補は皆、どんぐりの背比べでしたからね。次期総取締役を巡って争いが勃発したので、マクラレーン様自らが、政治的背景の無い民間人を総取締役に選出する事で決着がついたんです」
 そして、私が選ばれました。
 話しはそこで終わりません。
「しかし、マスターはそこで貴方を諦めなかった。認めないのなら、認めざるを得ない状況を作り出せば良い。そうお考えになって――」
「――貴女を……総取締役に……?」
「――ええ」
 正解です。
「貴方と年齢は殆ど変わらず、しかも女。たとえ仕事を上手くこなしても、これでは彼方此方で反発の声が上がります。――事実、私を拒否する声は議員の中に留まらず、この王宮のあちらこちらで耳にします。……そうですね? ディオール議員」
 彼は無言で答えました。沈黙は同意。――そう取らせてもらいます。
「しかし、先日の総会では多くの領主が支持を……!」
「幾ら難事件を解決しようとも無駄な事です。――そもそも、私が総取締役であるからあんな事件が起こる――皆、そう考えます」
「私はそうは思いません」
「世論が動かなければ、個人の意思など無意味です」
 カトラスの気持ちは嬉しいですが、こんな時は何よりも力が重視されます。今の彼の一言に、世論を丸ごと変えてしまう様なそんな力はありません。
「私への反発が高まるのと同時に、――カトラス、貴方を総取締役にと求める声が高まります。少しずつ、着実に、マクラレーン様の企ては現実になっています」
 未だ時間は掛かるでしょうが、そう遠くはないでしょう。
 最近は私に丸め込まれているファングも、心の内ではカトラスを望んでいます。
 料理長さんも言っていました。私よりもカトラスの方が良いんじゃないかって、皆が言っていると。
 だから、もう少しです。
「ですから、ディオール議員。どうか早まった真似はせず、もう暫くお待ち下さい」
 落ち込むカトラスからお父上へと視線を移しました。
「貴方のご子息は、この東方王宮に君臨する為に、生まれて来たのですから」
 きっぱりと言い放ち、部屋を後にしました。
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5. 「鮮やかに咲く花」


「待って下さい!」
 廊下に出て直ぐ、今出て来た部屋の扉が開かれ、カトラスがやって来ました。彼の後ろでバタン、と扉が音を立てて閉まります。
 カトラスは私に駆け寄り、軽く息を整えます。
 私は後ろを向いて、彼と差し向かいになりました。
「――何ですか?」
「貴女は……それで、良いのですか?」
 恐る恐る。
 カトラスらしくない質問の仕方ですね。いつもはもっと歯切れが良いのに。……まあ、当然と言えば当然なのでしょうけど。
 私は苦笑しました。
「カトラス、貴方らしくもない。――それは、間違った質問です」
 彼は眉宇を顰めました。
「東方王宮総取締役は、この東方王宮に置いて、イーストフィールドマスター・マクラレーン様の御意志に従い、その御心の儘に在る事を常とせねばなりません」
 咎める様な、少し厳しい口調で続けます。
「総てはマクラレーン様のお心次第です。私の気持ちなど――」
「オレは貴女に聞いているんです! マクラレーン様の御心ではない! マスターの御意志は――もう十分に……解りました」
「…………」
 悲痛な声。悲痛な顔が、私を責め立てます。
 悪いことしているつもりなんてありません。実際に何もしていませんし。けれどどうして、こんな居た堪れない気持ちになるんでしょう。
 私に食って掛かった当初は彼自身も居た堪れない想いを抱えていたようですが、言葉を進めて行く内に冷静さを取り戻したらしく、最後の方はいつもの彼に戻っていました。それから少しの沈黙。それと同時に、彼の表情に変化が現われます。何かに気付いて、何かを疑っているような、そんな顔へ。
「芙蓉様は、マクラレーン様のその企みを知っていながら、この東方王宮へとお越しになられたのですか?」
「――いいえ。知りませんでした。気付いたのはつい最近です」
「嘘ですね」
 ……。
 判っているなら聞かないで下さい。
「キール様が領地へお帰りになったあの時、貴女は言いましたね、『知らない間に人に利用される事は嫌い』だ、と」
「……言いましたね。確かに」
「あの言葉が事実なら、マスターの企みに気付いた時、マクラレーン様にそれなりの報復をしたと思います」
 おいおい。
「相手はフィールドマスターですよ?」
 そんな報復だなんて……。
「貴女なら遣りかねない」
 ……嫌な断言ですね。
「――つまり貴女は、最初からマスターの企みを知っていた事になる。そんな……捨て駒扱いされると分かっていて、何故、この東方王宮に来られたのですか?」
「―――…」
 それは……簡単です。
「見てみたかったんです。あのマクラレーン様が、そんな姑息な手を使ってまで総取締役に就けたい人物が、どんな人なのか」
 つまりは、カトラスに。
「願いが叶って、満足しています。ですから次は、貴方の番です――カトラス」
 目を細めて、薄い笑みを浮かべました。
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