INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第02章 第01話 前編next
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1. 「秘密の場所」


 東方王宮の奥にある内城の、更に奥の日の当たらない場所には冷たい石回廊が在ります。その辺りは人が寄り付きません。石回廊にはマスターの参謀であるウィル様が御住まいなので、メイド達も極力近付かない様にしているんです。

 だからここは、秘密の場所にもってこいなんです。

 その辺りには、城である事を強調するような高い塔が建っています。
 内部は、人が一人ようやく通れるような狭い螺旋階段が延々と続いているだけで、特に何もありません。階段の途中途中には小窓が並び、足元を明るく照らしてくれるので、昼間ならば明かりが無くても十分に歩けます。
 頂上付近に着いても何もありません。少しの踊り場があって、そこからまた階段が続きます。踊り場からその階段を少し上ると、終点は小さな天窓になっています。階段から手を伸ばすとパカッと天窓を上に押し開けますが、窓が小さすぎてここから外に出る事は出来ません。
 ……この塔、一体何の為に作られたのでしょう。
 延々と階段が続くだけで、頂上に着いたと思ったら、顔を出して景色を眺めるだけ。はっきり言って、ただ建っているだけで何の役にも立ちません。
 疑問に思って、マクラレーン様に訪ねた事があります。すると、
「この城を建てた当時のフィールドマスターが、『城と云えば高い塔だ』……と言って建てたそうだ。建築士は、ただ建てるだけよりも見張り台として活用出来る様に造ろうとしたのだが、マスターの反対に遭って断念したと」
 ……さすがマクラレーン様の御先祖様ですね。変わり者……いえいえいえっ。何でもありません。

 私が秘密の場所にしているのは、何を隠そう、この塔です。
 誰も近付かない、近付けない。これ以上の恰好の場所があるでしょうか。
 疲れている時、サボりたい時、独りになりたい時、何だか遣る瀬無い時、カトラスに怒られるのが嫌で逃げ出したい時、こっそり執務室を抜け出してここに居ます。ディも連れて来ません。私だけの場所です。
 私だけの場所にもこだわりがあって、踊り場から少し登った、天窓の近くが定位置です。誰も近付かないと分かっていても、ふとした拍子に見付かりそうな気がして、この天窓近くに隠れるように座っています。階段は狭く、それがまた妙に体にフィットして居心地が良いのです。
 今日もその天窓近くに陣取りました。
 今日、ここに来た理由? ……それは聞かないで下さい。
 階段に座り込んで、手を伸ばして天窓を押し開きました。スゥ、と、下から上へ、風が通り抜けます。
 私は懐に手を伸ばして、そこから愛用のケースを取り出しました。
 煙草とマッチと携帯用灰皿。私の必需品です。
 煙草を一本取り出して口にくわえ、マッチを擦って火を点けます。灯った炎を煙草の先に近付け引火し、手を振ってマッチの火を消しました。用済みのマッチ棒はそのまま携帯用灰皿へ。灰皿を残して、残りを再び懐にしまいます。手馴れた作業です。
「ふー……」
 煙を吐いて、ひとごこち。
 はー……。落ち着きます。
 執務室ではカトラスの手前、煙草を吸うなんて出来ませんし、王宮の何処に居ても誰かが私を見ていますからそう簡単にはいきません。人気者は辛いですね。
 ――煙草、と言っても、私が吸っているこれはニコチン交じりの嗜好品の煙草とはちょっと違います。鎮静効果のある薬草を特殊な紙で巻いて作られたもので、そう滅多に手に入る物ではありません。銘柄は「ロイヤル・ローズ」。その昔は王侯貴族しか手に入れる事が出来なかった立派な代物。毒性も常用性も無い代わりに、薬草ならではの強烈な匂いがあります。この匂いが苦手な人は多いですね。それから一応、年齢制限もあるそうです。聞いた事はあるのですが、聞いて、とっくに通り越してしまった年齢だから関係ないと思い、正確には覚えていません。ほら、薬だって年齢によって分量が違うでしょう。あれと同じです。小さな頃から薬に頼っていると、丈夫な体が作れなかったり、身長が伸びなかったりしますから、それを防ぐ為に年齢制限が設けられていると聞きました。
 そんな品ならば特に人目をはばかる必要はないかと思うのですが、まあ、そう簡単にはいきません。見た目は普通の煙草と何ら変わりありませんし、やはり快く思わない人は大勢居ますしね。
 人目を忍ぶ秘密事も、これはこれで楽しいですよ。

「―――…」

 …………。って、あれ?
 人の話し声と、足音が聞えます。誰かがこの塔を登って来るみたい。足音は二つ。話し声も、反響が聞えるだけではっきりとはしませんが、高い声一つと低い声一つに思えます。
 ど、ど、ど、どうしましょう。踊り場から更に上に伸びたこの場所。天窓は小さすぎて顔だけしか出せず、今から下に下れば鉢合わせです。逃げ場がありません。
 仕方無く、私はその場に留まって遣り過ごす事にしました。
 多分、見回り兵か何かでしょうし、例え見付かっても不審者扱いされる事は無いと思います。何せ、顔の知れ渡った総取締役ですし。
 息を潜め、二つの足音を身構えて待ちます。足音は段々と近付いて来、踊り場で止まりました。
「逢いたかった、ファング!」
「…………」
 はい?
 女性の声、台詞に顔を顰める私。
 ………え、えーっと………。何?
 音を立てないよう気を付けながら、螺旋階段からそっと踊り場を覗き込みます。そして、
「!!」
 思わず声を上げそうになるのを、何とか止めました。
 狭い踊り場で、軍の小隊長のファングと、フィールドマスター・マクラレーン様の末の御息女アイリーン様とが抱き合っています。熱烈なラブシーンです。これが驚かずに居られますか!
 私は反射的に奥へと戻り、パニックになりそうな頭を何とか宥めようと必死に独りで頑張りました。

 ――芙蓉です。こんにちは。
 私……見てはいけないものを見てしまいました……。
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2. 「悩める総取締役」


 塔から総取締役室へと戻って来ても尚、私は頭を悩ませていました。
 失礼ながらお二人の話を盗み聞きさせて頂いたのですが――あの場合、嫌でも聞えて来てしまいますし……――どうやらお二人は愛し合われているみたいで。
 ……困ったものです。
 軍属のファングは小隊長。下から数えた方が早い地位です。実力はそこそこ、人望もそこそこ。将来は悪くはありませんが、平民出身の為、展望が拓けているわけでもありません。性格は愛嬌あり。とっても可愛いです。……ってこれ、褒めてませんね。
 一方、アイリーン様は私が御仕えしている東方王マクラレーン様と御正妃レイチェル様との三番目のお嬢様です。末っ子らしい自由奔放な御気性で、王女様らしい気位があって、結婚適齢期になっても未だ未だ反抗期真っ盛り。レイチェル様のお子様の中で、一番美人なのが長女のジャネット様、優しく温和な性格なのが次女のニーナ様、その残り……と言ったら失礼かもしれませんが、ジャネット様でもニーナ様でもない性格をしていらっしゃるのがアイリーン様です。
 まさかその二人が……。
 身分違いも(はなは)だしいですね。それが悪いとは言いませんが、お二人の間にある巨大な障害ではあります。
 個人的な意見としては、お二人の性格(ウマ)が合うとは到底思えないのですが、実際にこうして付き合っておられるのですから、それに関しては何も言えません。
 一番問題なのは、それを私が知ってしまった事です。
 誰が誰と付き合っていようと私には関係ありませんが、王家の方々ともなれば話は別。東方王家の一挙一動はこの東方王宮のみならずイーストフィールド全体に関わる問題。知ってしまった以上、マクラレーン様に報告せねばなりません。
 しかし、それで良いのか……。
 噂の「う」の字も聞かない事を鑑みると、今のところ私以外知る人間は居ないみたい。いずれ何処からか漏れてしまうとしても、今、私が黙っていれば、少なくともそれまで時間は稼げます。
 その平和な時間の間に、お二人が別れてしまうとも限りません。
 もし今、私がマクラレーン様に御報告して事態が皆の知るところとなれば、反抗的なアイリーン様が何を言い出すか分かりませんからね。
 ――下手に騒ぎ立てるより、その方が得策かも。
「取り合えず、見守りましょう」
 ディと私しか居ない部屋に、その声が小さく響きました。
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3. 「急展開」


 事態が急変したのはそれから余り時間が経っていない頃。
 ある日の早朝、激しく私室のドアを叩く音に急かされ、私は思い瞼を無理矢理開きました。こんな時間に一体どなたでしょう。昨日、遅かったのに……。
「はい?」
 取り合えず声を掛けると、
「カトラスです。朝早くから申し訳ありません」
 早口な返答。何だか急いでいるみたいです。
 普通のレディはここで夜着から簡単な服に着替えるものなのですが、そういうマナーを全く気にしない私はそのままドアを開きました。夜着だろうとドレスだろうと服は服。要は着ていればいいんです。
 私の姿を見てカトラスが少し眉を顰めますが、それどころでは無いらしく、そのまま言葉を続けました。
「ファングと、アイリーン様なのですが――その……」
 その冒頭の言葉の、二人の名前だけでピンときました。
 ……バレた……!
 脳裏を、塔の踊り場で抱き合っていた二人の姿が横切ります。
 しかもこのカトラスの態度、恐らく、悪い形で周囲に知れ渡ってしまったのでしょう。もう、時間稼ぎがどうだとは言っていられません。
「――二人が付き合っていると……?」
 説明に戸惑っているカトラスに言葉短く質問すると、たっぷりと長い間を空けて、彼は両目を見開き、事態を飲み込みました。
「御存知だったのですね……」
「……ええ」
「何故、仰らなかったのですか!」
「あの時は未だそんな時期ではありませんでした」
 様子を見計らって、先ず当人達に確認を取る予定だったんですから。それから二人を宥めて、様子を見て……。ゆっくり話し合って貰う予定だったんです。それが、もたもたしている間にこんな事になるなんて……。
「――どうして……」
「アイリーン様付きの侍女が、昨夜二人が密会していた現場を目撃したんです。それが、一晩の内に大騒ぎに。城中の者が噂を立てています――既に、マクラレーン様も御存知です」
 最悪です。
 私は大きな溜め息をつきました。
「芙蓉様、急ぎお支度を。マスターがお呼びです」
 そう、なるでしょうね。王宮内の一切は私の責任。これもまた、それの範囲内です。
「……分かりました。直ぐに参りますと伝えて下さい。それから、二人はどうしていますか?」
「早朝ですから、アイリーン様は未だお部屋に。ファングもまだ登城していません」
「二人はこの事を?」
「知りません」
「――では、街に使いを出してファングを連れて来て下さい。なるべく秘密裏にお願いします。登城させたら、取締役室に押し込めて一歩も出さない事。アイリーン様もお部屋から出られる様に伝言を」
「はい」
「ディ、貴方も取締役室で控えていなさい」
 物音で目を覚ましたディに告げると、彼はこっくりと頷きました。

 顔を洗って着替えて気合を入れて。
 これは――大仕事になりそうです。
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4. 「VS. 上席調印議員」


 マクラレーン様の執務室を訪れると、そこは臨時の調印議会と成り果てていました。調印議員の中で選抜される上席調印議員の中でも、更に飛び抜けて重要視されている十名が椅子に腰掛けています。
 うわ……。
 私は思わず顔を引き攣らせてしまいました。
 仕事でなければこんな場所立ちたくありません。先生に怒られる為に呼び出された生徒の気分です。まな板の上の鯉、そんな諺を思い出してしまう辺り、少しは心境に余裕があるのでしょうか。
 その気になればイーストフィールドの体制をがらっと変えてしまえる位の発言権を、ここに集まった一人一人が持っています。そんな人達に睨まれて余裕で居られる筈がありません。きっとパニックになっているんですね。恐慌に陥った頭は、時々妙に冷静だったりしますから。
「芙蓉殿」
 上席調印議員の中で、五番目にマクラレーン様に近い席に座っていらっしゃる御方が私の名前を堅い声で呼びました。――ディオール上席議員。あのカトラスのお父様です。こんなに間近で拝見するのは初めてなので、少しドキドキしてしまいます。顔はあまり似ていませんが、髪や瞳の色が全く同じなので雰囲気はとてもよく似ています。
 えーっと……、他の方に怒られてはいけないのでしょうか……。雰囲気が似ている所為で、カトラスに怒られているみたいでとっても気まずいんです。他の方に怒られてもどうとも思わないのですが――いえ、しっかり反省はしますが――カトラスに怒られる事だけはどうにも弱いと言いますか……。
「――聞いておられるのですか?」
「……はい」
 聞いてませんでした。
「…………」
 眉の寄せ方、溜め息のつき方までそっくりです。やっぱり親子ですね。
「この責任をどうやって取るおつもりなのですか」
「左様。これは貴女が思っておられる以上に、酷く高度に政治的な問題なのですぞ」
 私の返答なんて必要ないみたい。上席議員の方々は、口々に自分達の意見を述べ、議会を進めて行きます。
「療養と言って姫を遠方へ――」
「いやいや、ファングとやらを地方任務に――」
「早々に手を打たねば――」
「ここはやはり、姫に縁談を――」
「…………」
 話が進む度、私の顔が段々険しくなっていきます。まるで苦虫でも潰した様な渋面です。……仕方ありませんけどね。こんな、「酷く高度な政治的な問題を解決する為の政治家の考え」を聞かせ続けられると、誰でもこんな顔になりますって。

「――芙蓉」
「ぁ、はい」
 マクラレーン様の声に、私は反射的に返事をしていました。
 議員の方々も、話を止めます。
「君の意見を聞かせて欲しい」
 とは、申されましても……。
 視線を逸らして少し考えます。
 私の意見を、まさかそのままの言葉で伝えられませんからね。議員方の顰蹙を買うのは目に見えていますので、それを避ける為、意見を的確に表現出来る言葉を吟味し、順序良く組み立てます。
 それが返答に困っている様に見えたのか、マクラレーン様は言葉を注ぎ足されました。
「率直に」
 短く、一言だけを。
「――率直に……ですか」
 ……いいんですか? 本当に?
「そうだ。君の、意見を聞きたい」
 君の。――私の。マクラレーン様はそこを強調なさいました。
 言葉を選ばず率直な意見を。そう仰られていらっしゃるんです。
 周囲の議員方の目は相変わらずの厳しさ。その中で、私の意見をそのまま述べるのは流石に勇気が必要です。しかし、東方王様の御所望ですからね。答えないままではいられません。
 マクラレーン様の仰せの通り、率直に言わせて頂きます。
「――たかが恋愛沙汰に、大袈裟に騒ぎ過ぎです」
 ざわっ……。
 予想通り議員方に睨まれ、私は思わず鳥肌を立てました。し、視線が痛い……。
 室内は暫しの沈黙に見舞われました。誰一人として口を開きません。視線が泳いで、あちこちで色んな人の視線と視線がぶつかっていました。勿論、私も睨まれたまま。特にディオール議員が怖いです。カトラスと同じあの目がとても。
「……たかが……、か……」
 とても小さな声でマクラレーン様が呟きました。
 そうです。たかが、です。
「――政治的な問題があるのも分かります。しかし単純に考えてみれば、ただの恋愛沙汰だと考えます」
 ただの恋バナです。可愛がっていた娘が彼氏を連れて来ただけの話ではありませんか。
「貴女にしてみればそうかもしれないな。庶民の考えだ」
 悪かったですね。
 嫌味を言い放った議員、ささやかに睨んでみました。
 調印議員の方々が問題にしているのは、アイリーン様が王族の一員であられると云う事。
 私が言っているのは、これは家族の問題であると云う事。
 論点が違うんです。話が食い違ってしまうのは当然です。
「――私が申し上げたいのは、これは単純に考えれば御家族の問題であると云う事です。……御家族で話し合うべきです」
「それは詭弁だな、芙蓉殿。この王宮内の一切は貴女の管轄下にある。当然、マスターの御家族もその範疇内だ。……これは君の責任だ」
 間髪入れず割り込んできた声に、私は舌を巻きました。
 さすが、カトラスのお父様です。正論ですね。言い返せません。何とか誤魔化せるかなと思ったのですが、甘かったみたい。まったく……抜け目の無いお方です。
 私は瞬時に次の手を考えました。
「しかし、誰かが誰かを好きになるのは流石の私でも止める事は出来ませんよ」
 秘儀、正論返し。……屁理屈とも言いますが。
「……確かに、芙蓉の言う事も一理はある」
 頷くマスター。
 そうでしょう、そうでしょう。うんうん。
「しかし同時に、政治が絡む事も否定できない。――芙蓉」
「はい」
 何ですか?
「この件は、君に一任する」
 ざわっ!
「なっ……! マスター、一体何を……!?」
 狼狽する調印議員の方々。
 私は、一瞬何が起きたか理解出来ず、暫くの時間を置いて浸透してきたその言葉に、驚きを隠せずに居ました。
「これは決定事項だ。変更は無い。他の者の意見も聞かん」
 ぴしゃりと言い放つマスターの強い態度に、調印議員の皆様が大人しくなってしまいます。
 ……えっと……。……え? はっ! ちょっとちょっと! 議員の皆様、そこで黙り込んでしまわないで下さい! もっと言ってやって下さいってば!
 胸中で応援しても届きません。迫力負けした議員様は不満顔のまま押し黙ってしまいます。
「娘を頼む」
 私に向けられた最後の一言がトドメでした。
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