INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第09話next
1.

1. 「お土産持参で微笑返し」


 こんにちは。芙蓉です。
 足りなくなっていた日用品や色々な物の買出しに、街に行っていました。一度に纏め買いしたのでとても荷物が多いです。ディが居てくれて本当に助かりました。
 取り合えず、荷物をディに運ばせました。
 荷物の中から一冊の本を取り出して、判る分だけ荷物を片付けるようにディに頼んで部屋を出ます。
 外城から打ち内城へと入り、更に奥へ。日当たりが悪く、太陽が天上から光を降り注がせても暗いままの石造りの廊下を抜けて、鉄製の扉の前へ。軽くノックをして扉を押すと、激しい軋み音を立てて扉が開きます。真っ暗な廊下と違い部屋には明かり取り用の窓が一つあって、そこから部屋の中央に光が差し込んでいました。以前はその光の中に置いてあった椅子だけがこの部屋の唯一の家具でしたが、今は違います。壁には本棚、机。机の上にはランプがあり、ほんの少しだけだけれども、前よりは格段に部屋らしくなりました。
「やあ、芙蓉」
「こんにちは。――随分と部屋らしくなりましたね」
「誰かが本ばかり持って来るからね。でも、お茶は出ないよ」
 あらら。ちょっと皮肉られてしまいました。
 エルフ族のウィル様。見た目は子どもですが、実年齢は私よりも遥かに上です。この王宮中の誰よりも、年長者でいらっしゃるでしょう。エルフ族特有の高い感応能力を持っていらっしゃるので、思念が悪戯に心を刺激しないよう、思念を遮断し、尚且つエルフ族の糧となる大地の気を吸収できるこの石造りの部屋に住んでらっしゃいます。
 王宮内での彼のお仕事は参謀。マクラレーン様の良き相談相手です。
「今日はどんな本を持って来たんだい?」
「街で見付けて来ました」
 前置きして、持って来た本を手渡します。
 ウィル様はまず装丁に一通り目を通された後、中を開いてパラパラとページを捲られました。
「……如何ですか?」
「相変わらずだね」
 言って、ぱたん、と本を閉じてしまわれます。
「気に入ったよ。有難う」
「どう致しまして」
「――君は本を選ぶのが上手いね」
「そうですか?」
 そうでも無いと思うのですが……。エルフ族のウィル様が好みそうな物を選んでいるだけですから。
 先ず、歴史書は駄目です。五百年以上を生きているウィル様にとって、歴史は事実。紙の上の文字でしか歴史を見ない私達と違って、ウィル様に歴史は生きてきた通り道。ですから、本を読まずとも記憶として御自身の中に残っているものを、わざわざ本を読んで再確認しなくても良いでしょう。
 詩集とか、画集とかも余りお薦め出来ません。五感に優れたエルフ族は、概して素晴しい芸術才能を持っています。一人の人間が一生を捧げて生み出した芸術は、エルフが一時考えて生み出した芸術に匹敵すると言われていますから。――つまり、芸術を勧めてもお気に召して頂けない可能性が高いのです。
 となると、残りは物語位しかありません。その中でウィル様が好みそうな物を選んで、お持ちしているだけに過ぎませんから。

「――そうそう、聞いたよ。例の話」
「例の……ですか?」
 例の、と言われても、色々あってどれだか判りません。ここ最近の事件と言えば……。あ。
「キール様の事ですか?」
 聞くと、ウィル様はゆっくりと頷かれました。
 先日行われた領主総会。それに出席された領主キール様は、不良領主と有名な御方でした。キール様のお父様が圧政を領民に強いていた為、その皺寄せがキール様に廻って来、周囲の多大なプレッシャーに圧し負けてしまわれ、遂にキール様は不良領主と呼ばれるようになってしまわれたんです。
 しかし、その素質は中々のものだと見抜いたマスターが、キール様の捻れた性格を矯正させる為、ワザと総会に出席させ一騒動起きるように仕向けられたんですよね。そうとは知らず、キール様に真剣にお説教をした私。……途中でマクラレーン様の企みに気付きはしたのですが、だからと言って止めるわけにもいかず、結局はマスターの思い通りに事が運んでしまったんです。
 改めて考えてみると、本当に悔しいお話です。
「マクラレーンが言っていたよ」
 屈託の無い笑顔のウィル様。
「芙蓉に何されるか、今から怖いってね」
 やだなぁ……。
「そんな酷い事しませんよ」
 それなりの事はしてもらうつもりですが。――取り合えず、カトラスのお咎めは無しって事で話を付けていますが、元々彼に責任は無い話ですし、お釣り分は今の処何も思い付かないので取り合えず保留にしています。何時か、「それなりにして欲しい事」が見付かった時にお願いするつもりですけどね。
「獅子身中の蟲。――マクラレーンも大変な人物を取締役に選んだものだ」
「それ、褒めてないです」
「褒めているんじゃない。僕の今の素直な気持ちだよ」
「そういう時は、思っても口にしないのが一番ですよ」
「そうなのかい? ――人間は難しいね」
「…………」
 わざとなのか、素なのか、判り辛いのがウィル様の長所です。欠点と思う人も居るかもしれませんが、御本人にしてみれば長所になるでしょう。御本人にとても都合の良い性格ですからね。……周囲の人間にしてみれば迷惑なだけですが。
「ゼロスとの交代式では領主方を強制不参加にして、君は彼らから不満を買っていたからね。今回の事件はそれを良化する良い切っ掛けだったかもしれないな」
「あー……――多分、マクラレーン様はそれも狙っていらっしゃったんだと思いますよ?」
「そうかも知れない。あの男ならやりかねないね」
 絶対そうですってば。抜け目無いですから。
「逆に、交代式で王宮内での君の支持率はやや上がっていた。現在でもじわじわと勢力を伸ばしつつある。良い傾向だ」
「その様な言い方をされると、まるで私が確信犯でやっている様に聞えるので止めて下さい」
「おや、違ったかな?」
 うわ。そんな、わざとらしく聞き返さないで下さい。
「時々狙ってはいますけどね。――私はここで、好き勝手にやっているだけですよ」
 取締役の地位を利用して、甘い汁をすすらせて貰っているだけですから。ただ、嫌われたり見放されたりしては地位も役に立たなくなってしまいますので、お仕事はきっちりしています。カトラスの言う事も大人しく聞いています。皆の意見を取り入れて、成るべく皆が楽しんでくれるようにしています。ただ、それだけです。
「そうか……。だったら僕達は、最良のリーダーを得た事になる。とても嬉しいよ」
「喜んで頂けて何よりですよ」
 微笑むウィル様に、私も微笑み返しました。
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