INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第08話next
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1. 「王子 レオン」


 こんばんは。芙蓉です。
 丁度今、マクラレーン様との打ち合わせを終えて執務室に戻る所です。先日の領主総会の御報告も終わりましたので、明日からようやく暇になります。ようやくお休みも入れましたし、楽しみです。
 考えてみれば、初めてのお休み以来、数度しかお休みを頂いて無いんですよね。東方王宮に入宮して未だそんなに時間は経っていませんが、それにしても良く働いたなと感心します。色々と初めてな事ばかりで必死だったから、無理も無いかな。夢中になると、人間って休む事すら忘れてしまうんですね。
「あ、ふよーだ」
 ……ん?
 幼い声に名前を呼ばれ振り返ると、小さな男の子がパタパタとこちらに駆け寄ってきました。
 身長はエルフ族のウィル様よりも小さいです。私の腰位でしょうか。私が腰を折ってかがむと、丁度目線が同じになります。少しおぼつかない足取りは、転びやしないかと見ている者を冷や冷やさせます。実際、私に駆け寄ってくる際に転びかけたので、お供の侍女にその小さな体を受け止めて貰っていました。瞳も髪も、マクラレーン様と同じ色。
 名前はレオン。東方王のご子息様です。
「レオン様」
 御名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに私に抱きつきました。
「このような時間まで何をしておいでなのです? もうとっくに御就寝のお時間でしょう」
「……眠くないの」
 少し口を尖らせ、可愛い仕草。
 困ったお子様ですね。
「――でしたら、私が枕元で物語りでもお話しましょうか」
「ほんと?」
「はい。もう仕事も終わりましたし、一緒にお部屋に行きましょう」
「うん!」
 子どもは無邪気で素直で、本当に可愛いですね。
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2. 「物語は詩の様に」


 ――昔々、ある処に、二つの国がありました。
 二つの国は遠い昔から、ずっと戦争をしていました。戦って戦って、とても沢山の人が死にました。

「……どうして戦争しているの?」
 大人しくベッドに潜り込んだ少年が、不思議そうに首を傾げます。
「……さあ。とても古くから戦争を続けていたので、皆、どうして戦争が起きたのか忘れてしまっていたんです」

 その始まりは何だったのか、知る人は居ない。
 けれど憎しみの連鎖は続く。
 愛しき人が死に絶えるとき、新たな「理由」が生まれる。
 苦しさを抱え、辛さに耐え切れず、感情に身を委ね、その戦争はとても長く続きました。

 ある日、一つの国に住む男と、一つの国に住む女が出会いました。
 二人は愛し合い、一つの国に住む男は、一つの国に住む女を、自分の国へと連れて帰ってしまいます。
 男の国は彼女を受け入れ、二人で住む事を許してくれました。

「女の人をゆーかいしたの?」
 ……。物騒な言葉を知っていますね。
「いいえ。女の人も、男の人の国に行きたいと思っていたんです。女の人の国は、女の人から見てとても――…とても、嫌な国だったから……」
「戦争していたから?」
「――そうですね」

 ――そうして、世界の片隅で新しい人生を始めた女の人は、とても幸せでした。
 不可蝕の日々。穏やかな、望むままの生活。
 けれどふと、ある日、心の内に涌いた疑念。
 家族も無く、一人だと思ってきたけれど、国の人間はどうなっているのか。国はどうなっているのか。
 戦争は未だ続いているから、滅んではいないけれど……。
 けれど自分は教えなくてはいけないのではないか。
 こんな自由な日々があることを……。


「彼女は――」
「芙蓉様」
 侍女に示唆され、少年を見ると、彼はすっかり寝息を立てていました。
 眠くないと言っていた割には、結構早かったですね。
「……可愛い寝顔ですね」
「ええ。眠ってさえくれていれば、天使、なんですけれどもね」
 侍女が少し本音を洩らします。
「確かに」
 子どもは皆、そんなものです。
 私達はお互いの顔を見て苦笑しました。
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3. 「側室 オーレリア」


 レオン様の部屋を出、ふう、と溜め息を吐きました。
 ……疲れました。考えてみれば、ずっと働き通しなんですよね。でも、それも今日までです。頑張らなきゃ。
「あら、芙蓉様」
 名前を呼ばれて顔を上げると、奇麗な女性がこちらに微笑み掛けていました。
 マクラレーン様のご側室、オーレリア様。――つまり、私が今まで寝物語を聞かせていた王子レオン様のお母様です。
「今晩は。遅くまでご苦労様です」
 私は深々と頭を下げ、御挨拶をしました。
 それから少し言葉を交わします。王宮内の事やマクラレーン様の事。特に深く触れる事無く、本当に簡単に済ませてしまいました。丁寧にお相手出来るほど体力残っていないんです。済みません、オーレリア様。
「……もしかして、あの子が何か……?」
「え?」
「ううん、……ほら、貴女が内城(こっち)に居るなんて珍しいじゃない。もしかしてあの子が何か仕出かしたんじゃないかと思って」
 下町生まれのオーレリア様の口調はとても親しみ易く、つられてこちらも言葉が崩れそうです。柔らかな声の響きは彼女そのものを現しているかの様。のんびり、ほんわりとしたオーレリア様は、テキパキとしたレイチェル様とは本当に対照的で、こう言っては失礼かもしれませんが、私に少し似ていらっしゃるかも知れません。お話していると、何だかホッとするんですよね。マクラレーン様がオーレリア様に惹かれた理由も解る気がします。
「いいえ。ただ、眠れないと仰られたので、少しばかりお話を聞かせて差し上げておりました」
「そう……。手間を掛けさせてしまったのね。御免なさい」
「いいえ」
 眠くないと言っていた割にはあっさり眠ってくれましたから。
 笑顔を交わして、私達はそれぞれの方向へと向かいました。オーレリア様は私室へ。私は外城の執務室へ。
「――ああ、そうだ」
 何かを思いついて、オーレリア様が私を振り返ります。
「レイチェル様は元気?」
 正室と側室。何やら不穏な空気を思わせるお立場のお二人ですが、その関係は意外にも悪くありません。決して良好では無いんですけどね。それでも十分過ぎると思います。
 私は苦笑して、
「はい。先日もコレ」
 グラスを掲げる仕草をして見せ、
「付きあわされました」
 最近のレイチェル様の御様子を伝えました。
 言ってしまった後で、言葉が崩れてしまっていた事に気付いたのですが、その辺は御愛嬌と云う事で。お相手はオーレリア様ですしね。
「相変わらずね。元気そうで良かった」
 嫌味の無い笑顔。
 こんなお二人の居る王宮だからこそ、東方王宮は今日も平和なんでしょうね。
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