INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第07話 中編next
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1. 「領主総会 初日」


 何だかんだ言っても時間は待ってくれません。準備が一つ終わる毎に、それに見合った時が消え去ってしまいます。
 気が付けば各地から領主様方が一人二人とお見えになり、準備に追われつつ領主様をお迎えし、その代価として時は砂の如く零れ落ち、とうとう当日を迎えてしまいました。
 ――今晩は、芙蓉です。
 くたくたです。ぐったりです。忙しいだろうとある程度覚悟はしていましたが、まさかこれ程迄とは。ちょっと……いいえ、かなり、覚悟が足りなかったみたいですね。
 準備は何とか終わらせる事が出来ました。これも皆さんのお陰です。有難う御座います。
 しかし、準備が終わっても私の仕事の終わりではありません。総会開催期間中は、一切気は許せないでしょう。足りない物が発生したり、注文していた物が期日に届かなかったり、色々な事が考えられますから。領主様方からも目が離せません。彼等にとって総会は長期の旅行でもあります。その開放感から出先――つまりこの東方王宮で――何を仕出かすとも限りませんし、領主の皆様全員が、善意に満ち溢れた人格者とも限りませんから、念の為、注意を払っておかなければなりません。中には実際に問題視されている領主様もいらっしゃいますからね。その筆頭が、先日リーホワさんとお話していた件の御方です。

 名前はキール。
 ……覚えたく無いけれど、覚えちゃいました。
 ちらっとしか拝見出来なかったので、具体的にどんな方なのかは判りません。
「取締役は客人に顔を見せてはならない。見せて良いのは、滞在中の持て成しが気に入り、客人が取締役を呼んだ時だけ」……なんて慣習が恨めしいです。一体誰が始めたんだか。
 遠目に見た感じでは、中肉中背。ごく普通かな。髪は短いけれど、もみ上げ部分だけが長いように見えました。それ以外はさっぱりです。東方王宮総取締役として、いくら要注意人物とは云えキール様にだけ感けている訳にはいきませんからね。残りの時間は他の領主様方の観察へと回しました。そちらの方は、大して収穫はありませんでしたが。


 奥城で総会が始まると、城中がとても静かになりました。
 朝とお昼の丁度中間位の時間から始まり、夕方が終わる頃まで、途中に休憩を何度か取りつつ、延々と会議が行われます。これがおよそ三日間。四日目の夜は晩餐会です。五日目には東方王マクラレーン様主催で、調印議員の方々も交えての盛大なパーティーが催されます。六日目、七日目は自由行動。八日目から段々と、遠方の領主様から順にお帰りになられます。全員がお帰りになられるまでを入れると、全行程が十日間程でしょうか。今日は未だ一日目。
 先は長い……ですね。
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2. 「領主総会 二~四日目」


 二日目の朝は少し寝坊をしてしまいました。
 執務室に到着すると、カトラスに少し睨まれてしまいます。
 今日は勘弁して下さい。ここ最近ずっと寝不足で、疲れが溜まっているんです。
 自分の席に座り、早速何か問題が起きていないか訪ねると、三件の返答が来ました。アレルギーがあるので料理の変更を申し出た領主様が数人。その分を埋め合わせる料理の為の食材調達。昨日、会議の後にサロンに集まった領主がグラスを幾つか割った事。些細な事ですが、お仕事はお仕事です。
「侍女頭さんに、侍女全員に領主様方のアレルギー調査をするように依頼して下さい。今日中にここへ報告、明日には報告書を提出すること。報告書は二枚書いて、一枚は料理長へ渡すように。――あ、侍女や侍従達には、自分の担当の領主様のアレルギーを覚えておくようにも言って下さい。万が一、料理に混じっていたら大変ですから」
「はい」
「今日のところは取り合えず、申し出のあった領主様の分だけ、料理を変更して下さい。その旨を料理長に連絡。食材は城下町で手配しましょう。必要な食材を必要な分だけ、二時間以内に報告を」
「はい」
「グラスも城下町で手配します。食材の注文と一緒にして下さい。割れた数より……そうですね、三十程多く発注を。今日中に、十五。残りは明日までに納品するように。柄は任せます」
「はい」
「それから、花の手配をお願いします」
「花……ですか?」
 メモを取っていたカトラスの手が止まります。怪訝そうな顔で首を捻る彼。
「はい。花と言うより緑ですね。会議室の花を総て移動させて、代わりに観葉植物を飾ってください。香りのある花は気が散るので長期の会議には不向きです。それよりも葉の大きな緑の植物を飾るように。目にも良いし、集中力も上がります。――どの位で準備出来ますか?」
「……そう、ですね……。庭師と相談して、お昼までに用意を致します。皆様が昼食を摂られている間に入れ替えを行います」
 キッパリとした答えでした。この分だと、この件は彼に一任してしまっても良さそうですね。
「分かりました。では、それでお願いします」

 二日目はこんな風に少し忙しかったのですが、三日目はそうもありませんでした。総会最終日だったので会議が早めに終わってしまい、サロンの準備が少し遅れてしまった事を除いては、いつもの慌しさに、少しプラスアルファ位の忙しさでした。
 順調で何よりなのですが……、一つ頭から離れない事があります。
「ディ、ちょっと頼まれてくれませんか?」
 来客用に用意された机とソファの上で資料整理をしていたディは、手を止めて頷きました。
「領主のキール様の様子を見てきて下さい。さり気無く、気付かれない程度に」
 頷き、ディはゆっくりと部屋を後にしました。
「……偵察ですか」
 その様子を見ていたカトラスが、物騒な事を言います。嫌ですね、もう。言葉には気を付けて下さい。
「――いいえ。関心があるだけですよ」
 ちょっと笑って見せました。

 四日目は流石に忙しかったですね。朝早くから準備を始め、夕方の早い時間帯から晩餐会開始。後は割りと順調でした。
 例の領主様も大人しいです。ディの報告では、何事も無いように会議に出席していたとのお話でしたので一先ず安心してはいるのですが……。
 このまま順調に終わりますように……。
 ――なんて願っても、叶えてくれる程、神様は私を見てくれてはいませんでした。
 事件は五日目のパーティーに起きました。
 ……起きなくてもいいのに。
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3. 「領主総会 四日目」


 パーティーは、マクラレーン様を含む東方王族の方々と、調印議員の御家族等、つまりは東方王宮内の御偉い方々が、領主様方を持て成す形で開かれます。
 王宮勤めで公約文書に捺印出来る調印議員と、地方一領を任せられる領主とでは、調印議員が格上。独身領主にとっては玉の輿のチャンスです。
 ……そんな下世話な話では無い? ――ごもっとも。お仕事、ですもんね。ただ、そんな事実も時々あるらしいですよって事で。
「平和な証拠です」
 誰に言うでも無く、独りごちました。
 室内はとても静かです。カトラスも居ません。私の名代としてパーティーに出席しています。「取締役は気に入ってもらえたときにしか~」云々で、私はパーティーに出る事が出来ないんですよね。代わりに、公式の場では代理人として取締役の補佐官が出席します。ディも私の補佐官なので出席出来るのですが、彼に私の代理が務まらないのは必死。その点、カトラスなら立派に役目を果たしてくれるでしょう。そして私は、こうして執務室でのんびり出来ると云う訳です。
「ん~~」
 この上も無く幸福な顔で、思いっきり伸びをします。
 はぁ~、毎日五分だけ――いえ、せめて三日に一度でも良いです。こんな風にのんびり出来る時間があればなぁ……。
 ――バタバタバタッ。
「芙蓉様!」
「はいっ! サボっていませんッ!」
「は? ――何を言っているんですか、大変なんです!」
 カトラスかと勘違いしたその声は、カトラスとは全く違った声でした。取締役室員のスコットです。カトラス直属の部下、つまり私の部下ですね。
 どうしたんでしょう? そんなに慌てて……。
「おい、大変だぞ!」
 更にその後ろから現われたのはファングでした。
 こちらも、とても慌てています。額には汗が少し浮いていて、息も切れ切れ。全力疾走した後って感じです。ちょっとおめかししているのは、パーティー会場警護の為でしょうか。会場警護班は場の雰囲気を壊さない様に、キチンとした服を着用する事が義務付けられていますので。
「どうしたんですか? 二人とも……」
 首を傾げると、二人は一気にまくし立てました。
「パーティーの会場で、室長と領主様がケンカ――いえ、口論を……」
「客は未だそんなに気付いちゃいねぇが、やべぇぞ! 領主の方が大声上げてやがる! マスターに知れるのも時間の問題だ!」
 サーッ、と、顔面から血の気が引きます。きっと今の私、真っ青な顔をしているでしょう。
 パーティーの席で何を仕出かしてくれるんですかーっ!
「カトラスは何を――」
 彼なら何とかしれくれそうなものをっ。
「ですから、その室長が口論されていらっしゃるんですよ」
「     」
 言葉が出て来ませんでした。情け無い話ですが、ショックの余り口をパクパクと金魚の様に開けたり閉じたりさせる事しか出来なかったんです。
 とにかく、現場へ行く必要があります。
 椅子の背もたれに掛けていた上着を取り、乱暴に腕を通しながら、部屋を出ます。
 会場となっている部屋は外城の西。ここ、取締役室からは少し距離があります。自然と、足は小走りになりました。
「始めは領主様同士が言い争っていたんです……。室長がそれを諌めようとして声を掛けたら、怒りの捌け口がこっちを向いてしまったみたいで」
「で、口論になった、と」
 よりにもよってカトラスが。
「口論っつか、相手の領主が酒の勢いで一方的にケンカ売ってるカンジだな。今はまだ何とか凌いでいるが、ありゃ、いつまで持つかな……」
 つまり、カトラスが罵声を浴びせられているんですね。
 ……それは少し拙いです。カトラスはあれで、少し気の短い処がありますから……。
「カトラスのヤツ、しっかりしているように見えて気が短いからな。早くしないと」
 舌打ちをして、ファング。
 さすが仲良しさんですね。よく見てます。
「相手の領主は?」
 質問すると、
「キール」
 二人が声を揃えて答えてくれました。
「    」
 更に声が出なくなってしまいました。
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4. 「裡に眠れる 1. 」


 まったくやってくれますよね。油断は出来ないと警戒していた領主様が、よりにもよってカトラスと口論だなんて。
 私も、晩餐会が無事に終わって、ちょっと気が弛んでいたんでしょう。何だかショックが大きいです。
 スコットとファング、それからディをお供に会場へ辿り着くと、私は少しだけ足を止めました。深呼吸をして乱れた呼吸を整えます。本来ならば、総取締役はこの様な場へは出られません。それなりの覚悟をしなければ。
 ――よし。
  気合を入れて、会場へと一歩足を踏み入れました。
 場所は、東方王マクラレーン様とその御家族から一番遠い末席。会場入り口のすぐ近く。その隅で、見慣れた男と見慣れない男が向かい合っていました。片方は怒り心頭、罵声を口にし、もう一人は堅く口を閉じているか、時々相槌を打ちます。確かに一方的ですね。何だかカトラスが不憫です。
 相手の男性は、遠目でしか確認をしていませんが、確かにキール様でした。中肉中背、身長は丁度、私に頭半分を足した位。もみ上げ部分だけが長く、襟足は短い髪。意志の強そうな――と言うより、悪そうな目。三白眼。いわゆる、つり目です。先代領主様との逸話を聞いたついでにお若いとは伺っていましたが、まさかここまで若くあられるとは思いませんでした。カトラスと変わらない位――いえ、もう少し若いでしょうか。
 その所為か、傍から見ていると、何だか友達同士の喧嘩の様に思えてなりません。……カトラスが聞いたら憤慨するでしょうね。
「あ、芙蓉様っ」
 こちらに気付いた女性二人が駆け寄ってきました。カトラスの部下、スコットの同僚の二人組みです。
「芙蓉様、早くあれをどうにかして下さい!」
 ……なんて泣き疲れても、ちょっと困ったり。
 どうしましょうか。どうやってこの場を治めましょう?
 ――ヒートアップしていくあの二人を落ち着かせる事が先決ですが、頭に血が昇りすぎて直ぐに落ち着いてくれるとは思いません。ならば先ず、この場から二人を引き離し、別室で宥めた方が無難です。
「ディ」
 短く呼びます。
 私達はおもむろに二人に近付いて行きました。近付けば近付く程、領主様の声が大きくなります。ついでに、堪忍袋の尾が切れる寸前のカトラスの顔も見えてきました。私には見慣れた表情ですね。
「カトラス」
 声を掛け、二人の間に割って入ります。
 右手の平でカトラスを軽く制し、一歩引かせました。
「――ナンだよ、テメェ――……ッ!?」
 鋭い眼光がこちらを射抜きます。
 私は人差し指を彼に向け、ディに指示をしました。
 それとほぼ同時に、ディの拳が領主様の鳩尾にクリーンヒット。あれは痛い。
 お腹を押さえてうずくまろうとする領主様をそのままディに抱えてもらい、すたすたとその場から離れます。
 ちょっと乱暴? ――ま、手っ取り早く終わらせようとすると、こういう方法しか無いのが現実ですから。
「カトラス、貴方も来なさい」
「……はい」
「スコット、二人と一緒に会場に残って下さい。後を頼みます。音楽でも掛けて盛り上げて下さい」
「判りました」
 スコットと女の子二人が頷いたのを確認して、私達は部屋を後にしました。
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