INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第07話 前編next
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1. 「女同士の井戸端会議」


「…………。本当なんですか? それ」
「嘘を言ってどうするのですか。私達の間では、とても有名なお話よ。今更隠せないほど話題になっているのですから」
 淡々と語る侍女頭さんのお言葉に、私は声を失ってしまいました。
 こんにちは。芙蓉です。
 共同食堂のお薦めメニューは鳥スープです。絶品ですよ。それからミステリー定食。誰が考案したかは知りませんが、明日の食堂を預かる者を目指して修行中の食堂メイドさんが、料理の腕前向上の為に練習として作った料理を、格安で御提供する定食です。とにかく安いです。しかし、食べる際には鼻をつまんでの食事をお薦めします。特に今日の様な料理では。
「芙蓉さまー、今日のあたいの手料理はどうよ? 自信作なんだけどな~」
「はい。却下です」
 きっぱり。
「んなっ!? そんな、自信作なんだよ!?」
「だったら砂糖と塩を間違えないで下さい」
 言って、私はスプーンで一口分をすくい、彼女に食べさせました。すると彼女の顔がみるみる青くなったり赤くなったりします。暫し耐えていた彼女でしたが、とうとう傍にあったコップを――水の入った、私の飲みかけのものを――がしっと握り、中身を一気に飲み込んでしまいました。
「まじぃ!」
「だからそう言ってるじゃないですか」
 人の話を聞かない子ですねー。
「芙蓉様」
 やや顔を顰めた侍女頭さん。
「はい?」
「やはり、総取締役ともあろう御方が、このような処でお食事を摂られるのはどうかと思います。総取締役は我らがマスターの最高補佐官。それなりの礼節・礼儀を弁え、素養を磨きマスターの御威光を写す鏡とならねば――」
「ちょっとオバサン、侍女頭だか何だか知らないけど、芙蓉様の悪口はあたいが許さないからね」
「なっ……お、オバ……っ!? ――芙蓉様っ!」
 そこでどうして私が悪くなるんですか、もう。
「はいはい。二人共、落ち着いて下さい。――リン、私は悪口は言われていませんし、この方は王族の身の回りのお世話をなさられる御方です。貴女がその様な態度を取れる御方では無いことを自覚して下さい」
「………はい」
 ちょっとしょんぼりして、リンが素直に頷きます。
「リーホワさんも、ここの事は目を瞑って下さい。ここは私にとって大切な情報源ですから」
「……情報?」
 怪訝そうな顔で聞き返されました。
「はい。――王宮は広過ぎて、私の目の届く範囲はどうしても限られてしまいます。でもここなら、目の届く範囲で多くの事を知る事が出来ますから」
 言うなれば、ここは私にとって朝刊と夕刊と週刊誌とタブロイドが一緒になったような場所なんです。王宮内の動向が手に取るように判りますから、とても重宝しています。何千人と居る王宮で働く人々の顔も覚える事が出来ますし、何かと便利なんですよね。
「理由が御在りならば仕方ありませんけれど……やはり、私は反対ですわよ」
 しっかり念押し。
 けれど、許可は許可です。
 侍女頭さん自身、ここにこうやって来て、私と一緒にお茶を飲んでいるじゃありませんか。口では何とでも言えますけど、態度がそうは言っていませんから。

 仕事柄、侍女頭さん――リーホワさんとはよくお話しをします。王宮総取締役の重要なお仕事の一つは、王族の方々が快適に日々を過ごせるように手配する事、ですからね。王族の身の回りの世話をする侍女達を統括する彼女から直接お話を聞く事によって、王族方の要望や不満を逸早く取り入れる事が可能になるんです。
 リーホワさんにしてみても、侍女達の手には負えない王族の要望を直接上層部(うえ)に伝える事が出来ますから、素早い対応で王族との良好な関係を築ける、と云う利点があります。
 どちらからともなく、私達は互いに多くの話をします。
 長年東方王宮に仕えてきた彼女は王宮内の事象にとても詳しく、色々な話をして下さいます。お仕事に関連するならば、メイド達の瑣末な仕事内容の話や、それに紐付く人員配置のアドバイス等。時折、仕事以外の話に及びますが、その場合は大抵、人間関係やその人の昔のお話ですね。
 彼女のお話しはいつも丁寧で解り易く、とても役に立っています。
 因みに今日のお話は、近日中に開かれる領主総会に出席されるある領主様についてです。
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2. 「イーストフィールド」


 イーストフィールドは五十以上の領地から成る巨大地方自治体。東西南北中央の五都市フィールドの内、二番目に人が多く住む土地で、商業で栄え、観光地としても有名です。そのフィールドを治めていらっしゃるのが、この東方王宮の主であり、東方王フィールドマスターでもあられるマクラレーン様。
 領主総会は、そのマクラレーン様に領主様方が直接、自治状況や収支計算等の最終報告をする為に開かれる会議の事です。
 会議と言っても、ただ会議だけでは終わらないので、大変なんです。
 イーストフィールドの隅々から領主様がお集まりになられるのですから、中には早めに到着されたり、期日に遅れられる方もいらっしゃいますので、そんな方々の為にお部屋を用意したりしなければなりません。会議は数日に渡って開催されるので、つまり結局は全員分のお部屋を前もって用意しておく必要があります。
 それだけならまだしも、遠方から遥々お越しになられた領主様方の為に、慰安と歓迎を兼ねて、マクラレーン様主催の名目で晩餐会やパーティーを開かなければいけないんです。
 それがどんなに大変か!
 客間の掃除に始まり、客室にある日用品や備品のチェックをして、破損があれば取替え、それぞれの客間の広さ・豪華さに合わせてお部屋の割り当てをして(領主様と一口に言ってもやはりそれぞれ格が違うので、それに合わせて部屋を選ばなければなりません)、通常プラス五十人分の料理の手配をし、大広間を片付けて晩餐会・ダンスパーティーの準備をし、広めの部屋を用意して領主様方各位が交流を深める為の簡易サロンを作ったり、サロンに設置するバーの準備をしたり、領主様御一行が滞在中は街も賑やかになるので警備兵の数を増やしたり。
 こういった行事の大抵は、東方王宮総取締役である私に一任されるのですが、今回の様な場合はマクラレーン様も関わらなければならないので、マクラレーン様と準備の相談をしたり、その結果次第ではあれこれと決まっていた事を変更せざるを得なくなってしまったり。
 その「変更せざるを得なくなってしまった」例の一つとして、ある辺境の御領主様のお話しをしたところ、リーホワさんがその御方について、色々と教えて下さった訳なのです。
 イーストフィールドの南西にある領地での、ある騒動を。
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3. 「領主と息子と領民と」


 その領主様は、東方王宮から遠く離れている事をいい事に、好き勝手にやっていらっしゃったそうです。
 東方条例以上の税金を徴収したり、納税滞納者を必要以上に処分したり。口では言えないあんな事からこんな事まであくどくやっていたとか。
 しかも、領地へと送り込まれる査定員も丸め込んで虚偽の報告をさせたり、事を上手く隠蔽して周辺の領地の領主にも知られないよう手配したりと、兎に角、随分長い間、領民が苦しんでいる事に誰も気付かなかったんですよね。
 しかし、悪は何れ滅び去るもの。
 ある領民が領地を抜け出し、隣の領地の領主に告発したんです。
 領主は当然クビ。
 その跡を継いだのが、そのクビになった領主の息子です。

 当初の予定では、事件から未だ日も浅い事もあり、今回の総会への出席は見送られていたのですが、マクラレーン様の指示によりその御方もお呼びする事になったんです。
 その旨をリーホワさんにお伝えしたところ、その領主様の政権交代の経緯と申しますか――事件、ですね。を、教えて頂いたんです。

「そんな問題児を出席させるなんて……一体、何をお考えなんでしょう……」
 マクラレーン様の頭の中は、時々、計り知れません。
 マクラレーン様はいいでしょう。報告を受ける立場なんですから。
 問題は私です。王宮内で問題が発生すれば、それは総て私の責任になります。引いてはマスターの御威光にも影響します。大問題です。
 良ければ、不穏分子はなるべく避けて欲しかったな……と。今更言っても遅いですが。
「あの御方はあの御方なりに考えての事でしょう。――芙蓉様、貴女様のお役目は、御自分の判断でマクラレーン様の思い通りの王宮を維持していく事です。あの御方がお望みならば、その総てを叶えなければ」
 ……難しい要求をしないで下さい、リーホワさん。
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