INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第06話next
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1. 「微妙な位置関係」


 カトラスは優秀です。とっても。

 ――こんにちは、芙蓉です。今日は私の執務室からお送りしています。
 そして、椅子に座る私の正面に立って、今日の予定をテキパキと述べているのがカトラス。私の直属の部下です。中々恰好良いですよ。
 年齢は二十代後半か、三十代前半位。きちんと聞いた事が無いので、正確な年齢は分かりません。
 銀髪だと思っていた髪が、実はどちらかと云うと白に近い色をしている事に気付いたのはつい最近です。それ迄はずっと銀だと思っていました。陽の光の反射でそう見えていたんですね。長い髪は、長い前髪と一緒にきっちり一纏めにされています。彼の性格が現われていますね。ゆらゆらと背中で揺れる髪が、ちょっと可愛いです。
 瞳は青。晴れた日の空の色。眼光が少し鋭いので、怖い印象を受けるのは否めません。……実際、ちょっと怖いですし。
 細い縁の、緑色の眼鏡を掛けています。……眼鏡が丸いのは、鋭い眼光を少しでも柔らかく見せようとしている彼なりの努力の結果なのでしょうか? ……うーん。彼の性格を考えると、それはちょっと違いそうです。似合っているとも云い難いですし、何か事情があるのかも。
 年齢は若いですが、その有能振りから取締役室長の地位を得ています。
 勿論、実力だけではありませんけどね。東方王妃様の情報に寄ると、彼は有力貴族の息子なんだそうです。成る程、納得。確かに、そんな雰囲気が出ていますから。
 しかし、地位に驕らず、身分に頼らない彼の仕事に対する姿勢は誰よりも抜きん出ています。――詰まるところ、もし貴族出身で無くとも、実力で室長の地位に就いた事でしょう。
 そして、今、私が座っている東方王宮総取締役の地位も――…。

「――以上です。何か御質問は?」
「いいえ、ありません」
 首を振ると、彼は手に持っていた手帳を閉じました。
 室長のお仕事は、取締役室の管轄、及び総取締役のサポート。簡単に言うと、私のお手伝いと、私の直属の部下の監督です。その二つしかありませんが、その二つが大変な為、その他の仕事は部下に任せるのが普通だとか。しかし彼は、自ら進んで私の秘書のお仕事まで受け持ってくれました。――にも関わらず、自分の仕事には一切影響を出していないんですから、凄いですよね。私も見習わなくっちゃ。
「それから、以前からお願いしていた演説文の提出期限が本日の正午となっておりますが――…」
 ちらり、と彼がこちらを伺いました。
 私は苦笑いで押し黙りました。
「……………」
「…………」
「……」
「――お伝えした筈ですよね」
 ……はい。確かに聞きました。
「…………」
「………」
「……」
「し――締め切りの延期は――」
「出来ません」
 即答です。しかもキッパリと。
 ううぅぅ…。私、窮地に立たされています。
「分かりました。では、代わりに私が代筆しても宜しいでしょうか?」
 言葉はとても丁寧で低腰なのですが、声には明らかに棘が含まれていました。怒っています。私、怒られています……。
「……よろしくお願いします……」
 怖いよぉ~。
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2. 「悩める昼食」


 総取締役ともなれば、王族と迄はいかずとも、それなりの対応・待遇を受ける事が出来ます。しかし、そう云うものが苦手な私は、それらの大半をお断りしました。
 食事もそれの一つ。
 流石に朝は私室まで運んで貰いますが、それ以外は主に共同大食堂で取っています。
 外城の中には、使用人の為の広い共同食堂があります。訓練を終えた兵士や、仕事を一段落させたメイド達等が集まる大衆食堂。そして交流所でもあるわけですが、実はこれ、マクラレーン様が考え出されたシステムだったりします。
 それ迄は、使用人達は狭い部屋に集まって、メイドならばメイド、兵士ならば兵士達と、それぞれで食事を取っていました。しかも、奥城と外城、あるいは東と西に別れてです。折りしも、王宮内での人間関係に置けるコミュニケーションが疑問視されていた事もあり、マクラレーン様は外城の一角にあった使用されていない部屋を改装し、食堂を作られたのです。
 以来、使用人同士の交流が深まり、人間関係が円滑になって、お仕事の能率も上がったとか。やはり、人間関係は大切ですよね。それから、社内?恋愛も増えたそうです。女性にとって嫁に行けるかどうかは死活問題。これもまた、嬉しいお話ですよね。
 そんな訳で、食堂は今日も活気で溢れています。
 私の居る、一角を除いて。

 並べられた料理の中から、食べたい物をチョイスして、歩いて、そしてまた歩いて……。その最終地点、デザートの前で、私はそのまま立ち止まってしまいました。
「――はぁ」
「おや、今日も随分と深い溜め息だねぇ」
 茶々を入れたのは料理長さんです。王宮御用達のコックさんと云うより、下町の食堂のおばちゃんと呼んだ方がぴったりなお方です。実際、この食堂に居て何の違和感もありませんから。
 彼女の普段の持ち場は厨房ですが、空き時間になると、彼女の部下の監督の為、こうして食堂に来る事があります。その時間が大体私の昼食と重なる為、こうしてよくお話ししているんです。
「またカトラスに怒られたのかい?」
「う」
 痛い処を……。
 明るくて、お母さんみたいで。その気兼ねなさからか、私は彼女に色んな悩みを打ち明けています。内容は殆どカトラス関連ですから、ここで彼の名前が出てくるのはごく自然な事。でも、ねぇ……。そんなにすぐ気付かれる程、話しをしているんだなぁ、私って。
「今日のデザートは何にしようか悩んでいるんです」
 一応、誤魔化してみますが、
「おや、そうかい」
 ……完全に見破られています。恐るべし。
「あんた……そんなんで大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。ごはんはちゃんと食べてますし、夜もぐっすり寝てますし」
 睡眠時間は確保するようにしてますから。
「いや、そうじゃなくてさ……。仕事だよ。あんたは、あたし達を纏める重要な役職に就いているんだよ? ちゃんと分かっているのかい?」
 私のお仕事――東方王宮総取締役。
 それは、お忙しいイーストフィールドマスター・マクラレーン様に代わって、王宮内の一切を独断で取り仕切る、最高補佐官の地位。このおばさんも、ファングも、カトラスも、皆、私の部下。食堂中に居る兵士やメイドも。王宮中の使用人・侍女・侍従等、その全てが、東方王宮総取締役である私の管轄下にあります。
 それらをちゃんと管理出来るのか――彼女はそれを質問しているんです。
 出来ない、なんて言えませんよね。もう、総取締役になってしまっているんですから。やるしかないんです。
「――ここだけの話だけどさ」
 おばさんが顔を近付け、人目を気にしながら言いました。
「あんたよりもカトラスの方が良いんじゃないかって、みんな言いるんだよ。もう少し頑張った方がいいんじゃないかい?」
 ……それは随分前から多方面で耳にします。
 例えば、ファング。彼はカトラスの昇進を期待する余り、私を脅かして追い出そうとした行動的な人物です。
 メイド達のお喋りは耐えませんし、私とカトラスの遣り取りを直接見ている取締室の部下達も、私が居ない間にコソコソと陰口叩いているのは知っています。
 私よりもカトラスが有能。優秀。だから、彼の方が取締役に相応しい。――と。
 でも、色々あるんです。
「――カトラスみたいな人物には、私位で丁度いいんです」
「……?」
 怪訝そうな顔で、おばさんが頭を捻りました。
「――カトラスみたいに優秀な部下に必要なのは、優秀な上司ではなく、いざと云う時に責任を負ってくれる上司です。そして、理想的な環境を提供してくれる上司。……優秀な部下と、優秀な上司が近い所に居ては何かと摩擦が発生しますから……。部下が優秀なら、上司も優秀である必要は無いんです。カトラスだけではなく、部下は皆優秀な人物ばかりですし、仕事は彼等に任せてしまっても何も問題はありません。何か起きた時にだけ、私が出ればいいんです」
「ふぅん……」
 おばさんが相槌を打ちました。
「あんたも、けっこう考えているんだねぇ」
 まあ、それなりには。
 仕事を円滑に進める事。効率良くする事。気付かれない処でそっと部下を見守る事。それがゼロス様に教えて頂いた仕事の極意です。それを私なりに解釈して、実行しています。
 問題は、私がカトラスに怒られてばかりだと云う事。
 何とか頑張っていますけど、中々どうして、カトラスも手強いです。
「じゃあ、悩める総取締役さんに、これをサービスしとくよ」
 渡されたのはチョコレートでした。アーモンドも入っているみたい。
「甘い物は疲れを取って、イライラを解消するからね。食べ過ぎには要注意だけど。でないと、あたしみたいになっちまうよ」
 ちょっと丸い自分のお顔を指して言います。
 私は少し笑いました。励まして下さっているのに、沈んだ顔は出来ませんから。
「有難う御座います」
 私は素直にお礼を言いました。
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3. 「スウィートチョコレート」


「――それから、朝にお話していた文章です。一応、お目通り下さい」
 長い話の後に、カトラスが付け足しました。数枚の書類を受け取って捲ります。確認する必要もありません。カトラスは何時も良い仕事をしてくれますから。
「それでは」
「あ、ちょっと待って下さい」
 頭を下げて退出しようとするカトラスを引き止めました。
 左手で頬杖をついたまま、右手で机の引き出しを開けます。取り出すのは一欠けらのチョコレート。
「――はい」
「……何ですか?」
 怪訝そうな顔のカトラス。
「いつも遅くまで有難う」
 にっこり笑った私を見て、彼は暫しフリーズ。そして、
「宮廷内の衛生管理は完璧ですが、時折、おかしな物も混じるようです。芙蓉様もお気を付け下さい」
 言って、受け取って、執務室から出て行ってしまいました。

 ……なんだかな。
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