INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第05話next
1.

1. 「真夜中に…」


 内城から、外城へ。中庭を跨いで、執務室に向かいます。
 こんばんは。芙蓉です。真夜中なので小声です。聞こえ辛かったらごめんなさい……。
 執務用の机の上を片付けて、これから私室へと帰るところです。
 時刻は真夜中。誰一人居ません。静けさが横たわる城の中は、ぼんやりと灯った明かりが妙な演出をし、今にも幽霊が出てきそうな雰囲気。こ、怖い……。
 おっかなびっくり、ドキドキを耳の傍に聞きながら、外城を抜けて――…。
「……あれ?」
 外城と、その周囲に植えられている樹との間に、何やら動くものを発見。人影です。私より背が高くて……男の人。結構、がっちりした体躯。何だか、よく見慣れたシルエット……。
「……ファング?」
「ぁあ!?」
 ビィン。
「ああ!!」
 ヒュウウウゥゥゥ……。
 風を切る音。この音は……矢、ですね。
「あああぁぁ」
「……何をやっているんですか」
 近付いて、声を掛けると、その場に泣き崩れるファングの姿が闇夜に浮んで見えました。その手には弓が握られています。さっきの、風を切ってあらぬ方向へと飛んだ矢、彼が撃ったんですね。
 ……本当に何をやっているんですか、この人は。まったく、毎度毎度……。
 ぽりぽりと頭を掻いて彼の返答を待ちますが、一向に得られる気配はありません。しゃがみ込んでしまったファングに合わせて、私もその隣に腰を下ろします。そして、改めて聞いてみました。
「何をやっているんですか?」
「…………」
 悪戯をしている処を目撃されてしまった子供みたいな顔してます。面白いですね。
「……で?」
「――練習をしていたんだ。弓の」
 それは感心です。悪戯好きよりもむしろ、進んで自習をする優等生じゃありませんか。
「どうしてこんな夜中にやっているんです? 家には帰らなくていいんですか?」
 王宮に住めるのは、私の様な、家に帰る暇すらも惜しむ程、重要な役職に就いている人物か、あるいはその家族か、それから王族の身の回りの世話をする侍女・侍従達です。朝早くから夜遅く迄仕事のある厨房等のメイド達、城の警備を担当している兵等は、それぞれ王宮の敷地内にある宿舎に寝泊りしています。
 けれど、ファングの様な下位の兵士ともなると、王宮に住む訳にはいきません。城下町に家族と共に住む者、家族と離れて一人で住む者、いろいろですが、殆どが一人暮らしだと聞いています。遠方から出稼ぎの為に兵になった者や、メイドになった者――つまり単身赴任ですね――が多いと聞きますから。ま、王宮の仕事に就く以上、その程度の不便は当然と言った処でしょうか。当人にとっては、ちょっと迷惑でしょうけど。
 ファングもそう云った単身赴任者の一人だったと思うのですが……。
「……負けてられっかよ」
「――は?」
「端くれとはいえ、軍人のオレが取締役のお前に負けただなんて冗談じゃねぇ。ぜってぇー、追い越してやる」
「……はぁ」
 迫力ある彼の言葉に、ちょっと驚く私。
 えっとつまり、これは……。――この間の事を気にしているのでしょうか。先日の「師匠と呼ばせて下さい」事件、ですよね。
 ――確かに、文官の筆頭とも云える王宮総取締役が、現役軍人以上の弓の腕前を持っているのは珍しい事です。しかも、彼自身の部下の目の前でしたし……。プライド、傷付いたんですね。
 彼の立場を考慮しなかった私に、大いに責任があります。
 かと言って、ここで私が謝っても何の解決にもなりません。むしろ、もっと傷つける可能性大です。ここは一つ、彼に頑張ってもらうしか無いのです。
 ……しかし……。
 私はちらりと、不貞腐れる彼を見ました。
 何か……以前から思っていたのですが、ファングって可愛いですね。とっても。照れて怒って、行動が子どもみたいで。
「――…何、やってんだよ」
 怒気を含んだ彼の声。
 分からないですか?
「頭撫でてるんです」
「だああぁぁぁッ!! ガキ扱いするな!」
 …ほら、ね。
 やっぱり、可愛いです。

 思わず笑ってしまう顔、止められませんでした。
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