INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第04話next
1.2.3.

1. 「東方王妃 レイチェル」


「失礼しました」
 深々と頭を下げて、お部屋を後にしました。
 はぁー……。やっと、今日のお仕事が終わりました。
 こんばんは、芙蓉です。
 現在、時刻は真夜中近く。ここ最近、ようやくお仕事に手馴れてきたかと思うと同時に、とても忙しくなって疲れています。
 何でも、大きなお仕事が控えていらっしゃるとかでマスターが王宮内の事に一切手を付けられない為、その皺寄せが私に廻ってきているんですよね。この為の王宮総取締役とは云え、疲れます。私も生身の人間ですから。
 そろそろ切実に休日が欲しいですね。何せあれ以来一度も頂いていませんし。生活必需品の幾つかも足りなくなってきていますし、欲しい物もありますから、買い物にも行きたいです。だけどお仕事が一杯一杯で……。とてもお休みなんて出来る状態じゃありません。
「はぁ~」
 私、一段落つくまで生きていられるかなぁ……。
「随分疲れているようですね、芙蓉。遅くまでご苦労様です」
 え?
 不意に声を掛けられ、顔を上げると、侍女を引き連れたレイチェル様がいらっしゃいました。マクラレーン様の奥様です。わわっ。
「いえっ、御前にて大変失礼致しました」
 慌てて頭を下げました。勢いよく、深々と。
 貴族の方と云うのは、何かと礼儀や作法に厳しい方が揃っています。マクラレーン様もレイチェル様も特に厳しいと云う訳ではありませんが、やはりそれなりの礼は尽くさねばならない御方々。丁寧に謝って、それから社交辞令程度のお話をしました。
「ねえ、芙蓉? これから少しだけ時間があるかしら?」
「えっ? 時間――ですか」
 不意打ちだったので、思わず顔に出てしまったかもしれません。「嫌」って。
 だって、もうこんな時間ですよ? 明日も朝早いですし、疲れもたっぷり溜まっています。早く部屋に戻ってお風呂に入ってゆっくり眠りたいじゃありませんか。
 けれど、レイチェル様の生き生きとしたお顔には、私の都合など一切含まれていませんでした。拒否権無し、って感じです。
 はあああぁぁぁ……。中間管理職って、辛いですね。
「だ――大丈夫です……」
 打算と計算の後、私は泣く泣くそう答えていました。
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2. 「二本の空の瓶」


 東方王妃、レイチェル様はマクラレーン様と年齢近く、東方の有力貴族の御息女様です。特別美人ではありませんが、常に冷静で、毅然となさっていて、仕草の一つ一つが気品に溢れていて、私の目には十分魅力的な女性に映ります。きっと、王宮中の人間もそう思っていると思いますよ。東方王妃の地位に、十分に相応しい器量の御方だって。――ある、一つの事を除いて。

「遠慮は要りませんよ」
 どん! と、目の前に置かれたそれに、私は少したじろいでしまいました。
 い……一升瓶……。
 貴婦人として高名なレイチェル様は、同時に無類のお酒好きとしても有名です。酒豪で有名な領主様を、テキーラストレート対決で倒した逸話もあるんです。レイチェル様の呑みっぷりには、マクラレーン様もまったく敵わないとか。こういうのを、奇傑、と言うんでしょうね……はは。
 レイチェル様の事ですから、呼び出されたからと云って仕事の話では無いだろうと思っていました。けど、まさかこっちだとは。
 私は飲めない事はありませんが、強くもありません。一升瓶丸ごとなんて到底無理です。
 せっかく遠慮は要らないと言って頂いて申し訳無いのですが、流石に無理ですとお断りを申し上げて、軽いカクテル系へと変更を願い出てみました。とーっても残念がられると思ったのですが、
「あら、じゃあどんなものがいいのかしら?」
 逆にワクワクと顔に書いて、生き生きとお酒の瓶を取り出されます。まぁ、出てくる出てくる。軽く、五十本は出てきました。
 ……ここはカクテルバーですか?
 思わず出てきそうになったその言葉を、何とか飲み込みました。

 軽くて甘くて飲みやすい物を注文すると、レイチェル様御手ずからカクテルを作って頂いてしまいました。
 お……恐れ多い……。
 グラスを受け取る手が思わず震えます。
 レイチェル様はストレート。
 軽く乾杯をして、そのまま一気に流し込んでしまわれました。凄い……。
 ポツポツと会話を交わしながら私がグラスの中身を半分位にする間に、レイチェル様はストレートを続けられました。グラスの中身が無くなる頃には、二本の空瓶が転がる事に。私が顔を引き攣らせたのは言う迄もありませんね。
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3. 「気付いてしまうから」


 話の内容は、先ず私の仕事の事から入りました。
 前任者ゼロス様は優秀な方だったから、後釜は大変だろうとか。
 二千人近くも部下が居れば、人間関係も複雑になるわよねとか。
 人間関係で一番大変なのはカトラスですと、その場の勢いでつい本音を洩らすと、
「あの子は貴族でも珍しく堅物だものね」
 と、笑われてしまいました。
「へえ……。貴族、なんですか」
 同期の中でも一番の出世頭だとはファングから聞いていますけど、貴族だとは思いませんでした。言われてみればそんな雰囲気が漂っています。出世頭と云うのも、貴族ならば当然ですね。家柄・血筋は重要ですから。
「私の父と彼のお父様は古くからお付き合いをしているの。家同士の交流もあって、あの子の事はこんなに小さな頃から知っているわ」
 レイチェル様が、右手をテーブルの少し下にかざしました。
 身長に換算すると、一メートルも無い位でしょうか。年齢は五歳、六歳って処でしょう。結構古いお付き合いをしているんですね。
「カトラスと云えば――あの子の同期の隊長さん……。えっと……」
「ファングですか?」
「そんな名前だったかしら。彼とは、どうなの?」
 含みのある問いです。
「どう……とは?」
「幾つか噂を聞いたのよ」
 げほっ。
 ……どうして王妃がそんな下賎な噂話を知っているんですかー! もうっ!
「レイチェル様、噂は噂です」
 何処でどう捻れてそんな事になったのかは知りませんが、噂には尾鰭が付くものです。簡単に、全部を信じてしまわないで下さい。
「そうなの?」
 ……。そしてもの凄く残念な顔をしないで下さい。
「芙蓉、遠慮しなくても私には全てを話してしまってもいいのよ? これでも、口は堅いのだから」
 しっかりと私の両手を握り、真摯に訴えるレイチェル様。
 ……。そして変な誤解をしないで下さい。
「――殿方は――」
「……?」
「――殿方は、肝心な事を秘密にしようとなさられるから――。……女は――大変よね。……本当に……」
 瞼を半分落として、静かに、反芻する様に呟くレイチェル様。
 ――その言葉が誰の事を指しているのか、聞かずとも、察してしまいました。

 ――東方王、マクラレーン様。

 この国では、王族と云えども基本的に一夫一婦制です。法律はありませんが、王国発祥以来、それを慣習としてきました。ですが、側室を持つ事が禁じられている訳でもありません。
 マクラレーン様には、正妃であられるレイチェル様の他、オーレリア様という御側室が一人いらっしゃいます。先日、錬兵場でお会いしたあの方です。
 オーレリア様も、レイチェル様に負けず劣らずとても良い方です。美人で優しくて気立ても良いと三拍子。
 レイチェル様が薔薇ならば、オーレリア様は差し詰め牡丹でしょうか。
 お二人の仲は悪くありません。流石に良好、と迄はいきませんが、お立場の割にはとても良い関係と言えます。二つの花の間には、大きな問題も在る事ですし。
 薔薇には三人の子どもが居ます。但し、全員女性。三姉妹です。
 牡丹には一人の子どもが。これが、第一王子。
 お二人の間にある大きな問題を一言で簡単に言ってしまえば、跡継ぎ問題です。
 マクラレーン様はまだお若いですので、後継者御指名はもう暫く先でしょうが、基本的に東方王の地位は男性が引き継ぐもの。このままでは側室の御子である第一王子が跡継ぎとなりますので、正妃であるレイチェル様のお立場は少々苦しくなってしまいます。
 それを理解していても尚、牡丹ことオーレリア様に優しくなさっておいでなのですから、薔薇ことレイチェル様は人間が出来ていらっしゃいますよね。私には真似出来ません。

「――初めてお話を聞いたのは、もう何年前かしらね……。オーレリア様のお腹にお子様がいらっしゃると聞いて……頭が真っ白になったわ」
 グラスを眺めながら、レイチェル様が語り始めました。
「側室として王宮に迎えたいと……。それが責任だと言われて、頭にきたのよ。――そう。とても悔しくて悲しかったわ。ならば私はどうなるのか、私に対する責任は何処に行ったのかと――。けれどマスターの頭の中に、私に対してすべき事など無かった……。ただ、生まれて来る御子の事だけしか……」
「きっと……、気が動転してらっしゃったんでしょう」
 マクラレーン様らしくもない。……でも、男って皆そうなのかも。
「そうね……。そうだったかも知れない。マスターも、私も、そうだったかも知れないわ。でも私は……」
 一瞬、その目が遠くを見詰めた。遥か、懐かしい過去を。
「――真っ白な頭が、答えを出せずにいる間に、口が勝手に動いてしまった……。『生まれて来る御子の為に、明るい部屋を用意致しましょう』と……」
「――――…」
「なぜ、かしらね……。きっと今、同じ事を言われて同じ立場にたったとしても、また同じ事を言うに違いないわ。……幼い頃から文学を修め、右に出る者は居なかった私が、冷静でいられなかった瞬間よ。――昔から賢い女は幸せにはなれないなんて言うけれど……どうやら本当だったみたいね」
 最後の言葉は、レイチェル様ご自身に対する皮肉でした。
 溶けた氷がカラン、と小気味良い音を立てます。静かになった室内に、とても響く音でした。
「……賢い女性(ひと)は……」
 半眼を伏せ、呟く私。
「賢い女は……気付いてしまいますから。――…周囲が何を望んでいるのか……、どういった行動を取って欲しいと思っているのか……、何を期待されているのか……。――気付かずにいれば、幸せになれるのに、気付いてしまったが故に、考えて……。そして、その行動が、何よりもコトを上手に収めてしまうのだと……気付いてしまって……。だから、それ以外の行動が取れなくなってしまう……」
 身動きが、取れなくなってしまう。
「賢い女は、……幸せになれないと言うより……、損、なんです。きっと」
 それが良い事なのか、悪い事なのか、それは本人次第だ。
 でも少なくとも、損する人生を他人は良しとは思わないだろう。私も、そう思う。
「……成る程」
 俯いて、レイチェル様が苦笑されました。
「そうなのかもしれないわね」
 言って、私のグラスと、自分のグラスに同じお酒を同じ量だけ注ぎ足されます。あんまり飲めませんので、ストレートなんて本来ならばお断りするのですが、この時ばかりは何も言いませんでした。
 それからグラスを掲げ、
「では、賢くて損な女に」
 杯を交わし、改めて乾杯をすると、女二人でそれを一気に飲み干してしまいました。こんな夜も、たまにはいいものですね。きっと。
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