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1. 「初休日」


 芙蓉です。こんにちは。今日もいい天気ですね。麗らかな日差しの隙間に穏やかな風が吹いて、楽しい休日を彩ってくれています。
 ――そう、休日ですよ!
 東方王宮に入って随分と時間が経ちましたけど、今日が初めての休日なんです。総取締役は何かと多忙の上、慣れないお仕事なので色々と手間取ってしまったりと、今までずっと休日を潰して仕事をしてきたんです。ですが今日、ついに、お休みを確保する事が出来ました。はいっ。とっても嬉しいです。
 けれど、お休みだからと云って特に何か趣味等はありませんから、手持ち無沙汰が実状です。せっかく早起きしたのに、何をしようか迷っている間にもうお昼になってしまいました。うーん……。早く決めないと、何も出来なくなってしまいますね。
 んと、取り合えず、外に行きたいかな。こんなにいい天気なんだし、王宮入りしてから王宮の外に出た事一度も無いので、これは必須条件。問題は、外に出て何をするか。……これは深く考えなくてもいいかもしれません。外に出て、目に止まったやりたい事をすればいいんですし。何も無ければただの散歩になるだけ。財布を忘れずに持っていけばショッピングだって出来ます。
 よし。その手で行こう。
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2. 「またですか…」


 決めるや否や、持つ物持ってディをお供に街へと繰り出しました。
 くはー。風が気持ち良いー。
 随分と久し振りですけど、特に変わった様子は見受けられません。大通りには人が溢れ、商店街にはお店の人達の威勢の良い呼び込みが飛び交っています。住宅街では、天気の良い時に見る事の出来る風に靡く洗濯物の山。カップルも結構います。そうですよね、お休み、ですもんね。

 イーストフィールドを治める東方王マクラレーン様のお膝元であるこの街は、生鮮食品の取り引きを主にした商業都市。勿論、食品以外の物も多く取り引きされています。イーストフィールドの中心都市ですからとても人が集まり易いので、同時に様々な物の流通があるんです。
 観光客も居ます。地方によって多くの名物がありますが、有名な物と云えば東の果ての街で極稀に取れる白くて丸い宝石や、水路都市、なんとかって湖で目撃された古代生物ウォッチング……等。フィールド内ならば何処でも新鮮な食材を利用した美味しい料理がありますので、それを目的とした観光ツアーもあるそうです。
 兎に角、産業には困らないんですよね。それもこれもイーストフィールドの主、フィールドマスターのマクラレーン様のお陰。先代のマスターの代で開発された様々な産業をマクラレーン様がより確固たるものにし、今日の東方を支える財源となりました。中央セントラルフィールドを除く四地方フィールドの内、最も大きな黒字を算出している事を誇っているのが何よりの証であり、マクラレーン様の手腕の高さを表す何よりの証拠でもあります。……まぁ、マクラレーン様の素晴しさを示すものは、何も経済だけではありませんけどね。温厚な人柄とか、フィールドの住人を第一に考えた政治とか、支持される理由は存分にあります。ちょっと気になるのは、出来すぎかなって時々思うことでしょうか。余りにも完璧すぎて、欠点らしき欠点が見当たらない。それが少し不自然に思えるんですけど、きっとマクラレーン様にとってはそれが普通なんでしょう。外戚とは云え王家に連なる御方ですし、きっと色々な御苦労があるんでしょうね。
 ともあれ、平穏な街を歩いているとマクラレーン様の偉大さを痛感すると共に、溜まり続けていたストレスが洗われていくのを感じます。毎日私の許へ届けられるのは失敗出来ないお仕事ばかり。おまけにカトラスは口煩いし、小さな問題――誰かが怪我をしたとか、喧嘩だとか――は毎日発生しますし、気が休まる時間なんて皆無同然。唯一、眠っている間だけは平穏ですが、それ以外ではストレスを溜めてばかりです。
 だからそろそろ休息が必要だなって思っていたところにこのお休みですから、なかなかタイミングは良かったみたい。
 一つ文句をつけるなら、後ろの連中の事位でしょうか。城を出た当たりから私の集中力を掻き乱してなりません。
 ふと、ディの見下ろす視線を感じて彼の顔を覗き上げました。どうやら彼も気付いているみたいです。
「いいよ、気にしないで」
 一先ず笑顔で答えました。当面は何も仕掛けてくる様子もありませんし、わざわざこちらから何かを仕掛けて上げる事も無いでしょう。
 さ、こちらはこちらで楽しみましょう。取り合えず、その辺りに露店でも見回ってみましょうか。
 果物屋さん、野菜屋さん、魚屋さんは当然ですね。新鮮な果物を潰したジュース屋さん、小物を売る雑貨屋さん、食器屋さん、植物の種を売るお店、包丁から護身用のナイフ迄を売るお店、中には旅人用の剣や服を売っているお店もあります。本当に何でも有りって雰囲気ですね。あ、古本屋さん何かもあるし。ちょっと気になる装丁の本に釣られて、フラフラと露店へ近付きました。パラパラっと中を捲ってみると、装丁と同じく中身も気になる内容です。なかなか手に入るような物でもなさそうだし、うーん、買っちゃおうかなぁ……。
 うん、よし。
「ちょっと待ってて」
 ディを待たせ、お店の主人に声を掛けて財布を取り出します。で、お金を払って――。
「うああぁぁぁぁ」
 突如聞こえた絶望にも似た悲鳴が、私の耳を掠めました。
 ……なに?
 振り返って確認すると、そこには見覚えのある姿が何かに打ちのめされた様に地面に突っ伏していました。短く刈り上げた明るい鳶色の髪、筋肉質の割と良い体格してて、背も高い。なまじ目立つ人が目立つような奇声を上げて目立つように悶絶しているものだから目立つ事この上ありません。プラス、その人物の名前を知っている私が嫌だなぁ……なんて思ったり。
「何をやっているんですか、ファング」
 出来れば他人の振りをしていたかったんですけど、取り合えず声を掛けてあげましょう。……かなり嫌ですけどね。
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3. 「またですか?」


 事情を聞きだした私は、呆れて暫く口をポカーンと開けっ放しにしてしまいました。眉間にややシワが寄るのは御愛嬌です。
「……貴方ってどうしていつもトラブルばかり起こすんですか?」
 つい先日に私の部屋で騒動を起こしたばかりでしょう。
「何でいつも俺の所為なんだよっ!」
 くわっと食って掛かられますが、事実なので説得力の欠片もありません。
 城の辺りから誰かが後を付けている事には気付いましたけど、まさかそれがファングだとは思いませんでした。しかも、また、私を対象とした賭け絡みだとは。
 今回の賭けは、『私が初めての休暇で何を一番最初に買うか』。
「……ちょっと下らないですね……」
「あ? 何か言ったか?」
「どうして私ばかりで賭けるのかって言ったんです」
 それ以外の言葉は幻聴です。
「いや、流行ってっからじゃねぇの?」
「どうしてそんなものが流行るんですか……」
 脱力してしまいました。
 世間では、粒者揃いとあんなに高い評価を得ている当方王宮も一枚捲ってみればこの通り。私にはよく理解出来ません。
「まぁ、人の噂も45日っつーし、そのうちみんな飽きるだろ」
「それを言うなら75日ですよ」
「あれ?」
 おいおい……。フォローの仕様が無い間違い、しないで下さい。
 街に繰り出したばかりだって云うのに、何だかもう疲れてきちゃいました。はぁ。
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4. 「賭けの真相」


 せっかくですから、私達はそのままファングと一緒に街を街を散策しました。
 暇を見つけては街へと出てきている彼は、お店や裏道に詳しくてとっても便利(なんて言い方してはいけないでしょうね。でも何て言ったらいいのかなぁ……)。下手なガイドよりもよっぽど役に立ちます。お陰で、人込みに足を取られたり、良いお店が見つからなかったりと云った困難に遭わずに済みました。
 時は足早に過ぎ去り、太陽は翳り始めた夕刻。
 歩き疲れた足を休める為に、広場の中央にある噴水脇に腰掛けて、三人並んでジュースを飲んでいます。大男と言っても差し支えのないディと、ディ程ではなくとも軍人らしいガッチリとした体躯をしているファングと、その真ん中に小さめな私とが一列に横並び。そのチグハグな組み合わせに、通り掛かる人々が多数振り返っていきます。視線がちょっと気になるけれど、気にしても仕方ありませんし、気付かない事にしておきましょう。
「宮廷にはもう慣れたのか?」
 唐突なファングの質問に、私はうーん、と唸ってみせました。
 なかなか……それは難しい質問です。お仕事は順調だし、カトラスの罵声にも呆れ声にも慣れてきました。部下は聞き分けが良いし、マクラレーン様じょうしにも恵まれて、文句を言える立場でない事は重々承知しています。実際、何ら問題はありませんし。仕事も毎日順調です。それでも。……まぁ、……それでも。
 答えに困っている私を見下ろして、ファングは眉を寄せて苦笑しました。
「難しいだろ。なかなかさ」
「はぁ……」
 溜め息を零すように、曖昧な返事で頷きます。
 それを見て、ファングは少し嬉しそうに笑いました。
「――でも、みんな悪い奴じゃないしさ。どっちかっつーと、良いヤツばっかなんだよな。アクっつか、クセっつか、そゆトコ強いのがちっとばっかし問題なんだけどよ」
 カカカ、なんて陽気に笑っていますけど、そこが一番問題なんです……。はぁ。
「でもさ、……何っつーか、そこがいいんだよな。長期で休み取って何処かに出掛けたりすると、その騒がしさが懐かしいっつーかよ……。大家族の中に居る様なモンなんだよな、俺にとってさ」
 大家族か……。成る程、何となく納得する喩えです。同じ屋根――厳密に言うと同じではありませんが、似たようなものですよね――の下に、大勢の人達が同じ一日を過ごして夜に抱かれて朝を迎える。それは確かに、何処かしら家族と通じているものがあります。
「……って、何言ってるんだろな、俺」
「そんな事無いですよ」
 ファングにとって、それだけ大事なんだって事が良く分かります。それから、彼のその照れた顔も、ね。
「あ~、つまりさ。俺みたいなヤツでも十分やっていけるトコなんだから、あんまり気負うなって話だよ」
 ふ。
「あ! な、何笑ってやがるんだっ!」
 だ、だって……。
「ファングは優しいんですね」
「あぁ!? それは俺をバカにしてんのか!? そうなのか!? そうなんだな!」
 勝手に決め付けないで下さい。
 だって、初めて会った時にあんなに印象の良くない出会い方をしたにも関わらず、迷惑を掛けたお詫びにお茶菓子を持ってきたり、鬱憤を溜め込んでいる私を見かねて励ましてくれたり……。もしこれが私だったなら、きっと知らん顔をして放ったままにします。でも、彼は違う。その優しさはとても彼らしさに溢れています。照れ屋だから優しさを隠したいんでしょうけど、隠しきれないその不器用さが特に。
 ……先に言っておきますけれど、決して馬鹿にしているのではありませんから。
「有難う御座います」
「……おう」
 頭を掻いて、顔を背ける。決して夕日の所為だけではない、赤い顔。
 結構、可愛いですね。



 それからは、少しの沈黙。それからふと思いついた事を、何も考えずに口にしました。
「ファングはどうしてそんなに賭けばかりしているんですか?」
「えっ?」
 その声は、唐突な質問がいかにも確信をついていますと正直に言っているような声音でした。
「え、えと……」
「今日も私で賭けていたんでしょう? それに、この間の忍び込み事件も」
「あ、ああ、あれか」
 以前、彼が私の部屋に忍び込んで私の髪を切り、それを賭けの戦利品にしようとした事件がありました。結局、髪を切る前に私に腕の骨を折られ、戦利品は得られなかったんですけれども、その後に賭博を禁止された事にとても落ち込んでいましたし、何かあるのかなぁとちょっと気になったんです。余り深い意味は有りません。
 しかし、彼は少し神妙な面持ちで答えました。
「実はあれ……賭けじゃなかったんだよな」
 ポロリ、と、真実を。
「……は?」
「髪の毛を切って賭けの戦利品、じゃなくてさ。あんたを怖いメに遭わせて追い出してやろうっていう、オレ達の作戦」
「…………」
 私とした事が、呆気に取られて言葉を失ってしまいました。
「あんたが来る前――、ゼロス様の引退が決まった時には、あんたじゃなくてカトラスが有力候補だったんだ。総取締役のさ。若過ぎるかもしれないけど、有能だし、頭は切れるし、俺達同期の連中の中で一番の出世頭だった。だから俺達だけじゃなくて、皆、あいつが総取締役になると思ってた。それは俺達にとって、羨ましくて悔しくもあったけど……何となく、自慢だったんだ」
 総取締役は王宮の中で最も上の地位。国で云うならば王様、軍で云うならば総司令官、村ならば村長、家庭ならば母。一言で簡単に言うならば、「そこで一番偉い人」です。
 自分はそんなものになる事は出来ないから、だからせめて自分に近い仲間がなってくれれば……。って処でしょうか。私には解らない感情ですね。
「だから、あんたが来た時は驚いた。王宮中の人間が、だ。カトラスよりも若くて、けれど実績も何もない。あんたを知っている人間は誰一人として居ない。どこかの貴族で、だからコネで成り上がったのかと思ったけど、それも無かった」
 俺達は納得出来なかった。
 ファングは言葉を足しました。
 それはきっと間違いでしょう。きっと彼らだけではなく、王宮中の人間がそうだったと思いますよ。
「だから嫌がらせ、ですか」
 安易ですね。
「ちょっと脅せば出て行くと思ったんだよ。誰だって思うだろ。あんたみたいなヒヨワなヤツならさ」
 ちょっと怒り気味の反論。でも、人間を見た目で判断してはいけないというのは常識です。ウィル様だって知っていますよ。私、それで試されたんですから。
「それで、次の嫌がらせは決まったんですか?」
 これは私。
 私の提案に、ファングは眉を寄せて目を丸くしました。
「嫌になってしまえば、出て行くと思いますよ」
 付け加えると、彼の目は怪しいものを見る目へと変わりました。
「……ホントかよ」
「嫌になってしまえばですが」
 出来るとは思いませんけどね。私が王宮でやっていけるかどうかを心配している時点で。
 ……それにしても、カトラスの為に嫌がらせをしたり、私の心配をしたり、忙しい人ですね。優しい、と言うのでしょうか、こういうのを。他の言葉でも表現出来そうですけれども、生憎と私はその他の言葉を思いつくことが出来ませんでした。
「ファングは優しいですね」
「はぁ!? 何だよそれ。オレをバカにしてんのか!? そうなんだな!」
 ……勝手に決め付けないで下さい。
 でも、可愛いですね。決して夕日の所為だけではない、そのそっぽを向いた赤い顔を、私は素直に可愛いなと思いました。
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5. 「取るに足りない」


 王宮へ帰り着いたのは、丁度太陽が地平線に隠れてしまった時間帯でした。宵が残る薄闇の時。メイド達が廊下に明かりを灯して行きます。
 荷物をディに任せて先に部屋へ戻らせ、私は一番最初に買った本を持って奥城へと向かいました。外城から中庭を横切って奥城へと入り、長い廊下を延々と歩きます。奥城の更に奥、石回廊へと入ると、カツン、カツンと小気味良く足音が鳴り響きました。この音、結構好きです。
 行き着く先は勿論、エルフ族ウィル様の住まわれている石の部屋。扉を開くと、待ち構えていたかのように彼は真っ直ぐにこちらに目を配らせていらっしゃいました。
 石に囲まれた冷たい部屋。家具と呼べる物は椅子一つしかない、閑散とした室内。その椅子に腰掛けて優しく笑う少年。たった一つの窓から差し込む夕闇の残光が、人間の少年が内包し得ない妖しさを醸し出しています。
「やあ、芙蓉」
「今日は」
 御挨拶をして、ふと、今は「今晩は」ではないかと思ったんですけれども、言葉は既に口を吐いて飛び出してしまった後でしたから、まあいいかとそのままお話しを続けました。
「今日はどうしたんだい?」
「お土産です」
 言うや否や、持っていた本をウィル様に渡しました。
「ああ……。今日は街へ行ってきたんだね」
「はい」
「ふぅん」
 受け取った本のページを捲りながら相槌を打つ彼。
「良い本だ」
「有難う御座います」
「お礼を言うのは僕の役目だよ。暫く、時間が経つのを忘れられそうだ」
「それは良かった」
「街はどうだった?」
 ウィル様の質問に、私は今日一日の出来事を反芻しました。
「特に、何も。ファングからカトラスの話を聞いた位でしょうか」
「そう」
 何故、そこでファングやカトラスの名前が出て来るのか、どんな話をしたのか、彼は問い質すどころか気にする素振りも見せませんでした。きっと、実際に気にしていないんでしょう。今日ファングが話さずとも、何れ分かる事だと。勿論、その中身も。
「地位を奪ったり、奪われたり……。人間は忙しいね。それで?」
 どう思ったんだい?
 言外でそう問う彼に、私は、
「特に、何も」
 先程と同じ口調で答えました。
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