INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第01章 第01話next
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1. 「おやすみなさい…」


 こんばんは、芙蓉です。
 太陽はすっかり地平線の彼方へと吸い込まれてしまい、今はもう月が静かに佇む空です。星の配置は真夜中の位置。私も夜着に着替え、真夜中体制です。
 少し前まで仕事をしていて、今丁度お風呂を終えたところ。湯冷めをしないようにそのままベッドへと潜り込みます。
 総取締役ともなれば、侍女の一人や二人、メイドの数人は付いていて当然なんですけど、落ち着かないので私は丁重にお断りしました。自分の事は自分で出来ますから、必要ないよなって云うのが本音です。あ、でも、この部屋は私には余りにも広すぎるので、とりあえず毎日のお掃除だけはメイドさんに任せています。
 今、私が寝室として使っているこの部屋、それからディが使っている隣の部屋、余っている寝室一部屋、バスルーム、トイレがセットとなり、これら全てが私の部屋として与えられています。私一人に対して広過ぎですよ。一人暮らしサイズなら未だ何とか掃除の仕様がありますけど、こんな小規模家族並のお部屋では掃除も一苦労。毎日毎日仕事に追われる私にこれだけの掃除をするのははっきり言って無理なので、掃除程度の事はメイドさん達にお願いしているのです。
 じゃあ、私はこの部屋で私は何をしているのかと聞かれるとちょっと困ってしまいますけどね。
 朝昼の食事は共同食堂で済ませちゃいますし、夜は簡単なものを料理長に頼んで執務室で取っています。掃除を含めたベッドメイキング等、部屋の事はメイドさんに任せっ放し。……そうですね。ここで私がやっている事と言えば、寝る事でしょうか。それから読書ですね。
 お風呂を済ませた私の日課は、ベッドに潜り込んで本を読む事です。
 今、読んでいる本は王宮内にある図書室から借りてきた歴史書です。歴史、好きなんですよね。先日までは東方の風土や文化の本を読んでいました。これは勿論、仕事を兼ねています。お仕事をしていると、昔乍らの慣習や慣例を中心とした行事――例えば夏祭りや豊穣祭等――もありますから、それらの行事に備えてのお勉強です。それ以外の本を読む事だってあります。幻想小説や恋愛物や。結構私って、何でも食いです。
 ページをパラパラ捲り続け、暫くすると段々眠くなってきました。うぅ……そろそろ限界です。
 枕元の明かりを消して眠りにつきます。
 お休みなさい……。
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2. 「真夜中の来訪者」


 ――どの位の時間が過ぎたでしょうか。不穏な気配に尖った神経が反応し、不意に目が覚めます。
 部屋の中は真っ暗。どう考えても真夜中です。いつもはこんな時間に起きる事無くぐっすり眠っているのに、今日はどうしたんだろう……。うーん。
 考えながら、再び瞼を閉じます。
 眠気は未だ残っているので、直ぐに眠くなってしまうだろうと思ったのですが、そう簡単にはいきませんでした。
 眠れない……。
 おかしいな。何かが変です。何なのでしょうか、この感覚……。
 
 カチャリ。

 ……あー……成る程。侵入者、ですか。
 どうりで眠れない訳です。真夜中の侵入者の気配に神経が過敏に反応して、落ち着かなくなってしまっていたんですね。
 侵入者の姿を見る事は出来ません。部屋の中は真っ暗ですし、何より私は部屋に背を向けた体勢を取っているので、薄らと目を開けて確認する事は不可能です。けれど気配だけでも何をしようとしているのかは分かります。
 侵入者は部屋の物には一切目をくれず、こちらへ――私へと近付いて来ます。どうやら物取りでは無いみたい。狙いは私ですか。
 一歩一歩、拙い足取りで近付いて来る侵入者さん。
 そしてついにその手が私へ伸びて――、
 ガバッ。
 タイミングを合わせ、掛け布団を捲って伸びてきた腕を掴みます。
「っ!?」
 狼狽する侵入者さん。
 その隙を突いて腕を後ろへ捻り上げると、侵入者さんはバランスを崩し胸元から床へと突っ伏しました。ビタン、と悲惨な音がしますが、構わず捻り上げた腕を目標に、両膝を武器にして飛び込みます。
 が。
「痛っ……、ちょ、ちょっと待ったあああぁぁぁ」
 あれ? この声……。
 脳裏をある人物の顔が過ぎりますが、時既に遅し。
 ゴキン!
「あ」
 関節を極めた状態で膝落としされては、そりゃ……折れちゃいますよね。

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 ……凄まじい悲鳴が部屋中に木霊します。
 パッ。
 同時に部屋の明かりが点きました。誰かと思えばディです。きっと彼も気配に気付いて起きていたんでしょう。
 明るくなった部屋に倒れていた侵入者は、ファング。カトラスと同期の、あの軍の小隊長さんでした。
 何で彼がここに居るのでしょう……?
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3. 「全治二週間」


 真夜中だというのに典医を叩き起こして医務室を開けて頂きました。
 診察を受けている間、ファングは脂汗を浮ばせながらも泣き言一つ上げません(さっきは凄まじい悲鳴を上げた癖に)。ま、そこは流石軍人と云った所でしょうか。
「どうですか?」
「こりゃ、骨折だな」
 ……典医さん、それは私でも分かりますって。
「奇麗にポッキリ折れておる。ま、暫くは動かせんわな」
「マジかよっ! 仕事は!?」
「出来るワケなかろうが。何を考えておる、バカ者」
「あいてっ」
 その辺にあったものでぽかっと殴られ、ファングはがっくり項垂れます。
「はー……サイアク」
「すみません」
 苦笑して謝りますが、ファングの御機嫌は直りそうにありません。
 えーっと、どうして私が謝らなければいけないのでしょう。えっと、ファングがそれだけ落ち込んでいるからなんですけれども……謝る必要なんて無いですよね。だって、元はと言えばファングが私の部屋にこっそり入ってくるからで。忍び込まれれば誰だって危ぶみます。危険だと思えば手加減なんて不必要なのですから……ごにょごにょ。
「謝る必要はありませんよ、芙蓉様」
 ちょっと怒った声音で割り込んで来たのはカトラスです。さっきの騒ぎを聞き付けて、皆さん結構起きてしまわれたみたいで……。カトラスもその一人。ちなみに、真っ先に私の部屋へ駆け込んできた人物です。
「大体、婦女子の部屋に忍び込む方が悪いのです。芙蓉様に責任は一切ありません」
「そうじゃそうじゃ」
 鷹揚に典医さんも頷きます。
「ワシだって我慢しておるのに……いやいや」
 …………。
 取り合えず、心に留め置いておきましょう。
「その傷だって、感謝して良い位のものなんだぞ」
「はぁ!? 何言ってんだよ、骨折だぞ、骨折!」
「言うただろ。奇麗に折れておると。くっつけば元通りどころか、前以上に強くなっておるわ」
 じとーっと、疑わしそうな目で私と典医さんを交互に見るファング。
 確かに、奇麗に折れた骨は前よりも強度を増します。ですからいつも骨を折る時は、なるべく奇麗な断面になるように心掛けているんです。
「まぁ、骨折はさて置き」
 カトラスがふう、と深い溜め息をつきます。
「そもそも、どうして芙蓉様の部屋に忍び込んだりなんかしたんだ」
「~~だってよぉ」
「何だ」
 ギロッ。
 カトラス、怖いですってば。
「……賭けやってたら金無くなって、しょうがないから負けたらコイツの髪をちょっと頂いてくるって事になって――」
「何を馬鹿げた事をやっているんだッッ!!」
 とうとうカトラスが爆発してしまいました。おぉ……。ファングって凄いんですね。私ですらここまで彼を怒らせる事は滅多にありませんのに。
「芙蓉様の部屋に無断侵入した理由が賭博だと!? いい加減にしろ!」
「いや、だって……」
「だってじゃないっ!! ――芙蓉様!」
「は、はいっ」
 いきなりこちらに話題を振らないで下さい。怖いですってば!
「遠慮なくコイツに処分を下してやって下さい」
 しょ、処分ですか。
 確かに、真夜中に他者の部屋へ侵入するのはいけない事です。恋人同士とか、それを許した相手ならともかく、ファングと私の間にはそんな関係はありませんし、ましてや総取締役ともなれば――例えばの話しですが、暗殺なんて事も在り得ない訳ではないのです。それなりの裁断は必要でしょう。おまけに、先程のファングの大絶叫のお陰で皆に知れ渡ってしまいましたからね……。有耶無耶にするには知名度が在り過ぎで、揉み消すのは難しいでしょう。
「分かりました。明日、マクラレーン様に御報告の上追って連絡します。それまでファングは謹慎処分としましょう。それから、宮廷内での賭博は当面全面禁止です」
「はぁっ? 何でそこまで……っ」
 ぱこっ。
「あいてっ」
 口答えをするファングに、先程典医さんがやった事と同じ事をしてみました。
 それからベッドに腰掛ける彼の前にしゃがみ込み、殴った箇所を撫でてやります。
「ちょーっとオイタが過ぎたみたいですね、ボク」
「んなっ……!!」
 見る見るファングの顔が赤くなっていきます。まるでヤカンみたい。
「ガキ扱いするんじゃねぇっ」
 ガバッと立ち上がる彼。その拍子に骨折した腕が動いてしまったらしく、ムンクの様に何とも言えない表情で痛みを表現してくれました。
 私も立ち上がり、彼に目線を合わせます。
「でしたら、きちんと自覚してください。貴方の取った行動は、それだけの人間に迷惑を与えるものだったのだと」
 そんな自覚も出来ない様では子どもと変わりありません。
 私だって、ここまではやりたくないというのが本音です。けれど事件がここまで知れ渡ってしまった以上、やらなければならない事はやらなければいけないんです。その元凶が彼に在る事をしっかり自覚して頂かないと。……ね。
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4. 「おやつのお菓子」


 一時期、相当な騒動になったファングの騒動も随分と収まってきました。
 詳しい事情を知るのは当事者である私達、そしてカトラスを含め、残りはマクラレーン様を始めとする上層部の方々のみとなっていますので、宮廷内では憶測や推測を元にした噂が飛び交いちょっと大変でした。当然と言えば当然なんですけれどもね。宮廷内に出回った正しい情報と云えば「ファングが私の部屋に忍び込んだ」という事と、「その所為で処分を受けた」と云う事だけ。それだけの情報では、私とファングがどうのこうの、と噂されても仕方ないですけど……何だかとても不本意な思いをしたのは言う迄もありません。
 ちなみにファングの処分は腕が完治する迄の間プラス一週間の謹慎と暫くの減俸処分で済みました。騒動の割には軽い処分で済んで一安心です。
 それから意外な行動を取った人物が一人。カトラスです。余りにも不本意な噂を立てられ、廊下を歩けば後ろ指を差されてコソコソとしたお喋りが聞こえてくる毎日にウンザリしていると、
「他人がどう噂しようと、疚しい事が無ければ堂々としていれば言いのです」
 と、冷たく聞こえる一言をくれました。
 言い方も声音もいつもと何ら変わりありませんでしたけれど、その一言は明らかに私を庇ってくれている一言です。これを嬉しがらずして何を嬉しがれと云うのでしょう。えぇ。思わずニヤける顔を隠さなければいけない程、嬉しい一言でした。
 ――それから。
 コンコン。
 二回のノックが総取締役の執務室に響きます。
「入れ」
 丁度打ち合わせの為に部屋へ来ていたカトラスが私の代わりに返事をすると、少し遠慮がちに扉が開かれました。誰かと思えばファングです。
「何の用だ」
 ……カトラス、だから、怖いですってば。
 カトラスに睨まれ、彼は少々怯んだ様子を見せました。跋が悪そうに顔を背けます。何か言いたそうですけれど、カトラスの痛過ぎる視線がそれを阻んで上手く言葉に出来ないみたい。そりゃ、あんなに睨まれては言いたくても何も言えなくなってしまいますよね。仕方ありません。
「カトラス、少し席を外して下さい」
「しかし……」
 拒否しようとする彼を、更に首を振って私が拒否しました。気遣って頂けるのは嬉しいのですが、このままでは一向に話しが進みません。ここは一つ、彼に引いて頂くしかないのですから。
 カトラスはそれ以上追求せず、溜め息を一つだけ残して退出して行きました。勿論、ファングに最後の一睨みをする事は忘れずにです。
 ……カトラスって、もしかして根に持つタイプでしょうか。うーん、そんな感じですね……。
 さて、気を取り直して。
「何の御用ですか?」
 カトラスの背中を見送ったファングがこちらを見ます。――見るなり、がばっと勢いよく頭を下げました。
 え?
「悪かったっ」
 …………。え? えーっと……。
 これは……やはりあの一連の事件の事でしょうか。です……よね。だってそれ以外に思い当たるものがありませんもの。
「あの……」
 取り合えず声を掛けましょう。何をどう言えばいいのか分かりませんけれど、何時迄もこの体勢は辛いでしょうから。それにこちらとしても、よく分からない状況で謝られ続けているのはとても良い気分とは言えません。兎に角、頭を上げて貰おうと思ったのですが。
「それだけだっ」
 じゃあな、と彼はそのまま物凄い勢いで部屋を飛び出してしまいました。
 残されたのは、呆気に取られたまま彼が開けっ放しにしていった扉を眺める私一人。
 ……何だったのでしょう……。嵐、去る?
「――あいつなりに心配しているのですよ」
「カトラス」
 開け放たれた扉からこちらへとやって来ます。
「色々と噂を立てられた事を気にしているのでしょう。宮廷内の賭博も制限付きとは云え解禁されましたし」
 彼が持つお盆から、私の執務机の上に、お茶とお菓子が乗せられます。
「――ま、ようやく自覚が持てたと云った所でしょうか」
 それは何となく分かります。成長したって事ですよね。
 それにしても……。
「何ですか? これ」
 お茶とお菓子を指差して首を捻ります。
 休憩の時間にしては少し早過ぎますし、休憩だとしてもカトラスがお茶を淹れてくれるなんて今迄一度もありませんでしたから、ちょっと妙です。何なのでしょうか。
「ファングですよ。お詫びのつもりなのでしょう。それに、以前誰かさんに茶菓子を持って来いと言われた様ですからね」
 そう云えばそんな事も言いましたね、私。
 用意されたフォークでお菓子を一口分、口の中に運びます。甘い……けれど、美味しいです。
 これをファングが……。
「どんな顔をして買ったんでしょうね、彼」
 思わず、顔が綻んでしまいました。
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