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1. 「初挑戦」


 芙蓉です。
 マクラレーン様が治める当方王宮に入宮して、早一ヶ月が過ぎました。
 お仕事は快調に進んでいます。ゼロス様はとてもお教え上手な御方ですから、大抵は一度聞いてしまうだけで理解してしまいます。何度も何度もゼロス様のお手を煩わせる必要が無いのでこちらとしては嬉しいものですが、ゼロス様にしてみればお暇なようで……。今日も総取締室の片隅にある来客用ソファで、ディを相手に将棋を指しておいでです。お仕事ぜーんぶ私が取っちゃいましたからね。もう将棋しかやることが無いって感じで。
 カトラスを始めとする部下達も、とりあえず文句言わずに付いてきてくれています。まぁ、ゼロス様の手前って感じも拭えませんが、仕方ありません。
 今のところは平穏無事。……取りあえず、と付け加えなければなりませんが。
 一部の者達の間では、私が何時ここを辞めるかで賭けをしているそうです。今のところ、一番多く投票されている年数が三ヶ月。……私そんなに根性なしでいるつもりはないのですが……。ちょっとだけ屈辱感じちゃいます。――というか、そもそも王宮内に賭博が横行していること自体が問題ではあるのですが、やはり、人間というのはどこかに"遊び"を取り入れないと窒息してしまいますし、何より私がギャンブルは嫌いではないのであまり強く言えないのが現状です。掛け金もそんなに多くなく、トラブルもないようですから、ゼロス様も今まで黙認していらっしゃったとか。ですから私もそれに倣う事にしました。私を対象に賭けをしている代償は、大損者を多数続出させることでチャラにしちゃいましょう。


「何なんですか、これは」
 執務用の机の上に突き出された書類。突き出した人物は他でもないカトラスです。眉間には深いシワ、目許はピクピク、口はヒクヒク、いつも以上に鋭い眼光が私に突き刺さってきます。
 ……明らかに怒っています。
「見ての通りですが」
 にっこり答えたその瞬間、彼のシワがより一層深くなってしまいました。逆効果だったようですね……。
 しかし、そこはカトラス、とでも言うべきでしょうか。そのまま怒りに任せて声を荒げることも無く、力任せに問い質す様子も無く、胸の内で暴れ回る龍をしっかりと押さえ込んでいます。小娘といえど、仮にも相手は上司。理由ある口答えは許されても力任せの反抗は許されませんから、彼は飽く迄も冷静に対応しました。
「……東方王宮では、総取締役の退任式は諸侯領主を集めて、この王宮で執り行うのが慣わしです。それを、参加人数を厳選し、王宮内の者達だけで行うというのはどういった理由があってのことなのですか?」
「私なりにゼロス様を気遣ってのことです」
 きっぱり答えると、カトラスの表情が奇怪に歪みました。見るからに「本当なのか?」と疑っています。つくづくですが……信用されてませんね、私って。
「マクラレーン様には既に許可を得ています。ですから、今更変更はききません。今回の退任式は、その作り直したマニュアルに沿って執り行ってください」
 カトラスが机に突き出した書類がそのマニュアルです。今までマニュアルと、前回の総取締役退任式の際に書き残された資料とを参考に、今回用に作り直したものです。一人でやるにはちょっと大変だったので、ディにも手伝ってもらいました。
 二人だけでも文殊の知恵。
 そのお陰で、マニュアルは荘厳華麗な退任式からアットホーム的なパーティーへと大変身です。ちょぉっと変わりすぎちゃって、この通りカトラス大激怒ですけど、私的には大満足ですから。
 それに彼も、マクラレーン様の御名前を出すと仔犬の様に大人しくなってしまいました。やはり、マクラレーン様は王宮内の免罪符ですね。ちょっと強引な気もしますけど躊躇ってはいられません。何せ、初の大仕事なんですもの。このまま一気に突っ走っちゃいましょう!
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2. 「大忙し」


 王宮総取締役は、各王宮毎に一人ずつ居ます。ここ、イーストフィールドに一人。そしてセントラルフィールドを始めとする西南北フィールド、合計五人です。
 本来ならば、それぞれの王宮の最高責任者であるフィールドマスター様方が取り仕切るべき王宮内なのですが、フィールドマスターという役職は重責と寝る間もない程に忙しく、かつ大変なお仕事。王宮内の細かい事まで手が回せないのが現状です。ですから、それらをカバーする為にせめて王宮内の事だけでも心配せずに済むようにと、王宮総取締役という最高補佐官の椅子が用意されたのです。
 政治への発言権は皆無とは云えフィールドの中心地である王宮を取り仕切る地位ともなれば、王宮内の仕事に携わる人々は勿論のこと、調印議員の皆様方や地方領主の方々など政治面で活躍される方々とも関わることになります。ですから普通はそれら皆様方への御挨拶の意も込めて盛大な退任式が行われる筈なのですが、今回は私の一存でそれを変更させて頂きました。領主様方や各フィールド代表の御使者、王宮の勅旨様などを招いて盛大に行われる式を、総取締役が直接関わる王宮内で働く人々だけが参加する質素なものへ。
 
――それでも、私にとっては初めての大きなお仕事です。

 質素とは言っても、それは従来のものと比較した場合であって、具体的には参加人数二千人超と結構大掛かり。大変です。
 それだけに、やることも沢山あって……。
 まずは招待客のリストアップ。招待状の作成、配達。今回は(強制的に)不参加の各フィールド代表やセントラルフィールドの王宮――つまり王族の方々へ退任・新任挨拶を添えた謝罪文。どちらかというと謝罪文の方に手間取りました。何か失礼があってはいけませんから、何度も何度もチェックしました。
 あとは会場のセッティング。飾り付け、お料理、お酒の手配。それに追従する食器類のチェック。欠けたり数が足りなかったりしてはいけませんからね。それから、王宮中を演出する花の準備。招待客を退屈させないために、様々な芸人さんの演出依頼とか。BGMには王宮御用達の宮廷音楽家さんに依頼。酔い潰れる人のための客間の準備。
 王宮内の準備だけに留まらず、城下町も気に掛けなければいけません。こう云ったお祭り騒動に便乗して必ずと言っていいほど特売セールが催されます。セールがあれば人が集まってきます。人が集まれば犯罪やちょっとしたイザコザも増えるので、城下町パトロール隊を編成し、治安維持に務めてもらわなければ。当然、王宮周辺及び王宮内にもいつも以上の警備が必要です。人手が足りなければ臨時の警備員を雇ったり、軍人さんを何人か回してもらったり、民間企業にお願いしたり……。
 うぅ、目が回りそう。警備員じゃなくて私の手伝いをしてくれる人手が欲しいくらいなんですけど、私が忙しければ当然周囲の皆さんも比例して忙しくなりますから、どなたか助っ人をお願いすることは難しいようです。いつもはひっそりと息を潜めている奥城までも、廊下を慌しく人が横行し準備に追われているくらいですから、きっと手の開いている方はいらっしゃらないでしょう。……はぁ。
 けれど時間は待ってはくれません。
 くるくると回る時計の針が競争相手です。来る日も来る日も準備、準備。

 そしてあっ! という間に前日の夜です。

 …………。
 え、えーっと……。
 こ、……困りました……。会場の準備ばかりで自分の分の準備がまったく手付かずです。しまったー! ついうっかりしてしまいましたー!
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3. 「拝命式」


 はー……。良かった……何とか間に合わせる事が出来ました。いやはや、一時はどうなることかと本気で焦りました。
 退任式では前総取締役であるぜロス様が主役ですが、それと平行して行われる新任式では私が主役です。その主役がきちんとしたドレスも用意せずに出席するわけにはいきませんから。
 街に買いに行くにしても気付いた時はもう真夜中でしたし、お店は全部閉まって買い物どころではありません。どうしようかと一人で騒いでいると、私の私室に侍女頭さんがやって来ました。あの、ズバッと歯に絹を着せない物言いをなさられる御方です。その方が、こんな夜中に一体どんな御用なのかと思いきや、その腕には落ち着いた色合いの、かと言って地味ではないドレスが。
「お忙しくて御自分のご用意はなさられていらっしゃらないでしょう?」
 と、そのドレスを貸して下さったのです。
 嬉しさのあまり、侍女頭さんの背中に白い羽が見えました。侍女頭さんの手をとってお礼を言いながら何度も何度も握手をしました。
 ドレスは、昔、侍女頭さんがパーティー等で着ていたものだそうです(侍女頭さんにもそんな時代があったんだなと、思わずマジマジと見てしまいました)。確かに、落ち着いた色合いは彼女が好みそうな雰囲気を持っています。地味ではないので、華やかなパーティーの中に入って行っても浮いてしまうことはありません。サイズも私にぴったりで、手直しする必要はありませんでした(侍女頭さんって、意外と小柄な体格をなさっていらっしゃるみたいです。身長は私よりやや高めなんですけどね)。
 そして、こうして無事にパーティーに参加することが出来ました。侍女頭さん、本当に有難う御座います!


 パーティーは滞りなく、司会者の進めるままに進んでいきます。
 まずはゼロス様の退任式から。マクラレーン様から解任礼を受け、洗礼式を受けられます。
 洗礼、とは、今まで王宮で受けてきた運や厄を落すための儀式です。総取締役を任じられてから今まで、ゼロス様はずっとこの王宮でお過ごしになられていらっしゃいました。勿論、結婚してもこの王宮を家とすることが義務付けられています(……そう言えば、ゼロス様は結婚していらっしゃった筈ですが、奥様やお子様をお見掛けしたことはありません。何故でしょう?)。王宮内に居る間、この王宮内で体験したことや頂いたものなど、良いものや悪いものなどを含めて全て、この王宮に返上する儀式を洗礼と言います。運や厄すらも、王宮の外へ持ち出すことは許されないのです。勿論、運や厄と云ったものは目に見えませんから、本当に運や厄が落とされているのか確認することは出来ません。それでも、この儀式は一種の風習のような形で残されています。
 儀式の前半は司祭による厄落しの祈願。後半は、王宮に――王宮の象徴としてマクラレーン様に――頂いた物を返上する儀式。物と言うからには物を返さなければいけないのですが、長い間の王宮勤めの間に何を頂いたか全てを記憶出来る筈がありませんし、第一頂いたものが消耗品だったならばお返しすることは不可能です。ですから、頂いたものと分かっている物の一部をお返しします。
 ゼロス様は、幾ばくかの貴金属と、お給料の一部である金子、仕立ての良い服を一着、絵画を一点返上なさられました。
 何れ私もあの儀式を受けるのかと思うと、少し感慨深く感じられました。
 続いて御名の返上です。
 そしてマクラレーン様のお言葉の後、ゼロス様のご挨拶。何十年も務めていらっしゃった王宮とのお別れですから、ゼロス様のお言葉の一つ一つに古い年月と想いが込められていて、目頭に涙を光らせる方が続出です。ゼロス様自身、時折、お言葉に詰まられたり目頭を押さえられたりしていらっしゃいました。……ちょっとだけ、感動的ですね。

 そしていよいよ私の出番です。
 任命式は、マクラレーン様からの正式な拝命を受けて公に総取締役と認められます。私が受けた命――銘――は芙蓉。もうすっかり馴染んだ名前です。
 それから拝受。ゼロス様が残されたものを一つだけ頂く儀式。私は貴金属の中から小振りの時計を選びました。小振りとは云え男性用ですから私の手には余る品物です。着用する気はありませんし、飾っておくだけですから、不便は無いのですけれどもね。
 そしてゼロス様の時と同様、マクラレーン様のお言葉の後、私から皆様にご挨拶です。とても緊張します。何せ、何千人の前で話をするのですから。……尤も、本当ならもっと大人数の中でしなくてはいけなかったんですけどね。ご招待するはずだったお客様を含めばこの倍近くの人が集まることになっていたんです。それを考えれば幸い、ですね。
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4. 「秘密の二人」


 思いの外しっかりした新しい総取締役の挨拶に、集まった者達は皆、感心と関心を抱いて聞き入っていた。どんな時でも無視できない存在、マクラレーンすらも、今この瞬間だけはその存在が薄れてしまっている。
 彼は、壇上で演説をする女性を見て微かに笑み、滑るように室内を渡って壁際に立つある女性へ近付いた。
「……あのドレスには見覚えがある」
 さり気無く隣に並ぶが、彼女は何ら反応を示さなかった。
「昔、ある女性に贈った物と同じドレスだ。世の中には不思議な一致があるな」
「―――…」
 それでもやはり答えは得られない。
 彼は軽く吐息をつき、彼女と同じ所へ――壇上で挨拶をする新総取締役へと視線を注いだ。
「君が彼女を認めるとは意外だった。予想では、君は最後まで反対するだろうと覚悟していたからな」
 マクラレーンの言葉に彼女は納得せざるを得なかった。彼は彼女を熟知している。彼の言葉に間違いは無い。
「今でもそのつもりでおります」
 ツン、とすました声音だった。彼女がほんの少しだけ意地を張っている時の声音だ。久し振りに聞くその響きが妙に懐かしく、彼は胸中で苦笑した。
「どうだろう。私には、とてもそうは見えない。君は嫌いな人間には容赦が無いから」
 本当に認めていないのなら、あのドレスを纏った主役の女性を見ることは叶わなかっただろう。たとえどれだけ困っていても、嫌っている人間に昔の思い出が詰まったドレスを貸す程彼女はお人好しではないからだ。
 彼女は自らの考えを持ち、信念があり、それを突き通す意志がある。そんな彼女が一度思ったことを変えるには大きな理由がある筈だ。彼はそれを知りたがり、暗に伝えると、彼女はそれに答えた。
「……この時期はあちらこちらで様々な行事が催されます故、皆、その準備に追われております。この上ゼロス様の退任式ともなれば、首も廻らぬ程の忙しさとなるでしょう」
 しかし、彼女の提案――招待客を厳選し、王宮内の者のみで退任式を行うという提案のお陰で、それは随分と楽になった。それがどれ程侍女たちの負担を軽減したか、彼女達の顔や立ち回りを見ていればよく分かる。彼女達だけではない。王宮内の誰もがそれを感じていることだろう。今回のことで、宮廷内の彼女に対する株は少しばかり上昇したのだ。
「――ですが、だからと言って、それが正解だったとは言い難いでしょう。各地方の有力者や領主様方をこのお披露目に招待するのは慣例となっておりましたから、一部では既に批判の声も上がっています。私達王宮内の者達が評価を上げても、外部に敵を作っては後々に問題となりましょうし……」
 彼女はすっと一呼吸を置き、より一層厳しい口調で続けた。
「第一、総取締役として最も大切なこと――、各部署の仕事の処理速度を存分に計算し、試算し、その上で適切な人員を配置して仕事の割り当てをするお役目は未だ未だ未熟です。このままでは立ち行きません」
「それは彼女がこれから学ぶべき事だ」
 彼女の厳しい声を、マクラレーンの冷静な声音が一蹴した。
 旅人を生業としていた彼女が、人を動かすという立場に立った事が無い以上、それは仕方の無い話し。これから彼女が乗り越えて行かねばならない壁だ。
 大切なのは、決して思い通りに動いてくれない人間を思い通りに動かす事ではない。
「――つまり君は、彼女に総取締役となるだけの器と才覚を認めた、と云う事でいいのかな?」
 何時までも天邪鬼な彼女に、業を煮やしたマクラレーンはそう結論付けた。
 はっきりとした答えは得られなかったが、同時に否定も得られなかった。無言は時に肯定と同じ重さを持っている。二人の間に答えは必要なかった。
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5. 「つい、本音」


 皆様へのご挨拶を終えて、ほっと胸を撫で下ろします。
 はー……。緊張しました。こんなに沢山の方々の前でおしゃべりするなんて初めてですから、ちょっとどもっちゃったり、間違っちゃったりした部分は御愛嬌でお願いします。
 舞台を降りて周囲を見渡すと、会場の壁寄り隅の方にマクラレーン様と侍女頭さんの姿を発見しました。割と親密そうにお話ししていらっしゃるようではありますけれど……何と言うか、とても不思議な雰囲気が漂っています。言葉少なく濃密。隙間の無い二人だけの空間。……言葉で例えるならそんな感じ。入り込めないと云うよりは近付けません。
 それでも、マクラレーン様にはご挨拶しないといけませんから、行かないわけにはいかないんですよね。
 何とか勇気と気合を引き出して、お二人に近付いて行きました。
「やあ、芙蓉。立派な挨拶だったよ」
 マクラレーン様からお褒めのお言葉を頂きましたけど、あんまり嬉しくありません。自分では決して良い出来だとは思っていませんから、褒められても素直に頷けないんです。それでも褒められたことには変わりありませんから、きちんとお礼は申し上げないと。
「有難う御座います」
 深々と頭を下げました。
「どうでしょうか。私には並程度にしか聞こえませんでしたわ」
 侍女頭さんの嫌味も、今日ばかりは賛同させて頂きます。はい。もっと言ってやって下さい。次への励みになりますから。
「こらっ、リーホワっ」
 マクラレーン様が慌てて窘めました。
 リーホワというのは侍女頭さんの御名前です。いつも無難に侍女頭さんとしかお呼びしないので忘れかけていますけど……。うーん、そろそろ覚えないといけませんね。
「気にすることはない。皆、初めはこんなものだ」
 マクラレーン様がフォローして下さいました。有難う御座います。
「そうだね。ちょっと在り来たりだったけれど、初めてなら上出来だよ」
 背後の――しかも下の方から同意の声が聞こえました。少し高い声です。男の子、でしょうか。
 心当たりを思い出した私は、振り返って声の下に視線を落しました。
「ウィル様……」
「珍しいな、君が回廊から出てくるとは」
 マスターが嬉しそうに笑い、それから軽く彼と握手を交わしました。
「こんな時にしか出てこないよ」
 ウィル様が苦笑して答えます。
 そうですよね。鋭い感応能力を持つエルフ族のウィル様が、何千人もの人間が居るここに出てくる事はとても大変です。思念、雑念、思考、想い。人間の心の裡にあるそれらが、今この瞬間、ウィル様の中に膨大な情報として送られ続けている筈。そしてそれは彼らエルフにとって、時に精神に異常をきたす程の苦しさです。
 ですから、普段彼は思念を妨害し、糧である大地の気を宿す石作りの部屋のある回廊の奥でひっそりと暮していらっしゃいます。勿論、外に出られることなんて滅多にありません。
 ウィル様にとって、ゼロス様はそれを押してもお見送りをしたい御方なのですね。
「ゼロス様のお見送りですよね? 私、呼んできます」
「いや、いいよ」
 はりきって駆け出そうとしましたけど、出鼻を挫かれてしまいました。
 え? えーっと……。
「僕と彼は、正直、仲良くは無くてね。見送りはここからでいい」
「…………」
 ……えっと。私としたことが、ちょっとだけ言葉を失ってしまいました。
 仲が良くないのに唯一の砦から出て来てわざわざお見送りだなんて、ちょっと矛盾しているように聞こえるのは気の所為ではないですよね。
好敵手(ライバル)、ですか?」
「そんな生易しい関係は在り得ない」
 可愛い笑顔で否定されてしまいました。……こういう時って、怒り顔よりも笑顔の方が怖いですよね。
 ゼロス様から遠く離れたこの場所から、視線だけ彼の姿を追うウィル様。その横顔はとても静かです。怒りも悲しみも、感慨すら無い様に思えます。何の感情も感想も無いと言われれば、きっと素直に納得してしまう程、その横顔に心を見ることは叶いません。
 でもやっぱり……。
「寂しい――ですか?」
 誰かが居なくなるという事は、一つの席が空白になるという事です。例えその空席に私が座ったとしても、その居なくなった人の分を埋める事には繋がりません。私は、ゼロス様の代わりに仕事が出来ても、ゼロス様の代わりになる事は出来ないんです。
 虚無の横顔に問い掛けると、唇が笑みを刻みました。
「……彼はずっと東方王宮(ここ)に居た……。我が家の様に王宮を愛し、王宮に携わる者を家族と同様に愛した。――寂しいのは、僕よりもむしろ彼の方だよ」
 優しい笑顔と云うよりは皮肉染みた笑顔です。
「だから丁度良かったんだよ」
 ウィル様が続けました。
「大勢の招待客の中で式を行えば、ゆっくり家人達と別れを惜しむ事も出来ない。だから君の提案は、何よりも彼を喜ばせている」
 素直に嬉しい御言葉でした。ゼロス様には短い間とは云えお世話になりましたから、私なりに御礼がしたかったんです。どうやらそれは叶えられたみたい。それに……。
「君の提案なんだろう? このパーティーは」
「はい」
 嬉しさの余り、ちょっと浮ついた声になってしまいました。
「どうしてこんな形式を? 今まで誰も試みた事の無い新しい形だ」
「はい。余りにも沢山の人の中でスピーチをするのは恥ずかしかったものですから、ここは一つ、ゼロス様に引っ掛けて招待客を絞ろうと――」
 …………。
 しまったー! つい本音がっ!
 気が付いても、後の祭り。皆さんの冷たい視線が突き刺さります。
 あーあ……。せっかく上手くいっていたのに……。墓穴。
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