INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 序 章 第01話next
1.2.3.

1. 「東方王宮、登城」


 今日は見事なお天気です。青い空、白い雲。吹き抜ける風はちょっぴり冷気を孕んでいて、それがとっても気持ち良いのです。
 街を行き交う人々もみんな笑顔。子ども達の笑い声、買い物中のお母さん達のお喋り、軒に出店を構え呼び込みをする店主さん。
 住宅街には洗濯物がずらりと並べて干してあります。こんなお天気は久し振りですから、きっと溜まっていた洗濯を一気に終わらせてしまわれたんでしょう。どのお家も窓際には洗濯物ばかりですから。
 今日もイーストフィールドは活気に溢れています。
 イーストフィールドは年中温暖な気候で、東西南北中央の五都市フィールドの内、二番目に人が多く住む土地です。果物や野菜、魚等を主に生業とした商業都市で、観光客も少なくありません。街はいつも人で溢れています。
 フィールドには五十以上の領地に分けられていて、それぞれに一人ずつの領主様がそれぞれの領地の監督に努めています。領内の事件解決、収支計算、他にもいろいろ、大変ですね。
 そんな東方の領主様達を纏める役を担っているのが、東方のフィールドマスターであり東方王宮の主であるマクラレーン様。温厚な性格と決断力に優れた人物として有名な御方です。中央王宮の遠い外戚でいらっしゃるそうですが発言権はあまり無いため、中央からは一歩離れた政治をなさっておいでです。御本人も権力欲の無い御方ですから、イーストフィールドは毎日とても平和に過ぎていきます。強い出世願望がある領主様方にはちょっと気の毒ですけどね。
 で、今、目の前にあるこの大きなお城がマクラレーン様の東方王宮です。
 はー……大きい。
 首を思いっきり上に向けてようやく天辺が見える位の高さです。城壁もぐるーっと向こうまで続いているし、一体どれだけの広さがあるんでしょう。
 王宮にはマスターやマスターの御家族の他、重要な役職に就いていらっしゃる方々も家族と一緒に王宮に住まう事が仕来たりなので、やはりこれくらいの広さが無ければ足りないんだと思います。……それにしても、私、こんな大きな建物を見るのは生まれて初めて。さすがにドキドキしますね。今日から私、こんな所で働くのか……。
 少し気後れしてますけど、いつまでもこんな所に立っているわけにもいきません。女は度胸。いざ、出陣です。
「行こうか、ディ」
 私の後ろに、影の様に付き添っている男性に声を掛けると、彼はゆっくりと頷いてくれました。
 心強い見方も居るんです。気合を入れて頑張ろうっと。
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 序 章 第01話next
1.2.3.

2. 「謁見、拝命、初日?」


 そもそも、どうして私がマクラレーン様の下で仕事をするような事になったのかというと、嘘のような本当の話しがあるからなんです。
 あれは、数日前――。
 激しい通り雨に降られて、慌てて近くの喫茶店カフェへ入っていったのですが、あいにく席はいっぱいに埋まっていたんです。あとは合席しか残っていないと言われて、それでいいですと答えると店員さんは店の奥の四人掛けの席に案内してくれました。
 席には初老の男性がお一人で座っていらっしゃったんです。私、人とお話しするのはあまり得意ではないんですけど、その人とはすぐに打ち解けて、随分と長い間お喋りをしていました。そしてその間中、不思議な感覚を覚えたのを記憶しています。何て事の無い雑談ばかりだったんですけど、言葉の一つ一つから全てを見透かされているような感覚――とでも言うのでしょうか。
「探られている」
 ――そう、そんな感じです。
 やがて雨も小降りになって、そろそろ店を後にしようかということになりました。軽い挨拶をして席を立つ私達を彼は強く引き止めたのです。
「是非ともやってもらいたい仕事があるのだが……」
 そうして彼は、自身がフィールドマスターであることを明かし、東方王宮のある人物が定年を迎えて辞職する為、新しい人材を捜していることを説明して下さったわけです。
 正直に言うと、最初は承諾する気なんて全然ありませんでした。地方とは言え、王宮のお仕事なんてちょっと煩わしそうですし。定職を持つ気もありませんでしたし。けれど彼の熱心な説得と条件の良さに絆され、結局頷いてしまったんです。
 こうして改めて考えてみると、ちょっとしたシンデレラ・ストーリーみたいですね。
 旅から旅の根無し草生活をしていた私とディ。家や荷物はありませんでしたから、なるべく早くというマクラレーン様の御要望にお答えして、翌日には東方王宮を訪ねるお約束を交わしました。

 そして今日、こうして訪ねてきたというワケなんです。

 王宮の大きな外門を叩くと、門番の方に一体何の用事なのかと睨まれてしまいましたが、私が恐る恐る、マクラレーン様に呼ばれて来たという説明と私の名前とを告げると、門番の方は思い出したように手をポン、と叩き、快く中に入れて下さいました。
 あー、良かった。もしかすると、そんなものは聞いていないと追い出されるのではないかと心配していたのですが、それが杞憂に終わってとてもほっとしました。あるいは、マクラレーンと名乗ったあの方が偽者だったら……なんて考えも浮かんでいたんですけれど、これでようやく安心してあの話を信用する事が出来そうです。
 王宮は想像以上に広くて、外門を叩いてからかなりの時間、ずっと歩き続けてもまだお城には到着しません。外門から内門、それからお城の大きな扉。ホールを抜け、回廊を渡り廊下を歩き再び回廊。小さな内庭を横切った先には外から見えるお城とはまた別のお城がありました。こちらのお城がどうやらマクラレーン様がいらっしゃる場所のようです。
 フィールドマスターともなると、色々忙しいからすぐに会えないのではという心配もあっさりと一蹴されました。奥城に入るとそのまま謁見の間へと通され、武器所持などの検問も受けずに御前へ出ることが出来たのです。
 今度お会いしたマクラレーン様は昨日と違い、フィールドマスターらしい恰好に身を包んでいらっしゃいました。豪華絢爛な玉座の所為か、はたまた緋色の絨毯の所為か、それともこれが本来の彼なのか、その立ち姿はとても威厳と貫禄に溢れています。
 腰を折り深々と頭を下げて一通りの挨拶をすると、マスターは静かに頷かれ、そしてお言葉を発せられました。
「そなたに銘、芙蓉を授け、東方王宮総取締役の任を与える。本日よりそなたも我が王宮の一員。しっかりと励まれるが良い」
 ……………。いきなりお仕事初日ですか?
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 序 章 第01話next
1.2.3.

3. 「粒者の粒」


 銘を戴いたので、今日から私の名前は「芙蓉」になります。……えへへ。奇麗な響きのする名前なので結構気に入っちゃってます。名前負けしないようにしなくちゃ。
 …………。
 それにしても、昨日スカウトされて今日ご挨拶をしてもう任命だなんて、シンデレラもきっと吃驚です。驚愕です。何でも、前任の方の定年日が近いとかで、お仕事の引継ぎを急がないといけないらしくて。だからこんな風にスピード任命らしいのですけれども……。それでもせめて、心の準備をする期間とか用意して欲しかったな。あまり我が儘言えるような立場ではないんですけれどもね。
 正式なお披露目は前任の方の定年日に、定年のご挨拶を兼ねて新任の挨拶を入れてくださるそうですが、取りあえず明日から仕事の引継ぎと、主立った重役方への個人訪問、ご挨拶をしなければなりません。
 フィールドマスター・マクラレーンの東方王宮は「粒者揃い」と云われるほど凄い人材が揃っていると聞きます。そんな方々とお会い出来るなんて、今からちょっと緊張ですね。しかも私が戴いた役職――東方王宮総取締役は、そんな方々の束ね役であり、王宮内を取り仕切る重要なお役目です。つまり、明日お会いする方々にあれこれ指示を出す立場に立つことになるんです。だから余計に緊張してしまうんですよ。
 粒者揃い……。一体、どんな方なのでしょうか。
 さっそく役職と一緒に王宮内にお部屋を頂きましたし、そちらで今日はゆっくり休みましょう。ちなみにディのお部屋は私のお隣です。これなら何があっても安心ですね。
 頑張るのは明日から。……おやすみなさい……。

 ――ところで、役職を頂いたってことは、私も東方宮廷の「粒者」になってしまうのでしょうか。…………。いえ、何でもありません。あまり深く考えないようにします。
1.2.3.
INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 序 章 第01話next